メルビルの「白鯨」という作品は、いまは知らない人の方が多いのかも知れない。僕が文学に妙に興味を惹かれるようになったのは、小学生の高学年の、どこかの出版社から出ていた「少年少女世界文学全集」を買ってもらってからだった。「小公子」や「小公女」や「秘密の花園」なんていう物語の、夢のような世界に訳もなく憧れたものだ。少し前にこの場で「父と子」(1)~(5)を書いたが、その中で、僕の小学生時代の喧嘩に明け暮れた毎日と「少年少女世界文学全集」の世界にのめり込んでいたこととは何の矛盾もなく、僕の裡で共存していた、と思う。喧嘩でささくれだった自分の心を、人間の善性を文学の世界に求めながら、うまく子どもなりに平衡感覚をとっていたのだろう、と思う。喧嘩作法は父から教わり、絶対に負けられないという精神の崖っぷちに立たされながら、その片方で、甘ったるいほどの人間の善性を文学作品の中に見出しては救われていたのだろう。子どもなりにずいぶんと生きる努力をしていたものだ、といまにして感嘆する。その頃に比べれば、大人になってからの自分の生きかたの、なんと無様な様相であることか !
さて、メルビルの「白鯨」は、僕の記憶の中でもはっきりとしているのだが、中学1年の真夏に、河出書房(この出版社はその後一度つぶれて、河出書房新社として再出発したと記憶する)から出された大人向けの「世界文学全集」の第4回配本の一冊だ。箱入りでかなりしっかりとしたつくりだが、定価が480円なのだから、時代物だ。何度も引っ越しして、その度にたくさんの本を処分してきたが、何故かこの「白鯨」は、処分の対象から外れて、いまだに僕の本棚にある。中学1年生の頃に読んだ印象はそれほど強烈ではなかった、と思う。が、僕の中に「少年少女文学全集」の世界とは違う世界が、この本には確かに在る、というくらいの漠然とした印象だけで、54歳の今日まで、この書は生き残って来たのである。
白鯨をどこまでも追いつづけるエイハブ船長の、恐ろしいけれど、何故か否定しがたい執念の奥深さを僕は人間の本質に関わるものだろう、ということを、当時は漠然と、今では明確に認めることが出来る。そして、この人間の執念とはどこか醜いが、人間の<真・善・美>という諸要素にどうしても加えなければ、どこかに嘘があるな、といまも思い続けている。僕のお気に入りの奥田英朗や吉田修一や東野圭吾、角田光代、甘糟りり子、井上荒野等々、書き出すとキリがないのでいまはこのあたりで止めておくが、この人たちの作品の底に流れている原型とも言えるものは、人間の執念の深さなのではないか、と思う。随分乱暴な書き方だが、大切な一要素としてはやはり否定出来ないものではないか、と確信している。
この古めかしい「白鯨」は、これから先、僕の本棚から姿を消すことがあるのだろうか?
たぶん、ない、と思う。
○推薦図書「白鯨」(上)(中)(下) ハーマン・メルビル著。 岩波文庫。amazon.co.jp で調べてみましたが、他の出版社からも文庫で出ているようですし、単行本でも出ています。読書慣れしていない方は、途中で退屈するかも知れませんが、これが読み通せればかなりの読書家にはなれます。
さて、メルビルの「白鯨」は、僕の記憶の中でもはっきりとしているのだが、中学1年の真夏に、河出書房(この出版社はその後一度つぶれて、河出書房新社として再出発したと記憶する)から出された大人向けの「世界文学全集」の第4回配本の一冊だ。箱入りでかなりしっかりとしたつくりだが、定価が480円なのだから、時代物だ。何度も引っ越しして、その度にたくさんの本を処分してきたが、何故かこの「白鯨」は、処分の対象から外れて、いまだに僕の本棚にある。中学1年生の頃に読んだ印象はそれほど強烈ではなかった、と思う。が、僕の中に「少年少女文学全集」の世界とは違う世界が、この本には確かに在る、というくらいの漠然とした印象だけで、54歳の今日まで、この書は生き残って来たのである。
白鯨をどこまでも追いつづけるエイハブ船長の、恐ろしいけれど、何故か否定しがたい執念の奥深さを僕は人間の本質に関わるものだろう、ということを、当時は漠然と、今では明確に認めることが出来る。そして、この人間の執念とはどこか醜いが、人間の<真・善・美>という諸要素にどうしても加えなければ、どこかに嘘があるな、といまも思い続けている。僕のお気に入りの奥田英朗や吉田修一や東野圭吾、角田光代、甘糟りり子、井上荒野等々、書き出すとキリがないのでいまはこのあたりで止めておくが、この人たちの作品の底に流れている原型とも言えるものは、人間の執念の深さなのではないか、と思う。随分乱暴な書き方だが、大切な一要素としてはやはり否定出来ないものではないか、と確信している。
この古めかしい「白鯨」は、これから先、僕の本棚から姿を消すことがあるのだろうか?
たぶん、ない、と思う。
○推薦図書「白鯨」(上)(中)(下) ハーマン・メルビル著。 岩波文庫。amazon.co.jp で調べてみましたが、他の出版社からも文庫で出ているようですし、単行本でも出ています。読書慣れしていない方は、途中で退屈するかも知れませんが、これが読み通せればかなりの読書家にはなれます。