「あったものをなかったことには出来ない」とおっしゃったことで一躍時の人になっている前文科省次官の前川さん。
文部科学省前次官が会見「文書なかったことにできない」
5月25日 17時27分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170525/k10010994791000.html
文書の存在・不存在が、退職しているか否かに関係があるみたいな話とか、あるのかないのかわからないままの役所とか、証人喚問ができない自民党とか、なんだかもう、わけがわからない。このあたりはもう日本の風物詩かと思うぐらいにだらしない。
が、その一方で、前川氏があまりにもしっかりしていらっしゃるので、どういう方なのかと軽くサーチしたらyoutubeに埼玉で夜間中学を作る会で講演されている動画を発見。ざっとだけど見てしまった。
07 講演 前川事務次官
この方は本気の人なんだ、というのがまず私の頭と心に浮かんだこと。
在職中から夜間中学を増やすことに熱心で、最初は殆ど誰も賛成してくれなかったがだんだんと文科省も変わってきて、よかったよかったというお話から、戦前から戦後にかけての教育行政の変化も説明されていて、非常に興味深いことを語っている。
そしてもう一つ。日本では義務教育というものを全員当然受けているかのような前提をなんの疑問もなく持っている人が多いと思うわけですが(私もです)、実際には少なくとも小学校に行ってない、卒業していない人が12万人いるんだそうだ。
さらに、中学となればもっというだろうことが想像されるのだが、統計値がない模様。
前川氏の発言からは、日本国にいる人は全員ちゃんと教育を受ける権利があるのだ、という点に揺らぎのない覚悟が見えて、大変力強く感じて、なんかちょっと途中で涙が出て来た。
こんな人たちが頑張ったからこそ、ともあれ日本の教育はここまで来て、しかし、そこから先、現在は制度が崩れかかっているというか、漏れた人たちを救う手立てが極めて貧弱なままなんだわな、といろいろと考えさせられて辛くなった。
で、きっとバカウヨたちは、日本にいる人、じゃなくて日本国籍保有者のみと言っていないことに腹をたてて、反日だ、人権左翼だとか言うんだろうなとも想像した。でももう、そういうのはどうでもいい。子供には教育を受ける権利があって、それは大人になったらもうないという話ではない、という考えや、大人たち、あるいは社会はそれをファシリテートするべきだ、という考えが左翼なら、もう私は左翼で結構、反日オーケーですね。漢字読めない熱血愛国者が増えるよりも、この方がずっと将来の日本というnationのためになると私は確信している。
■ ノブリスオブリージェ
さらに、この度胸の据わった人は、実のところ成功した実業家のお家の人で、お祖父さんが教育に熱心で、私財を投じて和敬塾を作られた方だった。あの立派な男子寮。
で、大勲位中曽根氏の御子息中曽根弘文氏が10年近く前に書いた文章に前川さんのおじいさんの人となりがよく描かれていた。大勲位一族、まさかこんなところで役に立つなんて、と驚き。でもいい文章。全文はリンク先をご覧ください。でも、なにかこの政権だと政治的な動きで消され兼ねないという気がしてしまうので、一部引用させてもらいます。大勲位中曽根氏に許可をもらうべきだろうか(笑)。(うっかり弘文氏のだと気付かずに最初あの中曽根さんが書いたものと誤解して書いたため修正しました。ご指摘くださった方ありがごうございました)
私が心から尊敬する人について書きたい。
身内のことで恐縮だが、それは家内の祖父・前川喜作(まえかわ・きさく)という人物だ。私と家内が結婚した29年前(昭和54年)は84才でまだお元気だったが、昭和61年に亡くなってもう22年が経つ。喜作氏は、奈良県に吉野杉の山を持ち林業を営む素封家の家に生まれた。三男であったので家業を継ぐ必要がなく、将来の進路は自由が許された。
(略)
会社経営が軌道に乗った喜作氏は、昭和31年に私財を投じて「財団法人和敬塾」という、地方から上京して都内及び周辺の大学へ通う学生達のための寮を作った。戦後、荒廃した日本を目の当たりにし、この国の将来を担う若者には「教育」が何より大事で、食住の心配なく思う存分勉強させてやりたい、そして単に「下宿屋」を提供するのではなく、人間として成長出来る「教育の場」を作りたいという壮大な理想を掲げて取り組んだのだ。
(略)
余談だが、喜作氏は「財団法人前川報恩会」という基金を作り、公的機関の支援を受けるに受けられない社会的弱者の方への支援もしている。昭和40年代に、当時の金額で20億円という私財を基金へ提供した。
しかし、元来が「慈善は隠れてそっとやるもの」という考えで、あまりに密やかに活動していたので援助先の選定に困り、支援先の幅を広げるために一度だけ新聞社の取材を受けたことがあった。
という背景があってお孫さんが文科省の事務方トップになって、それでも夜間中学に目が行って、貧困こそ問題だとか考えるというのは、なんというか、いわゆるノブリスオブリージェの見本のようだと思った。
■ 世間道徳とジャスティス
で、だからこそ、おそらく氏にしてみれば、「あったものをなかったことには出来ない」というのは、当然の判断なんだろう。
が、日本においてこれがどれだけ大変なことか。なんてかこう、図らずも氏が示してくれているところもあるよな、とかも思った。
だって、例の読売新聞の訳のわからない、ムードで犯罪人扱いするかのような記事が突然出てくるわけですよ。当然に読売が取材したんじゃなくて、官邸、警察等々からもらって、あるいは一緒に探ってたネタなんじゃないですかね。で、ここでもし、頼むべき人が誰もいないような家族の出だったら、これらの権力満載チームにとても勝てそうにない。マスコミがうまく食いついてくれたら幸いだけど、そうでなければ、変態、変態、変態、と人格攻撃でくたばるしかないわけでしょ。
で、いつの間にか、実は紙はありませんでした、となるとか。
ああこういう国なんだな、と。で、これってだいたい100年ぐらい日本の森の中に巧妙に隠されてきた亀裂のような気がする。それは多分、世間が敷いた道徳と自分の判断とのせめぎ合いってやつですね。
夏目漱石を思い出したり、徳富蘆花を思い出す。でもって、夏目漱石はソクラテスになりたいのかなりたくないのか判断がつかなかった不器用な家長なんだろうな、などふいに思った。