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「世界を驚かせた 頭のいい江戸のエコ生活」(著者:菅野俊輔氏、出版社:青春出版社、出版日:2010/12/15)
現代の日本の世の中は、肥満体質である。
暖衣飽食、大抵の人達が、欲望の赴くままに行動し、思うものを手に入れている。物が満ち溢れ、余暇を満たすべく様々なものが存在している。
格差は広がっているものの、飢餓に陥る事は希であり、大方、必要最小限の生活は出来ている。少なくとも、現在の中東のパレスチナ人のホームレスやシリア人の難民等と比べると、日本人は総体的には良い生活が出来ている。
職業の選択肢も豊富であり、失業率も比較的低くなっている。職種に拘らなければ、何とか生活していける様にはなっている。
戦後、敗戦してアメリカが占領している間に、日本はアメリカナイズされてしまった。戦争末期こそ敗戦濃厚な為に国内統制が厳しかったが、元々、戦前から「日本的民主主義」が存在していた。それが戦後、懐柔される様にしてその実、強制的に「アメリカ的民主主義」に変えられてしまった。
そのアメリカ的民主主義によって、健康的ではない様々なものがもたらされた。生活習慣、娯楽、メディア、風俗、ドラッグ、農薬、化学肥料、合成添加物、癌の三大療法、ワクチン……等と、戦前には無かったものが日本国内に増加した事によって、社会の退廃化が進んで来た。
またそれと平行して人々の道徳意識の低下にも繋がり、そのレベルの低下した意識を基にしての「規制緩和」を行い、自由の履き違えをして、変えてはいけないもの、道徳や歴史・伝統・文化までも変えてしまおうとして来た。
戦後は戦前にあった「修身」の様な規範が失くなり、その基準の代わりにして手本にしたのが「アメリカ」である。日本人は戦後、マスコミを通して、あたかも民主主義の手本がアメリカ等と勘違いさせられて来た。
物が増えて懐も豊かになる事に比例して、考え方も贅沢になり、些細な事では満足出来なくなってしまっている。より強い刺激を求め、派手を好み、お金を使う事によってしか満たされなくなってしまっている。グルメ、ファッション、ショッピング、レジャー、風俗、博打、酒、……等と、自分の欲望を満たす為に手を出す。
その上、それらは一時的な満足を得るだけで、時間が経つとまた不足を感じる様になるのである。それ故、その繰り返しによって、際限なく手を出し続けるのである。
欲が膨らみ、簡単に満足出来ない。満足出来ないと、ストレスとなる。ストレスが欲望を刺激する。すると、欲望は更に膨張する。その様な悪循環の中で、歯止め無く欲望に手を出し続けていき、その間に身体も、頭も、心も、肥満となって蝕まれている。
昔に比べると、現在の日本は全ての面で膨らみ過ぎている。より高い便利さを追求し、安全や安心の保障も含めた生活レベルの向上を追求するあまり、国の予算は膨張し、借金も膨張している。経済、社会保障、医療、国防費……等と、それらは歯止め無く膨張を続けている。身体の肥満と同様に、それらの膨張は、自然環境破壊、人間の心の破壊に繋がっている。
戦前は今と比べれば、ずっとシンプルで質素、簡素な暮らしぶりであった。しかしそれでも、人々は総体的に、気持ちは満たされていた。ただ戦前は、国家存亡の危機のなかで近代化を進めざるを得なくなり、その分、江戸時代以前に比べると大分膨らんだ。特に、機械や防衛軍機等の為に必要な「石油」を大幅に必要とする様になり、その他にも鉄等の資源も大量に必要とする様になった。
本書は、明治維新前の、石油も資源も殆ど必要としていなかった江戸時代の、よりスリムでエコロジー、エコノミーな、江戸の一般庶民の生活の実態を紹介している。そして、物やお金を余り持たずに質素な生活をする中においても、当時の人々が皆、心が豊かであった事が理解出来る様になっている。
日本人の先人・先祖である江戸時代の人々は、知恵を絞って色々と工夫したと言う。「持たない」事を信条にしていた為、季節用品はレンタル品を利用した。全ての物を有効利用して、廃棄物が産生する事を防ぎ、無駄を省いた。また時間を有効利用し、読書や寄席、屋台、園芸、ペット、囲碁、将棋、長唄、三味線、裁縫……等と、生活に変化を与えながら楽しんだ。
江戸は「循環システム」が発達していたと言う。無駄を失くし、人間の排泄物も藁や灰等と混ぜて畑の肥料として用いていた。現在は、寄生虫の問題の為に廃止されている。その排泄物の利用によっての下水処理が成され、江戸の町が非常に清潔であったとの、当時江戸を訪問した外国人が記録を遺している。また有機栽培を行い、農薬や化学肥料は一切使っていなかった。現代の農薬や化学肥料による栽培は、自然のサイクルには適合せず、土が痩せたり、植物の病気への耐性が弱くなり、有用微生物がいなくなるという悪循環に陥っている。
また江戸の人々は、スローライフであった。江戸前の魚、米、野菜、果物等と、地産地消をして、生産者と消費者が共存して暮らしていたと言う。また、江戸の町は自然と隣接しており、空気は清浄で、上水道は武蔵野から引いていたと言う。江戸は埋立地が多く、地下からは塩分の濃い水しか出なかったと言う。そして近くの自然に出かけ、花見、山菜摘み、潮干狩り、魚釣り等をし、四季折々の風流を楽しんで、余暇を過ごしたと言う。
江戸の人々は、その日暮らしの人達が多かった。江戸は生業としての職業の種類が多く、移住者が就職に困る事が無かったと言う。それでも、職人や行商人等のその日暮らしの生活をする人たちは、裏店である長屋を抜け出し、表店である見世(店)を持つ事を夢見ていたと言う。
長屋には、行商人や職人、医者等、多様な人達が住んでいたと言う。また行商人には多くの種類があり、大きく分けても、食材関係、生活用品関係、嗜好品関係、修理関係、リサイクル関係、その他色々と存在したと言う。
一汁一菜の食事、派手ではない「粋」なファッション、等と、物を持たない中で質素・簡素・シンプルな生活において、江戸の人々は、皆、心が豊かであったのである。現在よりも生活レベルが低いにも関わらず、当時の江戸の人々は大方、満たされていた。勿論、当時、都会の江戸と地方との違い・格差が有った事は言えるとは思う。そして、却って本当の意味において、人々の心等を鑑みた場合、近代化された現在、アメリカナイズされた現代の方が、江戸時代よりも値打ちやレベルが低いのではないかと思うのである。スリムであった江戸時代の方が、現代の肥満体質よりも健全であった様に、私は思うのである。
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・2012/11/26付:「占領下、米国の押しつけの『近代化』・・・農薬、化学、ガン治療・・・『悪魔の新・農薬『ネオニコチノイド』―ミツバチが消えた『沈黙の夏』』を読んで」
・2012/11/27付:「一握りの支配層による「益」と「害」の決めつけの結果の環境破壊・・・「沈黙の春」を読んで」
・2016/04/17付:「低く暮らし、高く思う」
・2016/05/08付:「戦後米国的民主主義、経済至上主義により失われた日本の美と、阿波・祖谷・・・『美しき日本の残像』を読む」
・2016/12/12付:「カジノ法案、経済(お金)至上主義は精神を退廃・堕落させる・・・日本独自の歴史・伝統・文化・自然景観を売りとする観光が国の品位・誇り・自尊心を保つ」
・2017/03/29付:「カジノは離俗した日本文化・芸術を破壊する・・・私は塵界の俗事の未体験を恥ずかしいとは全く思わない」
「世界を驚かせた 頭のいい江戸のエコ生活」(著者:菅野俊輔氏、出版社:青春出版社、出版日:2010/12/15)
現代の日本の世の中は、肥満体質である。
暖衣飽食、大抵の人達が、欲望の赴くままに行動し、思うものを手に入れている。物が満ち溢れ、余暇を満たすべく様々なものが存在している。
格差は広がっているものの、飢餓に陥る事は希であり、大方、必要最小限の生活は出来ている。少なくとも、現在の中東のパレスチナ人のホームレスやシリア人の難民等と比べると、日本人は総体的には良い生活が出来ている。
職業の選択肢も豊富であり、失業率も比較的低くなっている。職種に拘らなければ、何とか生活していける様にはなっている。
戦後、敗戦してアメリカが占領している間に、日本はアメリカナイズされてしまった。戦争末期こそ敗戦濃厚な為に国内統制が厳しかったが、元々、戦前から「日本的民主主義」が存在していた。それが戦後、懐柔される様にしてその実、強制的に「アメリカ的民主主義」に変えられてしまった。
そのアメリカ的民主主義によって、健康的ではない様々なものがもたらされた。生活習慣、娯楽、メディア、風俗、ドラッグ、農薬、化学肥料、合成添加物、癌の三大療法、ワクチン……等と、戦前には無かったものが日本国内に増加した事によって、社会の退廃化が進んで来た。
またそれと平行して人々の道徳意識の低下にも繋がり、そのレベルの低下した意識を基にしての「規制緩和」を行い、自由の履き違えをして、変えてはいけないもの、道徳や歴史・伝統・文化までも変えてしまおうとして来た。
戦後は戦前にあった「修身」の様な規範が失くなり、その基準の代わりにして手本にしたのが「アメリカ」である。日本人は戦後、マスコミを通して、あたかも民主主義の手本がアメリカ等と勘違いさせられて来た。
物が増えて懐も豊かになる事に比例して、考え方も贅沢になり、些細な事では満足出来なくなってしまっている。より強い刺激を求め、派手を好み、お金を使う事によってしか満たされなくなってしまっている。グルメ、ファッション、ショッピング、レジャー、風俗、博打、酒、……等と、自分の欲望を満たす為に手を出す。
その上、それらは一時的な満足を得るだけで、時間が経つとまた不足を感じる様になるのである。それ故、その繰り返しによって、際限なく手を出し続けるのである。
欲が膨らみ、簡単に満足出来ない。満足出来ないと、ストレスとなる。ストレスが欲望を刺激する。すると、欲望は更に膨張する。その様な悪循環の中で、歯止め無く欲望に手を出し続けていき、その間に身体も、頭も、心も、肥満となって蝕まれている。
昔に比べると、現在の日本は全ての面で膨らみ過ぎている。より高い便利さを追求し、安全や安心の保障も含めた生活レベルの向上を追求するあまり、国の予算は膨張し、借金も膨張している。経済、社会保障、医療、国防費……等と、それらは歯止め無く膨張を続けている。身体の肥満と同様に、それらの膨張は、自然環境破壊、人間の心の破壊に繋がっている。
戦前は今と比べれば、ずっとシンプルで質素、簡素な暮らしぶりであった。しかしそれでも、人々は総体的に、気持ちは満たされていた。ただ戦前は、国家存亡の危機のなかで近代化を進めざるを得なくなり、その分、江戸時代以前に比べると大分膨らんだ。特に、機械や防衛軍機等の為に必要な「石油」を大幅に必要とする様になり、その他にも鉄等の資源も大量に必要とする様になった。
本書は、明治維新前の、石油も資源も殆ど必要としていなかった江戸時代の、よりスリムでエコロジー、エコノミーな、江戸の一般庶民の生活の実態を紹介している。そして、物やお金を余り持たずに質素な生活をする中においても、当時の人々が皆、心が豊かであった事が理解出来る様になっている。
日本人の先人・先祖である江戸時代の人々は、知恵を絞って色々と工夫したと言う。「持たない」事を信条にしていた為、季節用品はレンタル品を利用した。全ての物を有効利用して、廃棄物が産生する事を防ぎ、無駄を省いた。また時間を有効利用し、読書や寄席、屋台、園芸、ペット、囲碁、将棋、長唄、三味線、裁縫……等と、生活に変化を与えながら楽しんだ。
江戸は「循環システム」が発達していたと言う。無駄を失くし、人間の排泄物も藁や灰等と混ぜて畑の肥料として用いていた。現在は、寄生虫の問題の為に廃止されている。その排泄物の利用によっての下水処理が成され、江戸の町が非常に清潔であったとの、当時江戸を訪問した外国人が記録を遺している。また有機栽培を行い、農薬や化学肥料は一切使っていなかった。現代の農薬や化学肥料による栽培は、自然のサイクルには適合せず、土が痩せたり、植物の病気への耐性が弱くなり、有用微生物がいなくなるという悪循環に陥っている。
また江戸の人々は、スローライフであった。江戸前の魚、米、野菜、果物等と、地産地消をして、生産者と消費者が共存して暮らしていたと言う。また、江戸の町は自然と隣接しており、空気は清浄で、上水道は武蔵野から引いていたと言う。江戸は埋立地が多く、地下からは塩分の濃い水しか出なかったと言う。そして近くの自然に出かけ、花見、山菜摘み、潮干狩り、魚釣り等をし、四季折々の風流を楽しんで、余暇を過ごしたと言う。
江戸の人々は、その日暮らしの人達が多かった。江戸は生業としての職業の種類が多く、移住者が就職に困る事が無かったと言う。それでも、職人や行商人等のその日暮らしの生活をする人たちは、裏店である長屋を抜け出し、表店である見世(店)を持つ事を夢見ていたと言う。
長屋には、行商人や職人、医者等、多様な人達が住んでいたと言う。また行商人には多くの種類があり、大きく分けても、食材関係、生活用品関係、嗜好品関係、修理関係、リサイクル関係、その他色々と存在したと言う。
一汁一菜の食事、派手ではない「粋」なファッション、等と、物を持たない中で質素・簡素・シンプルな生活において、江戸の人々は、皆、心が豊かであったのである。現在よりも生活レベルが低いにも関わらず、当時の江戸の人々は大方、満たされていた。勿論、当時、都会の江戸と地方との違い・格差が有った事は言えるとは思う。そして、却って本当の意味において、人々の心等を鑑みた場合、近代化された現在、アメリカナイズされた現代の方が、江戸時代よりも値打ちやレベルが低いのではないかと思うのである。スリムであった江戸時代の方が、現代の肥満体質よりも健全であった様に、私は思うのである。
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・2017/03/29付:「カジノは離俗した日本文化・芸術を破壊する・・・私は塵界の俗事の未体験を恥ずかしいとは全く思わない」
「世界を驚かせた 頭のいい江戸のエコ生活」 (著者:菅野俊輔氏、出版社:青春出版社、出版日:2010/12/15) |
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