ご無沙汰をしていました。
義父の一番下の妹さんが亡くなりました。
通夜・告別式にあたり、本家である我が家が宿となり、自分の時間がありませんでした。
脳腫瘍の手術を4回、抗がん剤治療のための入院を7回、15年間の闘病生活との言葉を聞きました。
親戚では、一番下の妹が先に逝くことを皆嘆いていました。
4人の娘さん・息子さんが、頑張って粛々と進めていくものの、そんぶりが悪い(こちらの方言でしょうか、愛想が悪い・言葉使いが悪い)親戚の方たちをおだてたり、気持ちを良くしてもらうために、あれやこれやと手を尽くし、疲れているだろうなあと実感しました。
義父の不在の我が家で、それを一手に引き受けると言い出した主人。
言うのは安し・・です。
いつものごとく、送っていく・迎えに行くは、口だけ、自分は清めの酒でご機嫌さま。
お泊りいただく伯母様・叔父様3名。
それまでに、お風呂・備品の準備。お布団の準備。その部屋の確保。
土砂降りの雨で、息子たちの洗濯物を含め、コインランドリーへの往復。
帰ってくる長男の昼食。
夜の支度。
などなど。。
今・やっと静かになった我が家であり、私のこころ。。
こころ。。。。
それは、変化する色を持ち。重くなったり軽くなったりするもの。
誰にも摑まれたり、殴られたりしないもの。
自分のこころ。
それでも、誰かに支配されてしまうのも・・・こころ。
気持ち良く休んでもらうために、準備はしたけれど、平日は、息子たちも仕事に行くための自分の段取りがある。
お客様へ先にお風呂に入ってもらうからと言って、時間配分を調節する。
酔っているお客さんは、入らず、いつまでも、飲んでいる。
寄りこんだ義父の兄貴にも、泊まっていけという主人。
布団の組数は3つまで・・・・だぞっ。
すでに、泊まらないで帰ると言っている伯母さんを引きとめているのだから・・・( ̄‐ ̄*)
しかし、義父の兄貴は、「家で寝たきりのばあさんが待っているから、帰る。」として、聞かず。
伯母さんは4年前に他界しているのに・・
車で送り届け、部屋に入るのを見届けて帰ってきたのが夜11時。
息子たちが、夜中に風呂に入るとしたらその音でうるさいだろう・・・
トイレは間違わずにいけるだろうか・・・
寒くはないか・暑くはないか・・と こころがざわつく。
結局眠れず告別式の朝。
5時に起きると、すでに家の周りを散歩しながら見ている。(*≧m≦*)
夕べ送り届けた義父の兄貴が、履物を間違えたと、6時にやってくる。(≧y≦*)
準備が整いしだい、朝食に。
三男が一番に出かけていき、長男が行き、次男が出ていく。
洗濯機を回しながら、今日は晴れて良い日になったと思い。
スカッとしない頭をドライバーで締めたい気持ちになりながら、10時に家を出て施主宅へ。
斎場からのお迎えのバスがきて、皆さんそれを利用。
膝が痛いといっている伯母さんを私の車に乗せる。
滞りなく、告別式・荼毘も終わり、さて、東京に帰るご一行様。
18時過ぎの電車に今なら間に合うと、大急ぎで着替える。
しかし・・・伯父さんはまだ酔ってる。
それをせきたてる伯母さん。
駅に送ったあとは、改札でパスケースが無いと、半泣きの伯父さん。置いていく伯母さん。
もうね、こころの中では笑っちゃいました。
バックの中からさがしてあげて、改札口を入ろうとするが、ふらふらの足元。
改札口が開かず・・・
駅員さんに、パスを見せると、神田で乗ったままの状態だという。。えぇぇぇ・・・・
なにやら、処理してもう一度改札口を通って、ホームへ。
後1分というところでした。。
皆さん、ご苦労さまでした。。m(_ _"m)
ただ・・・・心配なことは。
皆さん、高齢です。もうすぐ90になる義父の兄貴を筆頭に、義父が88才。
その下にみんな、ちょっとづつ衰えが見える。
連れ合いが家に居ないのに、いると思い込んでいる伯父さん・・・大丈夫だろうか。
主人と、私と、近くにいるから、世話焼きはできるけど、全てではない。
ここで、ぼやく。
この伯父さんの息子さんたち、昨日告別式が終わったら、夫婦で北海道へ2週間の旅行らしい。
仲たがいしていること、みんなが知ってる。みんなが、旅行に誘って一緒に行ったらどうだと言うか、聞く耳持たず。
今回だって、その息子夫婦が我が家より、伯父さん1人でいる家のほうが部屋も空いているから泊めるという話だった。
旅行のことを隠し通せなくなり、我が家になったけれど・・・
これから先、まだまだ、波乱万丈な気配。
自分のこころ。
きっちり締めて、気持ち良く対応していこう。