ブチャの虐殺事件といわれるものは、要するに、2014年のマレーシア機墜落事件と同じだと思う。
2014年は、チンピラを使ってクーデターをやったものの、ドンバス地域が反抗して全然収まってくれないので、殺しに行くことにしたがそれも上手くいかない。いかないどころかクーデター側が大挙して捕まってたんじゃないかと言われる状態になった。そこで、飛行機が落ちた。
そこからオバマが、まだ誰も場所の特定の騒ぎも起きてないところで、親ロ派の犯行だと断言して、いうところの巨大な制裁がロシアに課された。
今回も、実際問題ウクライナの軍と言われるものは、包囲された中で潰されるか投降するかしかない状態で、その中でオペレーショナル・レベルでの抵抗を繰り返して軍事的にいえば無駄な行動をして死傷者を出しているのにすぎない。
(ロシア軍が包囲した相手側に対して火力を使って全滅させる作戦を取らないからここまで来てる、という言い方もできる。最後までやらないか否かは相手の出方次第)
ということは、ここまで、ウクライナ軍とロシア軍が互角に戦っているみたいな仮想戦記を書いてきた人たちは行き詰まっている。そこで、今度は、ロシア軍の残虐さをテーマに設定して、話を作って、西側主流メディアが騒いで、国連まで持って言って、数にものを言わせてロシアを人権委員会から追い出して快哉をあげ、これを続けることで、ロシアを孤立化させよう、というプランではなかろうか。
■ 際立つナチ組
で、国連総会での投票の様子がこれ。青が、ロシアを追い出せに賛成の国。
賛成国(青)、反対国(赤)、棄権国(薄い黄色)、議場を欠席した国(灰色)https://t.co/xPUiY56dHn
— Tweezer (@eihc2448) April 7, 2022
"国連総会(193カ国)は7日に開いた緊急特別会合で、国連人権理事会におけるロシアのメンバー資格を停止する決議案を採決した。賛成したのは93カ国。24カ国が反対し、58カ国が棄権した。" https://t.co/3VPSSxek7M pic.twitter.com/ArqGtZHFlM
何度やっても、ナチを英雄とするいわゆる西側とそれ以外が別れる仕様になってきた。
これが、現状、ナチズムの英雄化と戦いましょうという議案に対して、賛成の国(緑)と、反対の国(赤)、棄権の国(黄)の図。
一極が終わった姿 (2) ナチ(NATO)vs その他
■ NATO関与
で、現在のメインストリームでは、ウクライナ vs ロシアというフレームで話を作ってるけど、そうはいっても、NATOが深く関与していることはもはや秘密でもなんでもない。
NATOがウクライナ軍をトレーニングしていたことはNATO側も認めているし、そもそも、猛烈な金を出して武器を供給し、今も供給し続けている。
そして、ウクライナという現場では、NATO諸国の将校だか軍事アドバイザーだかが、多数存在確認されている。部分的には、死体となって確認されているわけだが。
そんな中、際立っておかなしな話として噂が噂を呼び続けているのが、マリウポリ。現在、ここは港側のごく一角にアゾフとその仲間たちが陣取って投降しないという状況が続いている。そこで、3月末から奇妙なことが起こった。ウクライナ軍のヘリが近づいて来る。当然、ドンバス+ロシア側から撃たれる。撃たれるがまた来る。そこまで危険を冒してまで回収したい重要人物、または、重要なモノがそこにあるのか、という話になった。
他方で、この間、フランスのマクロン大統領が一再ならずプーチンに連絡して、人道回廊を作る、とか言い出す。なぜ?となるのは当然で、つまりそれはフランス軍の関係者、それも、義勇兵とカモフラージュできない人(正規の命令を受けた人)が取り残されているのか、という噂となった。トルコ海軍が船を出す、とかいう話もあった。
だがしかし、そうなるとますます疑問になるのは、人なら、ヘリに載せて出るよりも、ロシア当局との協議の上、陸側から出る方が安全だし可能だろう、ということ(トルコ海軍が絡むことが可能になるには、いずれにしてもロシア当局のOKが得られなければならない)。だがヘリに拘る。これは、ひょっとして何かモノを運びたがっていた、or いる、ということなのか、というところでまだ疑問は解けていない。
■ ギリシャでアゾフを誇る
他方、ゼレンスキーによる演説の旅は続いており、一昨日はギリシャで行われた。ギリシャは、マリウポリにギリシャ人コミュニティーがあるので、ヨーロッパの中でも最もこの間の事情に通じている人たちが多い国と言っていいんじゃないかと思う。だがそれは一般人のこと。
支配層はがっちりEU/USAに支配されているので、メインストリームは、ギリシャ一般人が見聞きして話していることとまったく異なる現実を報じ続けているらしい。ヨーロッパはまぁみんなそうだと言って過言じゃないけど。
そして、ゼレンスキーは国会議員を集めたスピーチの中でアゾフ所属の男を出し、それがギリシャの一般人たちを激怒させている模様。
Zelensky addressed the Greek parliament. And not alone.
— Angelo Giuliano 🇮🇹 🇨🇭/ living in 🇨🇳 (@Angelo4justice3) April 7, 2022
He was accompanied by two Nazis of the Azov battalion.
Many members of the Greek Parliament decided to ignore the speech.
Sputnik pic.twitter.com/0XmiWQXtsr
ギリシャは、ファシストと戦った国なので、そこにナチ賛美の集団を連れてきて、お前と俺らは仲間だと言われていることそのものを一般人は屈辱としているんだろうと思う。というか、実際ネット上ではギリシャ人はそう言ってる。
だけど、多くの西側の人間はそういう歴史を全然習ってないし、そもそも、ソ連憎しを教え込みすぎて、ナチだってそんなに悪くないだろうとしてしまっている土壌なので、ナチ/ファシスト支配下にあった人たちの気持ちなどというものは共有されないんでしょうね。
そしてもちろん、ナチversion 2の世界が、そんな個々の人間の歴史やら尊厳なんてものに関心を払うわけもないので、このような興行が滞りなく行われている、と。
ますます、まったくこれだったなと思わずにはいられない。
ベルリンの壁の崩壊:ナチ・リベ勃興の日
田岡俊次の「古い」解説&リベラル勢の危機
■ 相手が見えないナチリベ
で、これらの西側なるナチversion 2の懸命の行為は、ロシアに何をもたらすのか。
それは、ナチとの戦いは正しいという確信以外の何物でもないのでは?
この間、レバダという反クレムリンで名高い西側が好む調査機関から、ロシア人の今般の「特殊作戦」に対する反応が高く、プーチン支持が8割を超えているという結果が出たことを書いたけど、多分、それどこではないだろうと思う。ほとんどすべてのロシア人が、がんばろう、になってると思われる。
なぜか。まず第一に、ドンバスで人質になっていた人たちの窮状を救うべきという事態が非常に強い団結を呼ぶ。これは、普通の国権派とかナショナリストだけでなく、むしろ、それ以上に、普通の意味でのリベラルな人たちを動かすものだと思う。ということは、(開けてみた惨状によってますます)常に反プーチン、反クレムリンのリベラルな人たちもまた、同様に、どうあれウクライナのナチ化は終わらせなければならない、と思ってると思う(事実、そうだという説が出てきた)。つまり、ロシアにおいては、西側に与したい特殊な人々を除けば、今般の事態にアンチになる要素がない。
第二に、西側、特にヨーロッパ諸国がこれでもかと反クレムリンではなく、反ロシア、反ロシア人に走ってしまったため、ロシアの中で、イギリス、ドイツ、フランスといった国々との良い関係を念頭に考えていた、行動していた人たちは失望せざるを得なくなった。これもまた、リベラルか国権派かなどという区別を無効化する。我々は皆等しく西側諸国の敵であり、破壊される側なのだと考えるしかなくなるでしょう。
ということなので、ロシアは、全土が、今は戦いの時、でしょう。
まさしく、 Our cause is just, the enemy will be defeated, victory will be ours (我々の理由は正しい、敵は滅ぼされる、勝利は我々のものだ)のモメントだと思う。冗談じゃなくて。
Наше дело правое, враг будет разбит, победа будет за нами!
だそうです。
そして、ここが西側のナチリベが馬鹿なところだと私が思うのは、こうやって反ロシアを煽れば煽るほど、ウクライナという場の中の多数の人が、自分もまた差別されている、敵視されている、殺される側なのだと思っていくだろう、ということが読めない。
なぜなら、西側でストーリーを書いている人たちは、「ウクライナとロシアは別の国で、ウクライナ人はロシア人を嫌っている」という自分で書いたプロパガンダを自分で信じているから。
このお馬鹿な行動によって、ロシア軍によって解放されロシアからの支援を得て安堵した人々は、ゼレンスキーを「我々の大統領」とみなす人々ではなく、I'm Russianになっていくのじゃなかろうか。
生き死にがかかった時、嘘も体裁も建前も役に立たない。
知識人として恥ずかしい基礎的な言い間違いやら事実誤認が連続。しかも何を言いたいのかが不明なんですが、
今回のウクライナで抜けているのが全員が丸々忘れているらしい2014年7月17日のマレーシア機撃墜事件で、この時ウクライナ空軍戦闘機が追尾していたとの目撃情報があり、ウクライナ側に運行記録とか管制との通話記録の提示を求めたが有耶無耶に。まさかウクライナ戦闘機が撃墜したとは思わなかったが、今回のブチャ事件で考えが甘かったことに気が付いた。政府に一番近い政治記者山田孝雄は1983年の大韓機撃墜事件と関連して論じていたのですから真相に気が付いているのですよ。
これを指摘したコメントを元テレビマンの岩下俊三ブログと、現役医師で元自衛隊幹部医官rakitarouの気ままな日常に送ったのですが、何故か返答のコメントに躊躇しているらしいのです。
事実なら、確かにこれは何とも怖い話で話題にするのが躊躇われる
思えば、元祖ナチのウクライナ侵攻においても、スラブ人を徹頭徹尾蔑視し生殺与奪の権を完全掌握したと勘違いしまくった占領政策が、バンデラ主義にまるごと同調するのではないウクライナ大衆の離反・反抗を招いたわけで。
本来的な人間性だとか、千年単位の民族史的記憶というものを軽んずる姿勢は、元祖ナチにおいては社会ダーウィニズム、ナチVer.2においては新自由主義という、双方エセ科学の名のもとで正当化されていた(い
)るような気がします。
実家に帰っているのですが、壁に古い世界地図が貼られています。ソ連邦、凄いですね。こうだったのですね。いつのだろうと見ると小学館1975年と右下の隅に書かれていました。
そして日本は今も昔もナチス側。ヒットラー、ムッソリーニを礼賛し、ゼレンスキーを持ち上げる。今回の経緯を政治家や官僚がしらないはずがないのに、平気で嘘をついている。気持ち悪くて仕方ない。戦前の駐ドイツ大使に大島浩がいたが、精神構造そのものが、ナチスなのでしょうね。日本人というものが分からなくなります。
バーノン・コールマン博士の「プロパガンダ戦争」訳してみました。
https://quietsphere.info/the-propaganda-war/
過去にTAKUMIさんが引用されたように、ブラックボックス調査にマレーシア政府が参加を認められなかったとか、捜査のやり方が冤罪を生みかねない如何わしい物だと思っています。
利害関係がロシアとの間に乏しいだろうに、何を根拠に外したんですかね?未だに謎です。
肝試しのお好きな方はどうぞ自己責任でご覧ください。
https://sp.m.jiji.com/article/show/2733111?free=1
https://mobile.twitter.com/sofimari21/status/1511857026921480196?cxt=HHwWiICqjZb9mPspAAAA
ラトビアの街中で一人ウクライナ国旗を手に「ウクライナに栄光あれ!」と唱えている若い男性が、地元民からまったく相手にされず。
年配者からは「そんなことやるなら武器持って戦場行け」とか「アメリカ引き入れたのが悪い」と説教される始末(それも全部ロシア語によるものだとか)。
こちらのブログでは「ナチ顕彰にノーと言えない国」として再三批判されているラトビアですが、生活者視点で見ると現地のふつうの人のロシア観というのは、実体験によって幾重にもグラデーションを成して形成されているのだろうなと感じた次第です。
もちろん、編集された映像である可能性もありますが、それでも道行くおっちゃん・おばちゃんがこういうツッコミを普通に入れるのが可能なのですから、「ウクロナチ」よりははるかにマシな状況にあると個人的には思います。
https://www.youtube.com/watch?v=TPpj-PZaqNc&list=RDCMUCL5qH59K7EdzPSPqr3t7V6Q&index=1
僕はこれをテレビで見ました。確かハリコフ近郊の話です。やり取りが録音されており、それによると、ロシア兵が来てくれたと思った老婆が彼女の父の残した戦勝の赤旗を持って出迎え、兵士はお婆さんに食糧を与えます。そんな気遣い要らないよ、と言いながら受け取ると、交換に旗を持った兵士は地面に叩きつけ何度も踏みにじります。呆然とする老婆。ここでやっと、来たのはウクライナ兵だということに気付き、貰った食糧を返します。ビデオはここで終わります。その後このお婆さんどうなったか分かりません。ロシアにはこういう可愛い気の良い、しかし毅然としたお婆さんがいたのを思い出しました。そういうお婆さんと気狂いウクライナ兵の対比。言葉もありません。
僕が見ていた「戦況報告」はyoutubeでバンされ、他のルートで見ています。彼の報告では、戦死者は1対10の割合らしく、ウクライナ軍は既に兵士不足で砲撃隊全員が戦争開始以降の招集者というところもあるらしいです。シリアのISと同じく、戦局が悪化すると無茶苦茶な攻撃を仕掛ける傾向があり、ブーチャやクラマトルスクのようなことが再発する可能性大だということです。