「青函トンネル」線路保守は、こんなに大変だ 北海道新幹線の安全運行を影で支える
10月21日 15:00

「青函トンネル」線路保守は、こんなに大変だ
(東洋経済オンライン)
鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2016年12月号「青函トンネルにおける未明の線路保守を公開」を掲載します。
JR北海道は9月27日午前1時から3時ごろにかけて、青函トンネル内における軌道保守作業を報道関係者に公開した。今回の公開は、北海道新幹線の開業を機に三線軌条の特殊性がクローズアップされ、4月から6月の間には計4回、列車が緊急停止する事態も発生していたため、トンネル内の様子と対策の一例を開示するために行われた。
最も短い絶縁区間はわずか42ミリ
北海道新幹線新中小国信号場(大平分岐部)〜木古内(木古内分岐部)間約82キロメートルは、青函トンネル53.85キロメートルを含めて三線軌区間である。新幹線1435ミリメートル軌間と在来線1067ミリメートル軌間の差は368ミリメートルであるが、レールの下にはスラブ等にレールを固定する締結装置があるため、その絶縁離隔はわずか42ミリメートルしかない。4月1日に発生した緊急停止後、鉄道総研との現地調査により軌道部品の一部と見られる金属線が発見されたため、これが絶縁部を短絡してATCの誤動作を招いた可能性も考えられた。一方、一帯に軌道の損傷はなかったため、JR北海道は36キロメートルにわたり清掃作業を行い、トラブルにつながりかねないリスクの排除を強化した。
締結装置の構成部品の1つであり、新幹線専用レールと在来線専用レールの間に仕切りを立てた樹脂製の絶縁板については、仕切り高さ2センチメートルの従来品から6センチメートルのものに交換する作業が順次開始されている。
公開は、北海道側の白符斜坑付近で行われた。青函トンネルには本州側、北海道側ともに3か所の斜坑と1か所の立坑があり、地上と結ばれている。斜坑のうち本州側の竜飛と北海道側の吉岡のものは、それぞれ本坑(青函トンネルの本体)の竜飛定点と吉岡定点につながり、充実した避難施設や自動消火設備、ケーブルカー(ケーブル斜坑)などが設置されている。万が一の列車火災等の際、列車はできる限りトンネル外に走り抜けることが原則だが、長大トンネルのため内部での停止が止むを得ない場合は、この定点に停車させ、避難や消火活動を行う。先進導坑や作業坑ともつながり、強制換気の送風や排水の重要な経路となっている。
また、この斜坑に隣接して立坑(計2本)があり、現在は排気・排煙用の風道として機能している。一方、他の斜坑(計4か所)は通常は保守作業等の出入口としてのみ機能する。施設としては簡素だが、念を入れて非常用の備品や食料、非常用トイレ等も準備されている。
白符斜坑は、青函トンネル北海道側入口から約15キロメートル付近に位置する2本目の斜坑。松前郡福島町の国道228号「道の駅横綱の里ふくしま」(同地は元横綱千代の富士の出身地)より約2キロメートル付近の山中からアプローチする。斜坑は約12%の急勾配で、約860段の階段と車路が約530メートルにわたって続く。下りきった地点に広い空間があり、本坑の線路と最奥部でつながり、扉で仕切られている。それより線路側への立ち入りは新幹線特例法の適用を受け、IDカードを交付された者だけが、所持品チェックのうえで初めて許される。入坑時に所持していた物品を、漏れなく持ち帰っているか確認する安全確保上の理由からである。置き忘れたものは永続的に残ってしまうという、長大トンネルの特殊性を反映したものだ。
16人の作業員が連携
三線軌が敷かれた青函トンネルの内部(撮影:村上悠太)
当日の作業は、この斜坑付近で在来線専用レールの締結装置部品を交換するものだった。三線軌区間では、新幹線専用レールのほか新在で共用するレールも新幹線建設時に敷設(交換)されたが、在来線専用レールは以前からの継続使用である。また、在来線専用レールと共用レールの締結装置は、津軽海峡線開業時にさかのぼる約30年前に設置されたものが、これまで使われてきた。今回、この締結装置の一部を交換する。
部品は交換基準に達する恐れが出てきたものから交換するが、青函トンネル内は場所によって環境が多様であるため、老朽化の速度にも違いが現れ、交換周期は全区間一律ではない。そのため、中〜長期計画策定にも日々の総合巡視や材料検査等が非常に重要となっている。
作業の手順は、締結装置のボルトを抜き、レール吊上機の滑車とチェーンによりレールを少し浮かせ、隙間に枕を挟んで支持したうえで板ばねやタイプレートを外し、絶縁板を交換するもの。16人の作業員が連携、複数を同時に交換したら、場所を隣に移して同様の作業を行う。予定の交換を終了したら軌間を物差し状の標準ゲージで計測し、規定の精度内であることを確認して作業を完了する。この測定器は、以前の保線データ改竄問題に鑑みて、自動計算と記憶機能を備える新しい装置が使用されていた。
1ブロックあたりの作業時間は20分程度とあっという間ではあったが、この日は取材公開という特殊事情もあり、一晩の施工延長は約10メートルであった。ちなみに一般的な条件であれば一晩に20〜30メートルの施工が可能という。ただし、トンネルにアプローチできる入口(斜坑と本坑の接続地点等)から現場が遠い場合は、往復の時間を要するために、一晩に作業可能な延長がやはり10メートル程度と短い場合もある。
今回公開された保守作業は締結装置部品の交換であったが、日常的な軌道保守作業は、このほかにも多々ある。例として、軌道関係ではレール削正、レール探傷、軌道狂い(軌間、水準、通り、高低)の修復、レール交換がある。架線等の電気設備、信号関係の項目も多岐にわたる。また、こうした保守の前提となる点検・検査として、East-i(JR東日本の電気・軌道総合試験車)による軌道変位検査を2か月ごと、レール探傷車による超音波検査を年1回、徒歩による総合巡視(線路全般の点検)と列車添乗による巡視も、各々2週に一度のペースで繰り返されている。
持ち上げたレールを人力で徐々に下ろしていく(撮影:村上悠太)
さらに、これらの保守点検はJR北海道によるものだが、青函トンネルを建設、保有する鉄道建設・運輸施設整備支援機構によるトンネル本体の健全度測定、追跡調査が行われている。打音検査、目視検査、目地部の漏水防止対策等の日常的な保守点検作業のほか、年に2回の合計80か所におよぶ内空断面測定、そのほか湧水化学分析、コンクリート性状試験や止水注入材の分析等がある。
しかしながら、長大な海底トンネルであり、新幹線と在来線が共用するため、一般的なトンネルにはない困難は多い。第一に、新幹線鉄道であるため列車運行時間帯と保守時間帯が明確に分けられているが、一般の新幹線では深夜0時から朝6時までが保守間合時間とされるところ、貨物列車の運行があるため通常は午前1時から3時半ごろまでの2時間半しかない。新幹線鉄道ではなかった当時、場合によって列車運行時間帯に何らかの作業を行うこともできたが、新幹線特例法の下にある現在では不可能となり、その面でも時間的制約は以前より厳しくなった。
貨物列車ダイヤ調整が必要なケースも
線路に入り込める箇所が限られるため、出入口と作業現場の往復に計1時間程度を要する場合もあり、そのような箇所では実質的な作業時間は1時間半に制約される。さらには、本坑に並行する作業坑は断面が小さく2トントラック程度までしか通行できないため、保守作業に使用する機材運搬に制約を受ける、といった苦労も挙げられる。
ちなみにレール削正車を投入する場合など、通常の2時間半の保守間合時間では不足する大掛かりな作業の際は、 4時間の拡大間合いが設定される。通過予定の貨物列車は運行時刻の調整が行われ、運休等は発生しない。
作業後の仕上がり検査は標準軌、狭軌の両方について行う必要があり、単純計算でも時間を要する。そのうえ、共用レールと新幹線用のレールは新幹線鉄道としての高度な整備基準を満たさなければならず、その面でも在来線のみの時代より手間を要するものとなっている。なお、現在の三線軌区間は貨物列車とのすれ違い時の安全性を考慮して新幹線電車に時速140キロメートルの速度制限が課せられているが、線路の管理精度としては当初から時速260キロメートル走行の基準を満たす形で整備されている。
作業の見学を終えて白符斜坑の入口に戻っても空はまだ暗く、報道各社が現地に赴くために使った車両のライトを点けなければ、足元すら覚束ない。入坑した関係者をピストン輸送する四駆のワゴン車が、地底から急勾配を上がってくる。トンネル内の高い湿度のためにヘッドライトが滲み、それが坑口の鉄扉に切り取られ、その部分だけが四角くSFの世界のように浮かび上がった。
とても興味のある三線軌条なんだけど、実物を間近で見られないのかなぁ。
ちなみに小田急と箱根登山鉄道が共用していた小田原~箱根湯本間では見たことがあるんだけど、じっくりと観察しておけばよかったよ。