追いかけていたっけ・・・・・
仕事帰りに、母の待つ透析室へ行く時刻。
西の空は、群青色と茜色に染まるとき。
大きな太陽が見えるところまで、待って待ってと、沈む夕日を追いかけて。
でも、その方向は、母の病棟。
夕日に待ってと言っていたのか、待つ母につぶやいていたのか。
沈む速さは、良い場所を見つけるのに間に合わず、どっぷりと沈んだころ、透析室に到着する。
透析が終わり、待合室で待つ母の声が、「もう行こうか・・・」と、私の帰り道を心配してかすかに聞こえる。
透析後は、計れなくなるほど低血圧で、意識朦朧としたなか、車に乗り、家に帰る。
車から車椅子に乗せ代えて、ベッドに移すのにどれだけかかったろう・・・
途中吐いたりもして。
私は、帰宅する子供らの夕飯の心配やら、家のことが脳裏を霞め、母への態度もどことなく事務的。
19時過ぎ。母は電気を消して帰って良いという。
私は、テレビでも見たら・? というが、首を横に振るだけ。
明日、ヘルパーさんが来るまで、明かりも点けられないトイレにも行けない母を残して、いそいそと帰った。
夏の、夕焼けは、病室から帰る頃。
まだ暑い夏の夕暮れ。施設から帰る道すがら、車を止めてカメラを出して・・・
シャッターを押しながら、気持ちの切り替えをしていたっけ・・
こんな夕暮れの、こんな時間。
今は、夕方の買い物時間になった。
焦ることもなく、切羽詰ることもなく、泣きながらでもない・・・夕暮れ。
それでも、こんな夕焼けを見ると、つい、去年まで母のために、走っていたあの頃を、懐かしく思う。
太く短く生きるのか、細く長く生きるのか。
人の何倍も時間を有効に濃く生き、まだまだやりたいことはあるけれど、全部自分がやってしまうには、欲張りだと、命が感じたのかもしれない、ね。
中村勘三郎さんのご冥福をお祈りいたします。