たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

障害者と空気の壁 <長野パラ金メダリストの挑戦 空気の壁をなくしたい>を読んで

2017-02-26 | 差別<人種、障がい、性差、格差など

170226 障害者と空気の壁 <長野パラ金メダリストの挑戦 空気の壁をなくしたい>を読んで

 

今日は後一時間あまりで出かけないといけないため、いつものNHK囲碁トーナメントもみないで、このブログを書くことにしました。少し残念ですが、日々変化するのが本来ですし、昨日と今日は違いますし、私自身もほんとは瞬間瞬間で変化して、脳のどこかで同一性を維持する働きが私というものを成立させているのかもしれないと思うこともあります。

 

昨日の竹林とヒノキの伐倒で疲れ果て、あちこちキズが残りつつ、筋肉痛でまともに歩けないと思いつつ、昨日伐倒して置いてきた竹木とヒノキ、そのままにしておくのは心が落ち着かないという性分で、出かけていきました。そして今日は平坦な休耕田の中で、転ぶ心配もなく、野焼きを始めました。おかげでだいたいは焼いてしまいました。

 

するとちっちっとなく声が聞こえてきました。ヤマガラのつがいです。昨日はたくさんが群れになって雑木林の中を縦横に飛び交っていましたが、今日はこのつがい2羽だけです。よくみると巣作りのためでしょう、なにかくちばしにくわえています。そのほか、いつも小集団で出迎えてくれるというか、すぐに飛び立ち、私が進む方向を先導するかのように前に飛んでいくのは、たいていツグミの群れです。声をつぐむということから、名前がついたとも言われるほど、ほとんど鳴き声を発しない、静かでおとなしい野鳥です。

 

このツグミと反対に、うるさいくらいの高い声で、それももっと大きな集団で飛び回るのは、ムクドリです。西欧の都会ではこの糞と鳴き声で、公害対策?がよく議論されます。農村地帯では、さほど気になるほどの集団でもないですし、糞もそれほど集中するわけでもないので、問題になることはありませんが、私の車には時折、立派な糞を落としてくれます。以前、カナダの都市や西欧の都市で問題にされていた糞は、たとえば街路樹の全体が真っ白になるほどで、それは大変です。

 

と余談はこの程度にして、今日のテーマを考えるとき、もう一つの<高速ネット医療支える 瞬時にカルテ、患者対応充実>を当初、取り上げようと思っていました。最近、多くの病院では電子カルテで、検査結果もモニター画像で見ることができ、また、MRIなどの検査データは求めればすべてCDで交付してもられる、ということで便利さを感じていました。ところが、少し時間がかかるなと思っていたら、なんとこの電子情報は、銅線のLANケーブルで繋がっているのが現状と言うことでびっくりです。これではMRI画像などのように容量のある情報だと、回線利用が混雑すると、対応できず遅くなるのは当たり前です。ようやく群馬大学医学部と連携して光ファイバーケーブルを設置する試験的試みが始まったばかりとか。

 

光ファイバーの普及はいつ頃からでしょうか。大規模病院内だけでなく、大学医学部と付属病院間の情報伝達、いや世界中の医療情報との連携を考えると、先端的なIT国に比べて数段の遅れとなっているのではないかと懸念します。アベノミクスではこのような重要な部分で光ファイバー普及が遅れている現状にどう対処しているのか疑問すら感じます。

 

とはいえ、もう一つ付け加えれば、個人情報保護や研究情報保護の観点は理解できますし、相当程度の障壁システムを講じる必要があると思いますが、その保護と利用のバランスを考慮しつつ、各病院で望ましい情報管理システムがハード・ソフトの両面でしっかり整備されているのかも気になります。今日の毎日記事では、世耕経産大臣の下、各室に施錠するとか、情報発信の一元化など極端な情報管理が行われていようとしていますが、それはどのような議論の上で、なされたのか非常にきになります。このようなことが病院情報管理でも一方的になされることがあれば、問題だと思います。もう少し議論したいところですが、本題に入る時間がなくなるので、この程度にします。

 

で、見出しの本題です。東京版は単に<長野パラ金メダリストの挑戦(その1) 「東京」で変えたい>でした。もしこの見出しだったら、私は読み飛ばしたかもしれません。素敵でしっかりした表情の元アスリートが東京五輪で次に続くアスリートを育てるというものかなんて思ってしまいます。

 

しかし、大阪版の見出しは<「空気の壁」をなくしたい>でした。いったい空気の壁とは何か、いや思い当たる節があると、私の体験でもあり、私自身の意識を振り返ってみたとき、その言葉に吸い寄せられました。

 

<1998年長野冬季パラリンピックで3個の金メダルを手にした元アスリート>でもある、<日本財団パラリンピックサポートセンターのスタッフになったマセソン美季さん>の話は、いまわが国の障害者がおかれている状況をしっかりと見据えて、確実に一歩一歩前進しようと取り組む姿勢を感じます。

 

マセソンさんは、<「東京はハード面ではバリアフリーになってきている。それでも私は日本に帰ってくると、障害者なんだと思い知らされる」>と「思い知らされる」障害者の状況、意識がわが国の状況なのではないかと思うのです。

 

それは私がカナダに滞在していた20年あまり前、そこであちこちの都市などを訪問する中で、いかにバリアフリーに配慮しているかを感じていました。障害者の方がどこへでも気軽にでかけ、街の至る所で自由に動き回っていました。観光地もそのような配慮が行き届いているので、車イスはどこでも見かけました。

 

ところが、日本に帰ってきたとき、東京の空気汚染のひどさと、障害者への配慮がほとんどないとしかいいようがない状態に唖然としました。昨年来日したマセソンさんのお子さんが<「なぜ車椅子に乗っているのはお母さんだけなの。障害のある人を全然見ないけれど、みんなどこに行ったのかな」>と思わず口にしたのは、当然でしょう。あれから20年経ってもバリアフリーの社会全体での対応はわずかに進んだものの、西欧諸国に比べ相当のビハインドとなっています。

 

マセソンさんが体験談で、車イスの人を見た親子の対応を日本人とカナダや西欧人と比較して話している点が興味深い。まずカナダの首都オタワの例。

 

<一昨年のクリスマスシーズンにオタワのデパートで買い物をしていた時のことだ。エレベーターが来るのを待っていると、幼い男の子を連れた母親に話し掛けられた。

 「うちの子が質問したいことがあるみたいなんですけれど、いいですか」。笑顔で「もちろん」と返すと、男の子は「どうして足が動かないの」「車椅子と自転車はどっちが速いの」と素朴で率直な疑問をぶつけてきた。一つ一つに丁寧に答えてあげると、納得したのか笑顔になり、ハイタッチをして別れた。>とても自然で楽しいですね。

 

これに対し、日本だと、<「日本のお母さんだと、子どもが車椅子に興味を示しても、『シーッ』とか『いいからやめなさい』と言って、その場を立ち去ってしまいがち。そうすると、子どもには『タブーなんだ』という印象だけが残って、次に会った時も聞きたいことをのみ込んでしまう。そして、知らない間に壁ができてしまう」>というのです。たしかにそういう親が少なくないように思います。

 

これこそ「空気の壁」ではないでしょうか。マセソンさんは次のように話して、コミュニケーションこそ重要な架け橋になり、壁をなくす重要な一歩になると言われているようです。

 

<繊細な気配りは日本人の美徳といえるが、過度な配慮は時として、人間関係をぎこちなくもしてしまう。マセソンさんは「壁をなくすにはコミュニケーションが不可欠。勇気を出して『お手伝いできることはありますか』と言ってほしい。お願いしたり、断ったりもするけど、声を掛けてもらえれば、その人にとってそこは居心地のいい場所になる。お金をかけなくてもいいから、声を掛けてほしい」と語った。>

 

で、マセソンさんの提案は、当たり前かもしれませんが、これまでも多くの人が話してきたことでしょう。しかし、それが実際に行われない、それは見えない大きな「空気の壁」がしっかりと社会に根を下ろしているからだと思います。マセソンさんの熱意や努力を無にしないよう、私たち一人一人が実践していかなければならないことでしょう。

 

他方で、もう一つ、重要なことを付け加えておきたいと思います。私自身、仕事上、手足に障がいがある車イスの方や視覚障害のある方、聴覚障害のある方、こういった身体障害の方については、社会全体で相当、制度的な取り組みが進んできたように思うのです。とはいえマセソンさんが指摘されるようにまだまだという状況であることは確かです。

 

それ以上に知的潮害のある方については重度の人はもちろん、軽度の人に対しても、社会の意識はより低い関心しかないように感じています。そのバリアフリーについても、身体障害の方に対するよりもそれほど明確なハード・ソフトが確立されていないようにも思うのです。マセソンさんの提案を踏まえて、より社会が健全に向かうよう、2020年はあらゆる障がいをもつ方への意識改革が求められているように思うのです。それは私自身も当然、問われなければならないと思っています。

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿