のんのん太陽の下で

初めての一人暮らしが「住民がいるんだ・・・」と思ったラスベガス。
初めての会社勤めが「夢を売る」ショービジネス。

上手へ行きなさい!

2008-11-27 | KA
 寒いのに薄着の白人を見て、よく友達ということは「肉を食べているからだろうね」。
 今日はサンクスギヴィングでターキーを食べ、それを実感しました。雨で寒い日でしたが、身体がぽかぽかで、少し動いただけで暑さを感じるくらい。ショーの前、身体を温めることに時間を掛けない彼らの謎も解けたような気がします。いつもよりお腹いっぱいで臨んでしまった一回目のショーでした。
 そのため、エピローグの前に何も食べたくはなかったので、少し早目に衣装を羽織りに行きました。そこでいつもと違う人の流れを見、待機したのが早いからかと思うと「花火が上がらないらしい。」という噂が聞こえました。噂だけでみなの流れにそってしまうのはいけないと思い、急いでステージマネージメントに確認に行きました。
「上手へ行きなさい!」
 上手へ行くって…。もし花火が上がらないのならば、私はタタミと呼ばれる舞台にいつもと同じように向かっていいはず。もしもタタミに問題があるのならば、地下へ下りて、リフト5にのることになるはず。上手から出るのはバトルフィールドが出来なかったときではなかったかしら…。昨日、「花火があがらないかもしれない。」となった後に、その場合はどういう行動をしたらいいか確認しようと思って忘れていたのが悔やまれました。でも、指示は上手へ行くこと。その通りにしました。
 ここのシーン、非常時のための全体での練習や確認はしばらくしていません。新しいアーティストが増えてきているので、非常時のことを知らない人も多く、上手へ行くという指示が彼らには不自然と思えないようでした。
 上手でしばらく待機していました。バトルフィールドの舞台がようやく下がって、リフト5がようやく上がってきて、そこから花火があがるのにまた時間が掛かり…。それでも、花火は無事にあがり少しほっとします。そして、やっとお辞儀をする音楽になりました。でも、上手で待機している者は出ていくわけにはいきませんでした。パスレイルと呼ばれる道は、他のリフトにのっていたアーティスト達がお辞儀をして移動するのに使っていて、私達は細い道を逆流するように出て行けなかったのです。
 「Go!」と指示が出た時は音楽が終わるほんの少し前。私は重いガウンの裾を持って、ファイアフライボーイ、ギャビィの後を走りました。ギャビィは背が高いので、本役であるピエールルックの様に厚底靴を履いていません。勢いよく走っていました。そしていつもの位置にたどり着いた時に音楽は終わり、手を上げることができました。たぶん私の後ろを走っていたアーティストは、間に合わなかったと思います…。全体にはどう見えたのか、とても気になる終わり方でした。
 ショーが終わり、非常時の行動が書いてある紙を見ました。私の記憶はあっていました。では、今日はどうしてそうしなかったのでしょう。
 二回目のショーへの準備をしながらモニターを何度か見ました。ホイール・オブ・デスは何度見てもタタミに備え付けられたままでした。放送ではアーティスト何人もが呼び出されていました。私は衣装を身に着け、カツラをつけ、支度が整った時に呼び出されました。ホイール・オブ・デスが出来ないことになり、スレイヴケイジを少し変更するための打ち合わせでした。
 ステージマネージメントのオフィス入口付近は騒々しく、テクニカルディレクターは一つ一つのシーンをどのように行うのか確認をしているようでした。「ホイール・オブ・デスはまだ外れていないのかな、外れないままショーをするとしたら、パージェントはどうなるのだろう…。」いろいろと考えながら、身体を温めていました。
 すると、今度は全員がグリーンルームへ呼び出されました。カンパニーマネージャーが前に立ち、「みなさんの安全を考えてショーをキャンセルすることにしました。」と。今日の一回目はサンクスギヴィングで混んでいたので、二回目もきっとたくさんの方が足を運んで下さっていたことと思います。残念なことでした。
 そしてこれが昨日だったら、マーシィのお母様にチケットを二回目に変更して頂いて、ショーがキャンセルになってしまったことになります。ドキッとしました。
 着替えると、ステージマネージメントへ行って、なぜ上手へ行くことになったのか訊きました。どうも、彼らは混乱していたようです。非常時のことはもう一度考え直すとのことでした。

 ナスにきれいな色がつきました。毎日の観察で、癒されています。