日々の記録と楽しい思い出

日々の楽しかったことや旅行の思い出を写真で紹介したいと思います。

相国寺承天閣美術館で「若冲と近代絵画」

2021年05月17日 | 美術鑑賞

相国寺承天閣(じょうてんかく)美術館で「若冲と近代絵画」が開催されています。

相国寺は明徳三年(1392)に夢窓疎石を開山とし、室町幕府第三代将軍足利義満によって創建された臨済宗相国寺派の大本山です。

承天閣美術館の第一展示室には、鹿苑寺境内に建つ金森宗和造と伝えられる
「夕佳亭」を再現、第二展示室には近世京都花壇の奇才、伊藤若冲による水墨画の傑作である重要文化財「鹿苑寺大書院障壁画」の一部を移設しており間近に作品を鑑賞できます。

若冲の代表作30編に及ぶ花鳥画の大作「動植綵絵」は明治22年宮内庁三の丸尚蔵館に献上、「釈迦三尊像」は所蔵されて展示されています。

 

 

 

 

 

 

回廊のガラス戸には若冲の絵

 

 

相国寺開山堂前庭


 

法堂
「無畏堂」(本来を畏れることなく説法を聞くお堂)と称し、仏殿を兼ねている。
豊臣秀頼によって再建されたもので、現存する法堂の中では最古のものです。
天井には狩野光信によって描かれた蟠龍図が広がり、鳴き龍として有名です。

若冲の障壁画素晴らしいし、青もみじの庭、鳴き龍など楽しめました。

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嬉しい美術館「田中一村展」

2021年05月17日 | 美術鑑賞

緊急事態宣言継続後に開催された美術館を訪れました。

美術館「えき」KYOTOで開催の「田中一村展・奄美へとつづく道」

田中一村美術館の訪問楽しみしていた奄美大島旅行が中止になり残念だったのですが今回鑑賞出来てよかったです。

2018年8月に佐川美術館での「田中一村展」鑑賞後して好きになりました。

 

明治41年(1908)年、木彫家の父ものとに栃木で生まれた、幼少時より画才を発揮し、7歳の時に父から「米邨」の号を与えられた。大正15年には東京美術学校(東京芸大)に入学するも2ヶ月で退学。同期の画家は東山魁夷です。

30歳で移住した千葉で20年間風景や動植物の写生に明け暮れます、青龍社に出品し入選。39歳で画壇デビュー「米邨」から「一村」に改名するもその後は落選続き。
50歳で新天地奄美大島へ渡り、紬工場で染色工として生計を立てながら。69歳で亡くなるまで19年間、奄美の大自然の情景や色鮮やかな花鳥画を描きました。

以下の写真は展示販売されていた複製画です

「初夏の海に赤翡翠(あかしょうびん)」

「奄美の郷に褄紅蝶」

「不喰芋と蘇鐵」絵画展示はしていません

「奄美の海に蘇鐵とアダン」

「アダンの海辺」晩年の代表作、絵画展示はありません

 

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