ここでいう「くるみ割り人形」とは、チャイコフスキー作曲のバレエ音楽ではなく、
石川ひとみさんの1stアルバム「くるみ割り人形」のこと。また、羽田健太郎とはご存じピアニストのハネケンこと羽田健太郎さんのことです。
そのアルバムのタイトル曲でもある「くるみ割り人形」の編曲は大村雅朗さんなのですが、その大村さんのCD-BOXの解説によるとこの曲でのピアノの演奏は羽田健太郎さんだそうです。(アルバム自体には演奏ミュージシャンのクレジットはありません。) そして、3rdシングルの「あざやかな微笑」のB面「らぶ・とりーとめんと」は作編曲が大村雅朗さんで、やはりピアノは羽田健太郎さんという記載が同じくCD-BOXの解説にありました。
その1stアルバム「くるみ割り人形」は10曲中8曲は大村さんの編曲でありますが、その辺を時系列で並べてみましょう。
1978年9月5日 2ndシングル「くるみ割り人形」発売
1978年12月21日 1stアルバム「くるみ割り人形」発売
1979年1月21日 3rdシングル「あざやかな微笑」発売(B面「らぶ・とりーとめんと」)
これを見て、2ndシングルと3rdシングルの間に発売された1stアルバムにも羽田健太郎さんが参加している確率は高いと推察した次第です。それよりなにより、当時のハネケンさんは売れっ子のスタジオミュージシャンで、その著書「ハネケンの音楽は愉快だ」によると、朝十時から夜中の一時まであちこちのスタジオで仕事をしていると、「このあとビクターに二時半から二時間位」とか頼まれたとか。「お金いらないから寝かしてよ…」と言ったのは本当の話。この本には出てきませんが、「とにかくなんでも初見で弾けて、指もメチャメチャ動く」と言われてたのは、何かの記事で見ました。
まずはシングルの「くるみ割り人形」でのピアノ、キーボードの音を聞いてみると、イントロの最後の細かいフレーズが印象的ですが、サビではずっと16分音符の連続の細かい音が聞こえます。この曲ではチェンバロらしき音も聞こえますが、サビのその演奏はチェレスタの音ではないかと分析した人がいました。
そうなると、ハネケンさんがピアノ以外の鍵盤楽器も弾くかどうかということになりますが、その著書によると最初のスタジオの仕事はCMの音楽でオルガンでしろだまを「びゃー」と弾くだけだったとか。その後、初めてのテレビ出演では森進一さんの「襟裳岬」のバックでハモンドオルガンを弾いたとか。音大のピアノ科を首席で卒業したとはいえピアノだけでなく、オルガンとかチェンバロも弾く機会があっただろうことは想像に難くありません。ピアノを弾いた曲にダビングでチェンバロも入れることはあるでしょうし。
なお、当時のピアノが印象的なヒット曲では、小坂明子「あなた」、渡辺真知子「迷い道」、岸田智史「きみの朝」、ばんばひろふみ「Sachiko」、久保田早紀「異邦人」、沢田研二「勝手にしやがれ」、山口百恵「秋桜」、五輪真弓「恋人よ」などは羽田さんの演奏だそうで、この本にも一部紹介があります。(これらはほんの一部でしょうが)
ということで、時系列、アレンジャー、当時あらゆる曲にハネケンさんが参加していたという線から、アルバム「くるみ割り人形」でのピアノはほとんど羽田さんだろうと思って聞いてみることにします。まず印象的なのはやはり「サムシング・フォーリン・ダウン」。歌の合間のさりげないオブリガードも素敵ですが、間奏のピアノが凄く優しくてきれいなメロディーを弾いてます。あれは多分ハネケンさんなのでしょう。
また、「フェミニン」もイントロのピアノが印象的。あれはチェンバロとユニゾンなのでしょうか。あとは「この窓をあけて」もイントロはもちろん、全体的にきれいなピアノの音が聞けます。
もっとも、当時売れっ子スタジオミュージシャンだったハネケンさんですから、譜面を渡されてもまだ誰の曲かもわからず、音符を追いかけながらとにかく弾いていたという可能性が高く、新人歌手として歌番組やキャンペーンで忙しかった石川ひとみさんがオケ録りに立ち会ってた可能性もほぼないでしょう。
が、先日の特番を見る限り大村雅朗さんの音に対するこだわりは半端なく、その厳しい視線の先で若き日のハネケンさんが汗かきながら弾ききったあとに、大村さんがスッと親指を立てて録音が完了したようなシーンを想像しながら聞くと、またあれらの曲の味わいが増しますね。
と、あれこれ書きましたがあくまでも根拠の確かでない推察が多い記事なのでした。クレジットのない曲で、スタジオミュージシャンの誰が演奏したかというのはわかりにくいというのは色んな本で書かれてて、アレンジャーが満足せず一旦録音した後に別の人の演奏に差し替えたりするのもよくあるとか。そして、差し替えたというのは先に演奏した人には別に連絡せず、弾いた方はその時点では歌手名もタイトルもわからずにやってたことが多いので、「あの曲を弾いた」という人が二人いたりするのも実際。
ただ、あのハネケンさんの風貌を思い出すと、スマイルを浮かべながら「サムシング・フォーリン・ダウン」や「この窓をあけて」を弾いてた場面を想像すると素敵だなぁと。いや待てよ、ピアノというとデビュー曲のB面「ピピッと第六感」の出だしもピアノでした。あれもそうかも…。