私のところのブログは本人の興味関心がいわゆる地政学的イベントに多く集まるため、自然必然軍事っぽいところを司るネオコンが問題になるわけだけど、しかし、同時に問題にすべきなのはネオリベだろうとも思ってる。
このネオリベと、ここのブログで最近書いている「ナチ・リベラル」は同じでしょう、だいたい。
すなわち、ネオコンとネオリベは表裏だって話になるんだろうと思う。
ではネオリベというのは何だったのかというと、新自由主義という訳語が使われているけど、主に経済自由主義といったところで、わけても国家管理を異常に嫌って、民間に任せるとすべてがうまくいくはずだというある種の信仰を持っている。
この信仰は以前からあるが、爆発的に拡張したのは、言うまでもなくソ連の崩壊の後。
ソ連が崩壊したことをもって、社会主義は終わりなのだ、誤りだったのだ、総括すべきである、となって、その流れで、民営化することこそ正義だ、みたいになっていった。(実際にはソ連解体に至る道筋において、国際社会はそんな要素では争っていなかったいのだが)
で、これを数多くの人たちが、そうだそうだ、といって応援してきた。
そうであるならば、現在のように社会保障制度が壊され、弱肉強食型の社会になったとして、何が不満だというのだろう? 論理的にはそう言える。
■ リベラルというthe West追随主義者
では例えば誰がこんな話をリードしていたのか。
そうすると多くの人は、小泉以降壊れたのだという話になるのだが、いやしかし、小泉に至る道は既にとっくに用意されていたというべきでしょう。
清和会系の自民党が今日ハイライトされ、それはそれで適切ではあるんだが、当時議論をリードしていたのはそこではなかった。清和会系はむしろ崩れたところを狙って入ってくるハイエナみたいなもの。もともと議論の得意な人は誰もいない。
では議論をもたらしていたのは誰なのか。それは、普通の国になりたい小沢さんとか、リベラルに進むとなんかいいことがあったと思ってたらしい加藤紘一とかじゃなかろうか。
このいずれもが、私にいわせりゃ、結局のところ究極の the West追随主義だったんだと思う。the Westのやってる通りにやってりゃ必ずや良い未来に行き合えるという信仰を抱いていた。小沢は今も生きてるのでどう考えているのか聞いてみたいところだ。
2016年に加藤紘一氏が亡くなった時、宮台&神保のビデオニュースが追悼の意味でアップしてくれた動画が、その感じをよく伝えているかも。いつの収録なのか見当たらないんだけど、イラク人質事件の話から入っているので2004年とか5年とかあたりだろうと推測します。
加藤紘一氏:日本の針路が大きく間違っているようなこの感覚は何なのだろう
いろいろあるんだけど、例えばこのへんが氏の世界観のまとめのような気がする。
57分あたり
今回のイラク戦争、イギリスは労働政権ですから反対しそうなんですけどブレアは賛成しましたね。やっぱりあれ本家、分家の関係なんですよ。
フランスがどうどうと反対しているのは、文明的な、independentな意識がある
日本がどうしても追随しちゃうのはどういうところにあるかというと、アメリカに対抗する価値観っていうか、アイディティというと大げさだけど、拘りね、拘りを持ちながらそれを言葉で表したり、お互いこういうことなんだよねと確認しあうプロセスが戦後60年、ある意味じゃ明治維新以降できなかったことに最終的に原因があるんじゃないかと。
ここちゃんとやっておかないと今度中国との関係で起きてきますよ。
という感じで、どうしてイラク人がその犠牲にならなければいけないのかといった発想もなければ、the Westが持つ中東、あるいは地中海東岸に対する歴史的な貪欲さ、したがってこの戦争時代、戦争モードは長く続くことになるのではないかといった感触も、示唆もゼロ。
ここらへんは、同じくリベラルキャンプに入れらていた人といっても、欧州についての知識が豊富で、かつ、戦争を起こす人たちが遠くから火を付けているといった感触を検知する敏感さを身体に秘めていた加藤周一あたりとはモノが違うなとしみじみ思う。
また、加藤周一と方向性は逆の人だっただろうが、個人情報保護法が作られる時にはっきりと戦争時代への臭いをかぎ取って反対にまわっていた城山三郎などともモノが違うとも思う。
さてしかし、上の会談はさらに悍ましい発言を引き出す。宮台の発言。
ブレアは、本家、分家の関係、アメリカとイギリスの特殊な関係を基に、アメリカをコントロールできると思っていたけど失敗したんだ、だそうだ。
ブレアは、アメリカが暴走した時に、むしろアメリカに寄り添うことで止められると考えていたそうです。
ブレアのやり方をけちょんけちょんにこき下ろしている多数のイギリス人に聞かせてやりたい(笑)。
イギリス人は自分たちのエリート層が中東にどん欲にかかわって来た歴史を知ってますよ。あはははは。
■ 反大日本帝国派を潰した「リベラル」
加藤紘一のことをgoogleしていたら、加藤の遺著ともいうべき「テロルの真犯人 日本を変えようとするものもの正体」の中身の話を書かれている方が結構いらした。この本自体は、最近も、最初に日本会議の危険性を吐露していた本として話題になっていた。
テロルの真犯人 日本を変えようとするものの正体 (講談社+α文庫) | |
加藤 紘一 | |
講談社 |
そこは実際大変に重要だと思う。
さはさりながら、この発言を読むと、加藤は、では一体何をどうしたかったのだろうかと不思議になる。
いま、「左翼」は社会主義思想の総括を求められている。この総括を曖昧なままに逃げてしまっては右翼の攻撃に耐えられないだろう。日本社会、少なくとも政治の場を論争社会にするために、「戦争」総括と「社会主義」総括のふたつが不可欠なのだ
と書いているそうだ。『テロルの真犯人』 120ページだそうです。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-216.html
さんからお借りしました。
これに限らず、90年代には実際、ソ連が終わった、社会主義は終わった、間違っていた、もう社会主義の時代ではない云々という話が次から次から出ていたので、加藤氏がそう考えてたとしても別にとりわけ珍しいわけではないが、この本が出たのは2006年。そこでも「戦争と社会主義」を共に総括すべき何かと考えていたらしい。
だがしかし、主張者が誰であれ、これは、現実に当てはめると、日本にとっては危険な道だった。
なぜなら、左翼陣営というのは、1945年に終わった戦争をよろしく思わない人々を多数含んでいたからだ。
そこを潰すということは、1945年に終わった戦争をよろしく思わない人々でない人々にある種の大義を渡してしまうことになる。控えめにいっても、ビンの蓋が取れる。
具体的にいえば、そうれみろ、ソ連は悪かったのだの意味を拡大解釈する道がここに生まれる。もちろんそこに中国が含まれていくことは間違いない。
もちろんこれは1945年に終わった戦争の終結手続きとは関係がない。
また、加藤は戦争と社会主義の総括を同列に並べているわけだけど、日本は敗戦以来一度も本格的な社会主義政権を存在させたことはなく、イギリス並の労働党首班の政権さえ存在させたことはない。
つまり、社会主義こそ正義と叫んでいた人たちは多数いたかもしれないが、それらの人々が現実の権力を担ったことはない。
そこで求められる総括というのは、つまり、思想的に総括せよといっているに等しい。一体何を望んでいるのだろう?
そして、では、その間政権を担ってきた、現実に権力を持っていた人たちに求められる総括はないのだろうか?
90年においても、95年においても、85年においても、2005年においても、去年も今年も東京上空の制空権が取られっぱなしであることにはいささかの変化もない。
90年代に生息して大出を振っていた「普通の国」論者たちは、一体何を求めていたのだろう?
■ 単なる親英派
一つの見取りとして、宏池会をはじめとした日本のリベラル層なるものは単なる夢想的親英派、あるいはもう少し広くとって夢のヨーロッパ派なんじゃないかなどと私は考えている。
夢想的というのは、現実の欧米の姿と関係ないから。
朝日新聞とかNHKあたりが、BBCを神聖視していくことで醸成されるというメカニズムかな、とも思う。
この動画の中で、田中秀征が話していることを聞いてつくづくと、ほとんど絶望に近い気持ちになった。
【佐高信×早野透と秀征さんのジジ放談】20181218
田中秀征は、自民党の中から自民党を壊そうとした一派の中で理論的だの知性的だのと言われている人で、この動画からすると佐高信は大層買っていたらしい。
田中秀征は、チャーチルが好きだと言ってはばからない。そして、なぜ自分が左翼にならなかったかというと、左翼は開襟シャツなんか着る、それが嫌でねぇとか言ってる。
本当は金があるのに開襟シャツ着て労働者の味方面するのがイヤだ、と。それなら葉巻加えて金持ちは金持ちらしくいる方がいいんだそうだ。
昭和天皇も同様に、貧乏な時に背広を仕立て直して着ているような人ですからね、と好意的。
それってさぁ・・・と、なんというか、なんといっていいかわからないほど「皮相」で、つくづくと呆れる。今、じじいになって堂々と語ってるという点では既に「悲壮」だ。
チャーチルや昭和天皇が与している側は、そんじょそこらの金持ちとは訳が違うという点をまったく理解できない、相当程度にオツムが弱い男じゃねーかとも言いたい。
要するに国際政治の枠組みがどれほど巨大な利権を追っているのか(IMFにしても世銀にしてもNATOにしても)を全然気にしてないらしいのだ。
また、私は別に開襟シャツのファンでもないが、この人が若い時というのなら1950年とかいう時代なんだと思うが、そういう時代にあっては、たとえ本当は結構金回りが良い奴だろうが、大家の嫡男だろうが、開襟シャツ着て労働集会に出ていく人の方が人間としては根性があるだろうと思う。
ちなみに、こういう人を日本の政治業界では、自民党だがリベラルな男みたいに扱うわけだが、国際政治の常識として、チャーチルを好む人をliberalとは通常みなさない。
■ その2
続いて藤井裕久編。
山崎拓氏、亀井静香氏、藤井裕久氏、武村正義氏 安保法制に関する緊急会見 2015.6.12
自民党の議員を長く務めた元大蔵官僚。民主党時代には、最高顧問などを歴任した。こういう人もまた、民主党に入っているというだけで、多分、リベラル分類されることもあるんだろうと思う。
安保法制に反対する中で亀井ちゃんたちと出てきた時の動画。この人の過去の歴史に対する認識が手短に語られている。11分あたりから。
- 集団的自衛権は対等の軍事同盟の話だ
- 日本は2回対等の軍事同盟を結んでいる。1回目は日英同盟、2回目は日独伊三国同盟。
- 戦後はない。戦後、岸さんのやった安保はそういうものではない。戦後にやってるのはNATO。
- 対等の軍事同盟の特長は仮想敵国を必ず作ること。安倍はこの集団的自衛権に仮想的国はないと言っているが、それは嘘。
- 例えば、日本でいえば、日英同盟は旧ロシアを仮想的とした。
- 日独伊三国同盟は、本当は日独伊防共協定から始まってる話しで、当時のソ連を仮想敵国にするはずだった。
- ところが駐独大使の大島と駐イタリア大使の白鳥がヒトラーに言われて、そうじゃねんだと、民主主義国家もみんな敵にしちまえと言って大喧嘩やって、その時に外務大臣やった有田八郎は巻き込まれて辞めてるわけです。
- 要するに、仮想的国は本当はソ連だったんですが、現実には民主主義国家がみんな敵になった。それがアメリカとの戦争になったということですね。
1936年の防共協定から日独伊三国同盟となり、民主主義国家こぞってソ連を攻撃するべきだったというのがこの方の歴史理解であり、かつ、おっしゃりようからはそれこそあるべきだったという感じなんでしょうね。
日本では、ホントはソ連をやるつもりだったということを大っぴらに言う人はあまりいない中、天晴ですね(笑)。
現状この知見は、1930年代ソ連は東西からの侵略構想があり、それが故に考えに考えて慎重に対応していた、周辺諸国でナチスと手を結んでなかった国はチェコスロバキアぐらいだろう、そしてチェコスロバキアはドイツとポーランドに食われた、という説明が主流になる中、適切な言明と言えますね。日本であんまり言う人いないんですが(笑)。
東西挟み撃ち体制が見たくなかったらしい
そしてこの協定にフォーカスがいくと、この協定にイギリスとポーランドを加えたがっていたという話が出てくるわけで、それはつまり、1939年にぐじゃぐじゃになるドイツ・ポーランド間の関係構築にも関係してくる。
おそらく、日本は今まで知られている以上にイギリス(あるいは英米に跨って画策していたグループ)との関係が濃厚だったのであろうと推測される。
それはつまり、世界中のみんなが知りたがっている、ナチスを作ったのは西側という議論の進展に大きな貢献をすることになるでしょう。
藤井さん、みんなのために大蔵省あたりで言われていたこと全部ゲロって欲しいですね!
だがしかし、藤井さんの人生の大半を占めた冷戦期と異なり、民主主義国が同盟組んでソ連を侵略するのは正しかったという話にはならないだろうと私は推測します。
他にもいろいろ理由はあるけど、こういう犠牲を払った人たちがいることを世界中の多くの人が知っているというのもその大きな理由の1つですね。
大戦の死者数。赤は軍人、オレンジが民間人。
■ まとめ
ということで、特に統一感なく、いわゆるリベラル、少なくとも清和会系じゃない自民党の人たちを見ていて私が思うのは、新自由主義、NATOへの憧憬、軍事力もってなんかしたい(普通の国になりたい、とはそういうことでしょ?)というのは、なにも安倍が持ち込んだ説ではないということ。
また小泉でさえない。もっと前から、ほとんどの国民がわかってんだかわかてないんだか知らないで、あっちパーこっちパーで賛成したり反対したりしている間に、日本会議への道は築かれた、みたいな感じだと思う。
ネオリベを超えるのはなかなか大変。
■ オマケ:加藤-石原
加藤紘一は、よく知られていることだと思うが、お父さんと石原莞爾が従兄同士。
そして加藤は一般にチャイナスクール。
で、そこはかとなく、石原莞爾による「世界最終戦論」的世界観を持ってた人だったりするのかもなとも思う。つまりチャイナは彼らがいう「東亜」として日本と命運を共にするという考えがどこかにある。
まったく勝手な話なんだが、意外にこの発案を心に持ってる日本人は多いように思う。
ちなみに石原莞爾のこの勝手な妄想の影響は1945年に終わる戦争にとってかなり大きかったと思う。ソビエトは強そうに見えるがスターリン亡き後は崩壊する、という前提でものを考えているところなど現実に起こった戦争の帰趨にとって、重大な誤りでしょう。
また、発想法が、後のネオコン式、あるいは日本のネトウヨ式発想法とまったく同じで、実に困った禍根も残してる。
それは別にソ連が強いか否かという問題ではなくて、言語を同じくし同じ歴史を共有しているという意識のある集団というのは、戦争があろうがそこで雲散霧消することはまずない。復興する、再生する可能性はかなり高い。石原にもネトウヨにも、こいうリアルな観察、思考が欠けている。
これは、ソ連崩壊、中国崩壊、韓国崩壊とかいう発想法と同根だと思う。何かのイベントがあると、潮目が変わった~みたいにして、何かとてつもなく大きな変化が訪れるような気になる、というのは、一つの思想だと思う。ハルマゲドン待望というか終末論的というか、私はこれらすべてをシオニストっぽいと考えるけど、他にも何か理由があるのかもしれない。
こういう発想法で書いたものを信じたりするのは、ガイドラインとしてはまぁいいかという場合もあるかもしれないけど、たいていの場合不幸になる方が多いんでないの?
■ オマケ2
加藤紘一というと加藤の乱を思い浮かべ、あれがあれば小泉は出てこないのに、といった線で考えてらっしゃる方が世の中結構多いと思うわけですが、私はそれはそれでもっと酷いことになっていたのかもな、という考えも成り立つと思ってます。
加藤紘一はつまりその場合オバマになるわけです。きれいごとをいいながら、苦渋の選択で米国と共に民主主義の大義を守るためには我々も努力しなければならない、みたいなことを言い出し、菅直人が賛成し、ブレアが日本の決断を称賛するとかなったら、安倍や小泉が言うより批判は少なかったでしょ?
加藤紘一は、私の携帯には菅直人の電話番号が入っていると自慢気に言っていた人だということを思い出すべきでしょう。菅直人は英米リベラル派のスリーパーみたいな男。
そうであるのなら、野中が何を警戒していたかというと、この左(リベラル)から抱き込んだ日本の再編なのではないかと愚考する。
最近、この国のこれからの平和を考えるうえで、僕が一番恐れているのは米軍再編です。米軍は米本土にあった米陸軍第1軍団司令部を座間(神奈川県)に移転させ、そこへ陸上自衛隊の司令部を集結させました。かつて日本は傀儡(かいらい)国家である「満州国」をつくり、そこに関東軍司令部を置いて、中国大陸を植民地化していく橋頭塗(きょうとうほ)をつくりました。あのときの日本の植民地政策と同じ考え方ではないでしょうか。当時と違うのは日本政府が、この米軍再編に3兆円ものお金を出そうとしていることです。
慧眼:野中広務さんの2009年の認識
■ 関連記事
ポスト安倍が見えない日本 (8):対処療法は安倍の専売ではない
政治家だとレーガン、サッチャー、中曽根
そういう、何がしかのスタイルというかダンディズム的なモノに田中のような人々がこだわるのは
天下国家を動かす事業に携わる者には重要な感性だ、みたいな発想なんでしょうかね。
ちょっと前に白洲二郎がやたらマスコミで取り上げられた現象にも通じてる感じがします(さらに遡れば三島由紀夫礼賛とかにも)。
でまあ、そのチャーチル含め米英がWW2において「あわよくばナチがソ連を潰してくれる可能性」も天秤にかけながら戦争していたこと、
独ソ戦を通じてドイツが得たソ連領内深くの様々な情報を、戦後連合国側がナチの残存勢力と取引のうえ取得していたこと、
といった話自体は割と昔から聞きかじってはいました。
しかし遅まきながら最近、チェコ人への弾圧が激化することすら折り込み済みだったハイドリヒ暗殺計画「エンスラポイド作戦」や
戦後すぐ企図されたソ連・東欧はもちろん世界への公然たる裏切りとしか言いようのない「アンシンカブル作戦」の概要を知り、
西側世界のどうしようもなく自己中心的で酷薄な政治観を、あらためて眼前に突きつけられたようでゾッとさせられました。
Tシャツにジーパンはいて葉巻吸って、清濁あわせ飲むリアリストとやらが、日本のリベラル政界人には「理想形」なのか?
まったく薄い。ぺらっぺらに薄すぎる。
チャーチルの項に「アンシンカブル作戦」を書いてくださってありがとうございます。
こんな腐った作戦をやろうとしただけで十分に人間の屑扱いすべきでしょう。
しかしながら、この作戦の発案こそ要するに後の、じゃあだったら冷戦だ(ソ連だけ悪者にすればいい)に繋がるわけで、本邦のヒロヒト問題は実に深刻だと思ってます。