「宮本武蔵」 吉川 英治
「(略)―――いざ来いっ、武蔵!」
いい放った言葉の下に、巌流は、鐺(こじり)を背に高く上げて、小脇に持っていた大刀物干竿を、
ぱっと抜き放つと一緒に、左の手に残った刀の鞘を、浪間へ、投げ捨てた。
武蔵は、耳のないような顔をしていたが、彼の言葉が終わるのを待って―――そしてなお、
磯打ち返す波音の間(ま)を措(お)いてから―――相手の肺腑へ不意にいった。
「小次郎っ。負けたり!」
「なにっ」
「きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ」
「だまれっ。なにをもって」
「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。―――鞘は、汝の天命を投げ捨てた」
「うぬ。たわ言を」
「惜しや、小次郎、散るか。はや散るをいそぐかっ」
「こ、来いッ」
「―――おおっ」
答えた。
武蔵の足から、水音が起こった。
巌流もひと足、浅瀬へざぶと踏みこんで、物干竿をふりかぶり、武蔵の真っ向へ―――と構えた。
「(略)―――いざ来いっ、武蔵!」
いい放った言葉の下に、巌流は、鐺(こじり)を背に高く上げて、小脇に持っていた大刀物干竿を、
ぱっと抜き放つと一緒に、左の手に残った刀の鞘を、浪間へ、投げ捨てた。
武蔵は、耳のないような顔をしていたが、彼の言葉が終わるのを待って―――そしてなお、
磯打ち返す波音の間(ま)を措(お)いてから―――相手の肺腑へ不意にいった。
「小次郎っ。負けたり!」
「なにっ」
「きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ」
「だまれっ。なにをもって」
「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。―――鞘は、汝の天命を投げ捨てた」
「うぬ。たわ言を」
「惜しや、小次郎、散るか。はや散るをいそぐかっ」
「こ、来いッ」
「―――おおっ」
答えた。
武蔵の足から、水音が起こった。
巌流もひと足、浅瀬へざぶと踏みこんで、物干竿をふりかぶり、武蔵の真っ向へ―――と構えた。