180506 セクハラの問題性 <「セクハラ罪」という罪はない 麻生財務相が発言>を読んで
連休に入って、赤いバラの花を買いました。背が1m余でしょうか、車の中に入れるのが大変でした。最近は割と背の高い花を求めてきましたが、それでも図抜けています。それが2~3mの高さになるというので、来年は楽しみです。とりあえずは事務所の花の中で偉そうにしています。
花は小さい花も、大きい花も、真っ赤で鮮やかな花もくすんだ灰色がかった花も、どれ一つをとっても個性的でそれが魅力です。折り曲がっていても、枯れてしまっても、花なのですね。集団の中にいてもどれも偉ぶることがありませんし、言葉を通じたハラスメントも当然ながらありません。むろんいずれも太陽や雨を求めたり、虫や鳥に魅力的な容姿や香りで引きつけることで、競争していても、人間社会のような破廉恥なハラスメントはありませんね。
今朝の毎日記事<セクハラ疑惑「セクハラ罪」という罪はない 麻生財務相が発言>を読んで、またかと思いながら、取り上げたくもない話題ですが、どうもわが国の中には腐った心根があるように思えて仕方なく、ついタイピングをしてしまいました。
というのは今朝のNHKニュースで、電車内でのチカンについて、ある女性がフランス語で出版したところ、フランスで話題になっているそうで、フランスでも混雑した電車では痴漢があるそうですが、安全な国日本でそれがひどいことが話題になっているとか。
電車内の痴漢(それ以外も問題ですが)はとても恥ずかしい行為ですし、被害に遭われる女性の気持ち、立場を考えると、傍観者もひどいと思いつつも、これを許すような社会意識がまだ日本には残っているのではないかと思ってしまいます。
そのことと今回の前財務事務官のセクハラ発言、それを容認するかのような麻生大臣はじめ自民党議員の発言にはどこか共通するような女性に対する過った感覚なり意識が心の奥深くに残っている、前世紀の遺物のようなものとして蓄積しているように思ってしまいます。
セクハラは多種多様な言動ですので、単なる言葉だけもあれば、さらに行為に至るものも含まれています。むろん後者は強制わいせつとか、強制性交や淫行勧誘などの刑法犯に当たる類型もあります。そういえばTOKIOの山口氏も酔って女子学生にキスしたということで強制わいせつ容疑で立件され、起訴猶予処分になりましたね。
山口氏がキスしていなくても、夜間に女子学生を理由なく(なんらかのわいせつ目的意図があった?)呼び出したこと自体、仕事上の上下関係に類似する関係が成立している可能性がありますので、それを拒む自由が相当制限されることから、キスしなくても、セクハラ、パワハラになりうる可能性があったように思います。
話変わって、前次官は問題ない?麻生大臣は「セクハラ罪」という罪はないと曰ったそうですが、確かに一理ありますね。
記事によると<麻生太郎財務相は4日、女性記者へのセクハラを報じられ財務事務次官を辞任した福田淳一氏について「役所に迷惑を掛けたとか、品位を傷つけたとかいろんな表現があるが、(そういう理由で)処分した」と述べた。>とし、
<麻生氏は「『セクハラ罪』という罪はない。殺人とか強制わいせつとは違う」とも発言した。>と多少、記者の追求にかんしゃくを起こされたのか、感情的な発言となっていますね。
先に述べたとおり、セクハラは多様で、言葉だけではないのですから、行為に及べば、強制わいせつを含むさまざまな刑法犯の対象になり得ます。
では次官の会話はどうでしょうか。むろん次官は体に触れるなど直接行為に及んでいないわけですから、強制わいせつ等には該当しないですね。しかし、公然わいせつの可能性はまったくないとはいえないように思うのです。
刑法174条は有名な条文ですね。「公然とわいせつな行為をした者は、六月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」チャタレイ事件など文書や映画から体の一部ないし全部を露出するといったことはこれまでもよく問題になりました。
<「公然」とは不特定または多数人が認識しうる状態を指す(最決昭和32年5月22日刑集11巻5号1526頁)>ということですので、次官が記者と話をした場所は個室でないようですので、場合によっては公然性は満たされるでしょう。
では問題の「わいせつ」ですが、チャタレイ事件で最高裁が下したメルクマールは
① 通常人の羞恥心を害すること
② 性欲の興奮、刺激を来すこと
③ 善良な性的道義観念に反すること
次官の発言の詳細というか、ほとんどを見る気も怒らないので、見ていないので、はっきりとはいえませんが、どうも①ないし③に該当する言葉だったのではないかと一瞬思いました。女性記者の立場に立てば、とても理不尽な言葉ではなかったかと思います。
公然性やわいせつ性について、検察官の立場に立てば、ちょっと躊躇するかもしれません。
しかし、なぜ女性記者は日頃から卑猥な言葉を繰り返している(という文脈だと思っています)次官に夜呼び出されたのに、出かけていったのでしょうか。それは次官という権力を持った立場の人だから、断れなかったから、あるいは次官からの情報を得るために、記者の所属する報道会社(テレ朝?)の指示だからでしょうか。
ここははっきりしませんが、とりあえずは次官が夜、女性記者一人を呼び出すということは、もし職権行為であれば、公務員職権濫用(刑法193条)の疑いすらつい思ってしまいます。職権性の要件が厳しいでしょうから、これは相当厳しいでしょうね。でもそれをうたがいたくなるような次官の呼び出しであり会話ではないでしょうか。
ところで、刑法犯は難しいとしても、少なくとも「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(愛知県)などの迷惑防止条例違反に該当する可能性はかなり高いように思うのです。都条例は確認していませんが・・・だいたいよく似ていますので。
上記条例では2条2項で
「2 何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、故なく、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、次に掲げる行為をしてはならない。」として、
3号に「三 前二号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。」とあります。
この条例では、1号では痴漢、2号では盗撮などがよく逮捕事例でニュースになりますね。この次官の会話は「卑猥な言動」そのものに思えるのです。
次官がセクハラを否定しているから、麻生氏が<「(福田氏の)人権を考えないといけない。言い分を聞かないと公平を欠く」>というのは、次官に権力がなければごもっともと思うのですが、なにが公平かというバランス感覚にも疑問を感じます。
ただ、一言付け加えれば、前次官の自宅がニュースなどで垣間見ましたが、隣の家や通りの住宅、そして次官の玄関を見ていると、天下の?財務事務次官の自宅とは思えないほど、普通の住宅でした。その意味では彼は職務執行において清廉に近い道を進んできたのかもしれません。いや、彼一人ではなく、私はさほど多くを知りませんが、日本の官僚にしても、大学教授、あるいは学長といった人のご自宅をなんどか訪ねたりしていますが、たいてい普通の住宅で敷地もこじんまりしているように感じています。その当たり、もしかして麻生氏が福田氏を買っているのかしらといった話の筋を脱線させてしまいました。
いくら清廉であっても、女性という人格に対する姿勢・態度は、やはり官僚の品格を地に貶めてしまった福田氏の会話、その後の対応は、日本社会にはびこる女性に対する蔑視感というか、ある種の偏見を露呈しているものとして、的確に追求して、再発防止策を本気で検討されるべきでしょう。
今日はこれにておしまい。また明日。
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