天皇8代約70年間、都ととして栄えた平城宮であったが平安遷都後、宮跡は田畑と化し忘れられていった。
奈良の植木職棚田嘉十郎(たなだ かじゅうろう)が保存顕彰運動に奔走し、平城宮跡保存会を結成した。
これが平城宮跡保存運動の始まりとなり大正11年、国の史跡に指定された。(大阪~奈良間の電車が開通したのは大正3年でありその為
宮跡の中を電車が走っている)
平成10年平城宮跡を含む古都奈良の文化財が世界遺産に登録され、その保存が国際的責務になった。
午後6時30分撮影
午後7時25分撮影
午後7時45分撮影