季節風~日々の思いを風に乗せて

喜寿になったのを機に新しいブログを始めました。日々の思いをつぶやきます。

視点を変える(6)

2022-02-07 10:01:37 | 視点
 「見えるもの、また見ようとしているものに対して、われわれの脳の中にはあらかじめ「世界はこうなっている」という仮説が出来上がっている。脳は、仮説に合った素材だけを選んで集めて、像を結ぶ。そのため、いらないものは見ていない。見えているのは、欲しい情報だけといっても過言ではない。」
 (『プロフェショナルたちの脳活用法』茂木健一郎)

 困ったことに、どこまでも私の脳は「自己中心的」らしいのです。
 現在起こっている様々な地球上の課題には「自己中心的な」「単一な」視点では解決の方向性が見出せません。
今学校で行われている「生活科」以前に、私たちが「総合学習」を提案した理由もそこにありました。一つは、いくつかの教科を統合して多方面から考えること。もう一つは、一人ではなくみんなの意見を集めて考えること。
 この「多くの視点の交流」は私たちの脳の中にある「世界はこうなっている」という仮説を打ち破るための大切な方法なのです。様々なものの見方・考え方を持っている人が集まって自由に話し合う場が必要なのです。
 現下のコロナ禍にあって、経済活動の停滞や健康上の不安の増加、教育の機会の減少などの問題が山積しています。私の身のまわりで起こっている問題は「対面活動ができない」ということです。コミュニティセンターなどでは人数や時間が制約され、みんなで集まっての活動がしづらいのです。Zoomなどを使っての活動もありますが、私たち高齢者にとって全員が使えるツールではありません。会社や学校では活用されているようですが、実際に「対面」しての活動とは大きな差がありそうです。
 とはいえ、「視点の転換」はすべて対面で行わなければならないかといえばそうではありません。「読書」もまた固定化された視点を変えるには良い方法です。斉藤孝氏は、円錐の見え方が見る位置によって三角に見えたり、丸に見えたりする例をもとに、以下のように書いています。

「読書は自分と異なる視点を手に入れるのに役立ちます。意識したいのは「著者の目」になることです。自分と違う見方だなあと思っても、いったんは著者の目になったつもりで本を読む。著者の目で周りを見てみる。
 そうすることを繰り返すと、視点が重層的で多角的になります。一点に凝り固まるのでなく、厚みや深み、広がりのある視点を持つことができるのです。」(『読書する人だけがたどりつける場所』)

 「著者の眼になって周りを見てみる」-この読書体験の積み重ねが、現実世界を見る場合の訓練になるのかもしれません。鳥の目で地球を見ればまだまだ緑があり海もきれいに見えますが、いったん下降し、虫の目になって見れば海岸線のごみや水中のマイクロプラスティックの多さに気づくのです。単眼的な見方が複眼的な見方、ものの考え方に深まったのです。
この「~のつもりになって見る」ということは、知ろうとする対象を外側から眺めていることではなく、事物。自称。現象に没入することを意味します。ここで思い出すのは中村雄二郎氏の「棲み込み」です。

「棲み込みとは何かといえば、諸部分から成る全体の意味を理解しようとするとき、諸部分を外側から眺めるのではなく、その全体の中に棲み込むことである。」(『術語集』)

 単に虫の目だけでは足りないのです。虫になり地面に潜り、海岸を這い、海の水を味わい、空気を吸い込むことをしなければ「全体の意味」が姿を現さないのです。
 このように複数の視点が獲得できる読書の効用は、今手近にある数冊を開いても様々に述べられています。

「ビジネスの第一線で活躍している経営者の多くが、若いころからたくさんの本を読んでいます。読書量を蓄積しているからこそ、危機に直面した李経営者として決断を迫られたりするときに、冷静な判断ができるのだと思います。」
(『なぜ、読解力が必要なのか?』池上彰)

「自分が主人公と同じ状況に置かれたら、どうするだろうか?」自分なら、どんな対処をするだろうか?」―そうしたことを考えながら読むことは、そのまま、人生の様々なシチュエーションに対応するためのトレーニングとなる。」
                     (『本の読み方』平野啓一郎)

 尊敬する歌人であり細胞生物学者である永田和宏氏は言います。

「私たちは<自己>をいろいろな角度から見るための、複数の視線を得るために勉強をし、読書をする。それを欠くと、独りよがりの自分を抜け出すことができない。<他者>との関係性を築くことができない。」と。続けて、読書や勉強は自分だけの視線だけではもちえない<他の時間>を持つことでもあると述べます。(勉強や読書は)過去の多くの出会うということでもある。過去の時間を所有する。それもまた、自分だけでは持ちえなかった自分への視線を得ることでもあるのだろう。そんな風にして、それぞれの個人は世界と向き合うための基盤を作ってゆく。」(『知の体力』)

 これらの論述を読めば、いかに読書体験が「新たな視点・視線」の獲得に有効であるかが分かるのではないでしょうか。読書は「自己中心的」で「単一な視線」を変える契機になるのです。


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