ちいちゃんのひとりごと

ちいちゃんのひとりごとを勝手気ままに書いています。

今まで自分はずーっと不幸だと思い込んでいた!

2018年06月10日 | 介護
今まで自分はずーっと不幸だと思い込んでいた!
60年の人生を不幸だと思い込んでいた!
そもそも不幸は子供の頃から始まった。
本当の友達のいない人生を送ってきた。
私は子供の頃からいじめの対象だった。
幼稚園や保育園に入れずに今で言う待機児童となり、小学校に入るも友達の作り方も分からずいじめの対象になった。
中学校も高校もいじめの対象だった。
社会人になったらなったでいじめの対象だった。
32歳で結婚した時に、旦那には友達がいなかった。
旦那も同じ道を歩いてきたのだ。
働いた職場でパワハラにもあっていた。
時折腕につねられた跡が!
働いても働いてもサービス残業だった。
帰って来て主人の腕に付けられたアザを見て泣いた。
私も主人もひとりぼっちだったのだ。
私は一生懸命友達を作ろうとした。
回覧板で配られる市の広報見て、いくつもの公民館の講座に申し込み友達を作りたいと!
しかし、思うように友達は出来なかった。
それでも数人に友達は出来た。
私は子供の頃から寂しい心を埋めるようにテレビで見た芸能人に憧れを抱き、ファンになった。
家庭では母の管理下のもと生活を強いられた。
すべては母の管理下なのだ。
それは結婚するまで続いた。
自由にならない自分を嘆いた。
思い通りにならない自分を嘆いた。
高校を卒業するときに和裁の学校に行きたかった夢も反対され、仕方なく就職の道を選んだ。
その後もすべて反対にあった。
作詞家になりたかった夢も反対にあい、自宅のアパートの裏に星野哲郎さんがすんでいるのに、その門を叩くことさえ許されなかったのだ。
密かに購読していた演歌の月刊誌に作詞を投稿するだけが生き甲斐だった。
カルチャースクールがあっちこっちにできはじめ、習い事をしたかったが、それすらも反対にあった。
行きたくもない近所の自動車学校に仕方なく行くもさっさとやめてしまった。
まともにいったのは週に1回のクッキングスクールだけに1年間通った。
着付け教室も行ってもいいと言われ通ったが大手に行ったので、すぐに手結びを教えてくれずに3ヶ月でやめた。
結婚したら子供が欲しかったが、4年間の不妊治療の末に子供を持つことをあきらめた。
結婚して10年目に再び母と同居したらやはり母は私たち夫婦を干渉するようになった。
すべての夫婦の会話に口を挟むのである。
私たち夫婦を声を殺して寝た。
休日の外出だけが自由になれる場所だった。
それでもたびたびの外出は嫌な顔をされた。
何処に行っても芸能人の追っかけだと思われた。
母との同居と更年期が重なって私は病気になったのだ。
パートで働いていた友達が近所に作った精神障害者の作業所の賄いのおばちゃんの仕事をやめた。
地元にある精神科の病院は嫌なので友達に聴いて3つ先の駅の心療内科に通った。
毎日つらかった。
苦しかったのだ。
自分に精神障害者と言うレッテルを貼られることが嫌だった。
しかし、病気は受け入れた。
いつかは寛解もあるのだ。
昨今は芸能人だってカミングアウトしている時代なのだ。
主人はいつも優しかった。
一緒に病院にも行ってくれた。
あれほど辛く苦しかった私の身体は薄皮をはぐように回復していった。
薬のおかげも先生のおかげも主人の支えもあったのだ。
偶然にも病気になったときにたまたまテレビでシャンソン歌手のクミコさんの歌を聴いた。
それ以来クミコさんの追っかけをしている。
同居の母は芸能人の追っかけが大嫌いです。
従って私は嫌みを言われながらもクミコさんのコンサートに行き、イベントに行った。
そのおかげか、だんだん元気を取り戻して行ったのだ。
その後同じくシャンソン歌手の日野美子さんのライブにも行くようになった。
その日野美子さんからも元気はもらっている。
昨年の12月にたまたま浪曲知り玉川奈々福さんの浪曲を聴きたくて浅草の木馬亭に行った。
その後天中軒雲月師匠を知り、雲月師匠の浪曲も聴いたら雲月師匠が良くなり、すっかり師匠のファンになってしまったのだ。
まだ私が師匠のファンであることを母は知らない。
おそらく知ったら激怒するかも知れない?
クミコさんから浪曲の雲月師匠ですからね。
とりあえずかいつまんで私のことを書いてみました。
一番好きなのは主人ですからね。そりゃあ、島倉千代子さんもクミコさんも日野美子さんも天中軒雲月師匠も好きですが一番は主人ですから!
主人は私しか友達いませんから!
師匠のファンだと母にバレるのも時間の問題ですかね?
今月末が締切の日本作詞家協会の作詞大賞新人賞、北川大介さんに向けての作詞も〆切が迫っているので何とかします!
落選してもしても応募するんですよ!
諦めていませんから!プロの作詞家!

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乗り掛かった船じやけん!

2018年06月10日 | 介護
乗り掛かった船じやけん!
降りたらあかんねん!
向こう岸に着くまでは降りたらあかんねん!
八木倫明さんが訳詞してクミコさんが歌う「広い河の岸辺」のように!
今、心に誓いました!
うわ~!
ここには書けん❗
言えん❗
でも言います!
一生応援いたします!
応援させていただきます!
出会えたことに感謝します!
巡り会えたことに感謝します!
このところ良く泣いてしまいます!
嬉しくて泣くんですよ!
元々涙腺弱いですから!
子供の頃は勝手な想像で泣いていました!
涙は枯れません。
明日からしっかり整形外科に行ってリハビリはします!
還暦を過ぎるとあっちこっちがたが来るんですね。
坐骨神経痛見事に克服出来たらいいな!

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会えない寂しさを!聴けない寂しさを!

2018年06月10日 | 介護
会えない寂しさを感じている。
聴けない寂しさも感じている。
それもある意味運命なのだ。
独占欲が強かった。
しかし、今まで付き合った男にはライバルは全くと言うほど現れなかった。
平たく言えば大した男ではなかっと言うことだ。
主人に対しても、浮気の兆候も何もない。
従って私が独占出来るのだ。
もはや独占出来るものは旦那だけになってしまった。
好きになる芸能人のすべてにファンがいて、ほぼ芸能人は私以外の人に目が向いてしまうのだ。
それも仕方がないことだと思う。
例えをあげるとバーゲンセールで手にした洋服を私以外の人がつかんでいて取り合いになったら私はすんなりあきらめてしまうのだ。
やりあう気持ちは失せるのだ。
あきらめて洋服を相手に譲ってしまうのだ。
この際だから師匠のファンのライバルが現れたら私は即座に師匠のファンから身を引くつもりでいる。
勝てるとは思えないのだ。
ただ今までに数回お会いした中で私と言うファンがいることを認識してくれただけでいいのだ。
男女の関係に例えれば一人の男を二人の女で取り合うのなら私はさっさと身を引くと言うことだ。
そこで争って勝ち取って悦に入ると言うことはしないと思う。
人生、世の中諦めが肝心です。
未練たらしい女にはなりたくはありません。
素直にあきらめて別の人を探しましょう!
あっ!また何を言ってあるかわからないブログですいませんね!
時々適当でいい加減なことも書きますから!

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私と言う女遠い記憶

2018年06月10日 | 介護
もう、嫌だ!嫌だ!と嘆いても仕方がないのだ!それが私の運命だと受け止めよう!端からは「すごい人生ですね!」と、言われたこともあったが、それもある意味宿命だと思う。
気がつけば還暦を過ぎていた。それでも思うように生きられないのだ。
痛い足を押してキッチンに立った。私の代わりはこの家にはいないのだ!
88歳になろうとする母には頼めないのだ!頼んだとてやってはくれないのだ!
昔のように動けないのだ。昔のような物は作れないのだ!病人が病人の世話をし、尚且つ88歳になろうとする母と同居をしているのだ。もう、そこには悲しいなど通り越しているかも知れない?
すべての夢をたたれて生きてきた私は日々耐えることを学んだ。耐えるのだ。あらゆることに耐えるのだ。夢や希望を抱いてはいけないのだ。他人の幸せを願っても自分の幸せは願ってはいけないのだ。幸せを目指してはいけないのだ。とことん不幸を貫くのだ!
しかしそこには自分よりはるかに不幸な人がいることを忘れてはならないのだ。そこに自分だけが不幸だと思うことは良くないと思う。
与えられた運命をまっとうするのだ。課せられたことを黙々とするのだ。そこに文句は通用しないのだ。自由を求めてはいけないのだ。不自由のなかなか微かな自由を見つけるのだ。甘えは許されないのだ。反抗しても反抗しても無理なことは重々承知の上のことなのだ。
オギャー!と、この世に生を受けたときらか私の運命はほぼ決まっていたのだ。

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私と言う女遠い記憶

2018年06月10日 | 介護
自分の人生をいくら嘆いても始まらない。それは私に課せられた運命なのだ。運命を受け止めなくてはならないのだ。
悲しいかなそれは宿命でもあるのだ。
実母との確執はこれからも続くのだ。
思い通りに自由にいきられない女の性なのかも知れない?
同居の母は自分が一番不幸だと思っている節がある。
不幸なのはむしろ私の方で、借りにも娘のところにこれたことは良かったと思って欲しい。
毎日些細なことで母に怒られるのです。
時折生きていることを私は嘆き、死ぬことさえも出来ない自分を惨めだと思う。
この世に生まれてきたことを悔いている。人間の身体に生まれてきたことを悔いている。大きく言えば地球上に生まれたことを悔いている。
一見なんでもない人生を悔いている。好きに生きられなかった自分が悲しいとも思う。
何もかも否定されて生きてきた。それはある意味運命なのだ!
私はやがて嘘をつき出掛けるのだ!出掛けてもすべてはばれてしまうのだ!
まるで千里眼のようにお見通しなのだ。
昨日、病院の帰りに銀座に行ったことも、あの不二家のレストランでハンバーグを食べたことさえお見通しかも知れない?
本当の意味での自由は私には無いのだ!すへてにおいて管理された生活がそこにはあるのだ!
運命だ!すべては運命だ!好き勝手に生きられなかったことを今さら嘆いても仕方がない。隠して嘘をついたとしてもいつかはバレるのだ!
私が今現在、お熱を上げてある電柱軒清月のことだっていつかはバレるのだ!
しまいに母から浅草の金馬亭出入り禁止さえ言い渡されるかも知れないと思う。

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