宇治上神社が落ち着いた茶色の雰囲気なら、宇治神社は朱塗りが全面にでた雰囲気です。
若くしてお亡くなりになられた菟道稚郎子が御祭神です。
歩いてすぐの距離にあります。
鳥居前には、御神職の方が掃除をされており、対は宇治川に朱い橋がかかる、とても美しい所でした。


源氏物語ミュージアムも近くにあり、宇治川を舞台に源氏の早老期を描いた宇治十帖はこの辺りが舞台にされたようです。

美しく落ち着く場所です。

掃除中


手水舎が兎です。

そして、見返り兎が本殿にはありました。

これは、皇子を兎が振り返りながら先導したことにちなみます。

帰り参道を下ると、手水の背面に鏡がありました。
行きは鏡に兎が映し出されていることに気付きませんでした。

まさに、見返り兎ですね。
神社のこういう心粋にほっこりします。
さて、Googleマップをみると、宇治川を渡った対岸に平等院鳳凰堂がありました。

平等院鳳凰堂にも行ってみることにしました。
平等院鳳凰堂は早い時間でしたので空いていました。改修工事が終わったようで、美しい平等院鳳凰堂を見学できました。
藤原頼道は、父からこの地を譲り受け地上の天国を造ろうとしたようです。
ご本尊の阿弥陀如来の周りには雲にのった沢山の菩薩様が沢山いました。


平安時代に建てられた平等院鳳凰堂。
平安とはヘブライ語でシャローム、
無事で穏やかなこと、
平和を意味する言葉のようですね。
キリスト教においては、神にすべてを委ね安穏とした心の状態のこと。
聖書では、イエス・キリストが十字架に懸けられてこの世を去って3日目に蘇った復活のとき、弟子に最初に語ったとされるの言葉が「シャローム」。
イスラエルの人々が挨拶として使う言葉も「シャローム」。
京都は秦氏の遺構が沢山ありました。
藤原頼道は、末法の世にありながら救いをもとめ浄土を求め、平安時代に、美しいこの地に平等院鳳凰堂を建立しました。
建立から一度も火災にあっておらず、鳳凰堂内を拝観するとかなり古い壁画も現存していました。
平安、シャローム、いつの時代もそれを求めながら、見つけ出せずにいるのかもしれません。
鳳凰堂の古い壁画は、何が描かれているかわかりませんでした。
新しく綺麗に改修された鳳凰堂内を拝観したわけですが、しかし、移ろい変わりゆく物質の世界には、本当の平安はなく、
自ら修めなければ、シャロームはないのかもしれませんね。
2泊3日にわたる京都旅行日記は終わりです。
長々と読んでいただきまして
ありがとうございました。