民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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説き語り「源氏物語」 村山 リウ その2 葵の上

2015年11月03日 00時02分22秒 | 古典
 説き語り「源氏物語」 村山 リウ その2 講談社文庫 1986年(昭和61年)

 葵の上―――愛のない結婚の哀しさ

 正式な結婚で結ばれた夫婦も、愛がないとその生活は冷えびえとした日々でしかなく、心が通うのは残酷にも葵の上の死の直前のこと。

 愛のない結婚が、どんなに不幸せなものか、昔から、私たちはいくつもの悲劇を目にしています。形だけの結婚なんて、と今では思いがちですが、結婚に描く夢が大きければ大きいほど、不幸せとも隣り合わせなのかもしれないのです。
 そんな愛のない結婚のさびしさ、やりきれなさ、悲劇を、源氏と葵の上の結婚は私たちに教えてくれます。(P-32)

説き語り「源氏物語」 村山 リウ その1 藤壺

2015年11月01日 00時31分20秒 | 古典
 説き語り「源氏物語」 村山 リウ その1 講談社文庫 1986年(昭和61年)

 藤壺―――禁断の恋

 源氏はわが子、許されないと知りつつ燃え上がる恋。その命がけの愛を貫いた瞬間から罪を背負う。源氏の母代(ははしろ)であり、永遠の恋人。

 愛とは、人が人を愛するとは、いったいどんなことなのでしょうか。そして、愛するゆえにもたらされる幸せとは。いつの世も人は幸せを求めて人を愛そうとしているに違いありません。
 けれども愛の激しさは、いつしか本人にも想像もつかぬところへ流れ着いていきます。源氏と藤壺の愛もそうでした。知性も教養もこれ以上は望めないまでにそなえた二人。それなのに二人の愛は生きている限り悩み、苦しまなければならないものを残してしまう。愛に翻弄された二人です。(P-17)

『たけくらべ』の人々 その7  田中 優子 

2015年09月23日 00時04分46秒 | 古典
 『たけくらべ』の人々 その7  田中 優子 

 三五郎はもっとも貧しい階級の少年である。6人兄弟の長男で、13歳のときから働きつづけている。祭になっても揃いの浴衣を作れず、家族が世話になっている正太郎にも長吉にも頭が上がらない。暴力を振るわれても、生活のためにそれを親に告げられない。大人の世界の貧富の差を、子供の身体の中に組み込んで生きているのだ。だからこそおどけ者で、皆を笑わせ愛され、そういうふうになんとか日々を生きている。
 『たけくらべ』はこのように、ストーリーよりキャラクターの小説である。人の顔が生き生きと生々しく見えてくるそのことこそ、『たけくらべ』の特質であり、それが近世(江戸)らしさであると同時に、近代なのだ。他にもたくさんの、注目すべきキャラクターが『たけくらべ』には見える。それはまた、次章に書こうと思う。美登利は彼ら個性的な子供たちのひとりであり、彼らの群れの中から立ち上がり、動き出す。
 私は一葉の作品に、まず、登場人物たちの多様さと個性とを感じ取る。そのたびに、彼女がじつに細やかにひとりひとりの人間を見つめ、その人の立場になり、深い想像力、洞察力を働かせて書いていたことがわかる。一葉の能力のもっとも優れている点は、他人への想像力である。すでに『たけくらべ』の時点で一葉は、人間とは何か、人間はなぜ生きるのか、という哲学に歩み出していた。

『たけくらべ』の人々 その6  田中 優子

2015年09月21日 00時17分16秒 | 古典
 『たけくらべ』の人々 その6  田中 優子

 長吉は、鳶の頭を父親にもつ。鳶職は高いところで仕事をする職人のことだが、江戸時代ではそれ以上の意味がある。火消しのリーダーが鳶の頭なのである。江戸の町火消しは「いろは」で分けられた47組、約1万人の大組織(時期によって変動)で、その各組のリーダーが頭である。水で消火し切れないため、鳶は迅速に家を壊して空き地を作り、類焼を防ぐ作業の中心を担う。自分も命をかけながら、人の家を壊す決定を下さなければならないため、コミュニティの人々から篤い信頼を受けている人物だけが頭になれる。
 江戸時代においては収入や職業とは関係のないところで、このように尊敬を集める人物がいた。そして彼らもまた、人のために生きることに、誇りをもっていた。世間で一目置かれる、という存在である。長吉はその誇りの中に生きる、乱暴で粋な少年だが、明治にあってその存在も誇りも、風前の灯であることはいうまでもない。さまざまな新らしい人間が台頭してくるなかで、長吉は相変わらず「喧嘩をふっかける」というかたちでしか、その相対的な誇りを保てないのであるが、「義に篤い」という性格は受け継がれている。


『たけくらべ』の人々 その5  田中 優子

2015年09月19日 00時16分19秒 | 古典
 『たけくらべ』の人々 その5  田中 優子

 田中屋正太郎は美しい弱気な少年だ。3歳のときに母を失った。父親は田舎の実家に引っ込んでしまい、質屋はそれ以来営業していない。町内一の金持ちの家に、64歳の祖母とふたりきりで暮らしている。祖母は大きな髷を結って猫なで声で金貸しをする。取立てが厳しく、色気たっぷりのその媚びゆえに、町内の評判はすこぶる悪い。借金の取立てには正太郎もかり出されていて、正太郎はそれを苦にしている。ゆくゆくは質屋を復活しよう、と正太郎は思っている。しかし今は、ともかく寂しい。美登利を姉と思い慕っているが、それは女性への恋慕の気持ちと重なっている。ここには、金銭に価値を見出せず、失った家族の愛を求めながら、孤独に生きる少年の姿がある。