ちいちゃんのひとりごと

ちいちゃんのひとりごとを勝手気ままに書いています。

私と言う女遠い記憶

2018年06月06日 | 介護
その日私は同居の母に嘘までついて家を出た。目的は浅草の金馬亭だった。人生最後の浪曲を聴きにやって来たのだ!あの大好きな電柱軒清月の浪曲を聴きに!
入り口で木戸銭を払い私はその日に限って一番後ろの右端の席に着いた。私は終始うつむきながらも時折前を見て浪曲を聴いた。
「今日で最後にしよう!今日で最後に!」心の中でそう呟いた。中入りを挟んで浪曲と講談と再び浪曲になった。何度も何度も涙を拭った。
「もういいのだ!」畳み込むように自分に言い聞かせていた。とりで大好きだった電柱軒清月が出てきた。私は顔をまともに見ることさえ出来ないでいた。熱演する清月に私はうつむき必死に涙を堪えた。この日は私は一度も清月と目を合わさずに金馬亭を後にした。
もういいのだ!これでいいのだ!言いようもない思いが込み上げてきた。
しばらく行くと私に声をかけてきた人がいた。
「あの、いつも金馬亭に来てくれるお客さんですね!」ふと声をかけられ見上げればそこにはあの浪曲師の荒川こう福が立っていたのだ!
私は矢も盾もいられずこう福の前で泣いた。あのこう福の十八番の母恋吹雪の歌が頭の中を流れたのだ!私はその時必死に涙を堪えながら母恋吹雪をこう福の前で歌った。あの荒川こう福は思わず私を強く抱き締めたのだ!
そこから私は一歩も前に進めなかった。
「お客さん、また金馬亭に来てくださいね!」
こう福が私にそう言ったのだ。懇情の別れのように金馬亭に浪曲を聞きに行った私の心は揺らいでいた。
「そう言えば清月師匠のファンでしたよね!思い出しました。もしかしたら師匠、まだ金馬亭にいるかも知れませんね!戻りましょうか?」
荒川こう福にそう言われた私はゆっくりとこう福に手を引かれながら金馬亭に戻るのだった。
「ちょっと待っててくださいね!楽屋覗いて来ますから!」
そう言ってこう福が楽屋に戻った。程なくして清月が表に荷物を持って出てきた。

さて、この話の続きは?
この話はあくまでもフィクションですから!ほぼフィクションですから!
芝居ならここで三橋美智也の母恋吹雪がの歌がかかるのです!

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私と言う女遠い記憶

2018年06月06日 | 介護
この話はあくまでもフィクションです!
私は思うようにならない自分を嘆いていた!好きなように生きられなかった自分を時に悲しんでいた!慣れなかった職業に叶わなかった夢に!
子供の頃にひとりぼっちだった私は今最良の伴侶を得たのだ。結婚と言う選択肢は私にとって良かったのだ! 友達がいなかった男との女は時として同士にもなった。親友にもなった。そこには男と女の愛を超越したものが存在していたのだ。
お互いにひとりぼっちの男と女は言葉にならない強い絆で結ばれたのだ。女はやがて心から男を好きになったのだ。あれほど好きだった今倉千代子の存在も男の出現で逆転したのだ。その後現れたクニコも、小野美子もあの電柱軒清月も敵わなかった。
今、私も男も離ればなれになったらひとりぼっちになるのだ。私には多少なりとも友達はいるが、男には友達は皆無だ!男は私とどこにでも行った。
ついこの間も愛知県の岡崎と名古屋に行った。滅多に行かない旅行だった。目的は岡崎の八丁味噌屋の見学であったが、わずか1泊2日にささやかな幸せを垣間見た。
そこには自由があったのだ!
日々の暮らしの中からささやかな幸せを模索していた。それは私の実母との同居で呆気なく砕かれた。端から見れば一見自由そうに見える夫婦も一皮剥けば自由を半分奪われた夫婦だったのだ!
それでも私は今倉千代子のコンサートに行き舞台も見た。後年好きになったクニコのコンサートもライブにも行った。ことごとく芸能人の追っかけを嫌う母の目を盗んで出掛けた。しかし、それはすべてバレるのだ!ことごとくバレるのだ!そして叱責を買うのだ!
今倉千代子の存在もクニコの存在も心の支えだったが、それは母にして見れば許されないことなのだ!
その後好きになる電柱軒清月に至っても許されないことなのだ!私は遅れを取り戻すように浅草の金馬亭に通った。電柱軒清の存在を知ったのは私には遅かったのだ!早く清月に巡りあえていたなら良かったと思う。私は残された人生を急ぐように清月の浪曲を聴きに浅草の金馬亭に通った。還暦を過ぎた私の心に浪曲はしみた。時には涙も流した。笑いも感動もそこにはあったのだ!
感情の起伏を殺さなくてもいいのだ!思いっきり泣いたり笑ったり出来るのだ!一心不乱に浪曲を聴いた。浪曲に出会ったことが遅かったのだ!まるで余命何ヵ月と告げられたガン患者が残された人生を精一杯生きるように浪曲を聴いた。寂しい私の心に浪曲はしみた。あれほどシャンソンでは寝てしまう主人も寝ないできちんと聴いてくれていた。
母の目を盗んで夫婦で浪曲談義もしたのだ。それは夫婦の絆を深めるためには良かったと!
日々死んで行く脳細胞に叩き込むように浪曲を聴いた。
少しでも母より長くいきるのが親孝行だと思うがこの際だから早く死んで母のあわてふためく顔をあの世から見てみたいと不謹慎なことを思ったりもした。
どうせ集めたものなど捨てられる運命にあるのだ。私が母より早く死ねば捨てられるのだ!それ以前に欲しい人に渡してしまおうかとも思う。
切なさと不条理の中にいる。すべてを否定されて生きてきた女は切なさと不条理の中でもがいている。
しかし、そこには死ぬ勇気など持ち合わせてはいない。自分の生き方を否定されて生きてきた女は密かな逆襲も出来ずにやがて死んで行くのだ!叶わなかった夢を抱き締めて死んで行くのだ!

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