ビクトリーデー@モスクワファンの皆様、こんにちは!
今年もまた5月9日、1945年の対欧州戦線終了を記念してモスクワ赤の広場にて「ビクトリーデー」が祝われました。
今年は、なんといっても対ナチ戦争再びという冗談のようなホントの話になっている最中ですので、会場設定にもそれを思い出させるアイテムが使われていた。
会場に招待された退役軍人というか、ずっと昔に戦ったおじいちゃん、おばあちゃんたちにしてみたら、一体これは何なのだろう、って感じだろうなと思った。
しかし、人によっては、そうれみろ所詮西側はこんなものなのだと気勢を上げ、何十年に一回かは必ず来る、油断できなんだと決意を新にしているのかもしれないと思ったりもした。
Парад Победы в Москве 9 мая 2022 года. Полная версия. Прямая трансляция. FHD
■ パフォーマンス:軽快感
全体として、今回はコンパクトだったという印象をまず持った。そして、軽快だった。
参加人数は節目の時でない例年より多分若干少なめといった感じだと思うし、プーチンのスピーチも短く、悪天候のため空軍のパートもなかったので、時間自体も短い。
重量感がないかというとそういうことではないのだが、将兵の動きもいいし、音楽も難しいハーモニーを作ってどきまぎさせるといった作りになっていなかった(テンポが乱れたところはあったが)ので、軽快という印象に繋がったのかもしれない。が、それだけでもないかも。
去年は、2月ごろに度重なる危機があって、挑発をどう受けるのかの重圧があったということなのかもしれない。今年はもう武力衝突が始まってしまったので、そういう意味での緊張感はなく、頑張るだけ、やることやってる、結果もついてきてる、というきっぱり感がパフォーマンスにも現れている、と考えることもできそう。
読み返すと去年こんなことを書いていた。
7、8年前までは、プーチンの気迫にひっぱられてる感じだったが、徐々に変わって、数年前からはプーチンがいなくても軍がいる、という感じになった。今年などは、強い組織が大統領をお迎えしている、になっているかもしれない。これはこれで、もし行政+政治という「頭」にあたる体制が弱い国だと懸念材料になる。
でも、ロシアの場合はむしろこれが普通なんじゃなかろうか。もともとロシア帝国の軍組織は大きく強い。次がソ連でこっちも同様。90年代のがたがた時代が異常事態で、だからこそ強いリーダーがやってきてひっぱられる事態となったが、またまた安定軌道に乗りましたといったところか。
でも、ロシアの場合はむしろこれが普通なんじゃなかろうか。もともとロシア帝国の軍組織は大きく強い。次がソ連でこっちも同様。90年代のがたがた時代が異常事態で、だからこそ強いリーダーがやってきてひっぱられる事態となったが、またまた安定軌道に乗りましたといったところか。
今年はさらにそんな感じがした。
プーチンは、司令官としての役割は役割として軍からの報告を受け、重要な訓話を行うという形式で当然重きをなしているが、退役軍人のおじいさんたちの中で自分もおじいさんとして座っている姿など、若いもんはしっかりしておる、と見ているという意味にもみえる。
■ 特殊作戦、非ナチ化、マザーランド
毎年注目されるプーチンのスピーチは、当然のことながら去年までとは違う。
去年までは何度もこうしたウォーニングを投げていた。これは去年2021年。
残念ながら、大部分のナチスのイデオロギーと、自分が優越しているという妄想理論のとりこになっている人々の考えが、またぞろ持ち出されようとしている
History demands that we learn from it. Unfortunately, attempts are made to deploy a large part of Nazi ideology and the ideas of those who were obsessed with the delusional theory of their own supremacy.
http://en.kremlin.ru/events/president/news/65544
History demands that we learn from it. Unfortunately, attempts are made to deploy a large part of Nazi ideology and the ideas of those who were obsessed with the delusional theory of their own supremacy.
http://en.kremlin.ru/events/president/news/65544
今年は、そのウォーニングが無駄であったことが明らかになり、現実が変わった。
昨年12月、私たちは安全を保障する条約に署名することを提案した。ロシアは、西側に対して、意味のある妥協的な解決策を模索するために正直な対話を行い、互いの利益を考慮に入れるよう促した。すべて無駄だった。NATO諸国は私たちの提案を聞き入れなかった。つまり、彼らはまったく異なる計画を持っていた。 そして、私たちはそれを見た。
またしても懲罰的オペレーションだ。クリミアを含む私たちの歴史的な土地への侵略が公然と行われていた。キエフは核兵器を手に入れることができると宣言した。NATOブロックは、私たちに隣接する領土で活発な軍事力の増強を開始した。
このように、私たちに対する絶対に容認できない脅威は、私たちの国境で着実に生み出されていた。 米国とその手先に後押しされたネオナチやバンデラ主義者との衝突は避けられなかったというあらゆる兆候があった。
繰り返しになるが、軍事インフラが構築され、何百人もの外国人顧問が仕事を始め、NATO諸国から最先端の兵器が定期的に供給されているのを私たちは見てきた。脅威は日々増大した。
ロシアはその攻撃に対して先制攻撃を開始した。それは、そうせざるを得ない、タイムリーで唯一の正しい決定だった。主権のある、強くて独立した国による決定だ。
というのが現状に対するロシア当局からの説明。
pre-emptive(先制)だとプーチンは言うが、ドンバスへの砲撃は日々増加して、最終的には驚くほどの数の砲撃が行われていたことがOSCEのモニターによっても記録されているんだから、正当な防衛だろうという声もある。
例えば、昨日のMoon of Alabmaさん。マップとデータが入ってて見やすい。
他にも、主流メディアに載らない情報将校の分析なども、ウクライナ側が既にドンバスを攻撃しているし、NATO諸国はそのつもりで行動しているんだから、ロシアがだしぬけに出てきたみたいな話はまるでプロパガンダといっている。
そこはまぁ今後問題になるかもしれないけど、それはそれとして、プーチンのスピーチの中では、ドンバスを我々共通のマザーランドと規定していることにも注目したい。
どう考えても広義ロシア人にとっては、当然だろ、という話しなのだが、国際的な言説では、そこは「ウクライナ」で、「ウクライナ」はロシアの敵というい建てつけになっている。今般の動きはそれを覆した。
今日、ドンバスの民兵はロシア軍とともに彼らの土地で戦っている。そこは、スヴィヤトスラフとウラジミール・モノマフの家臣が、ルミャンツェフ、ポチョムキン、スヴォーロフ、ブルシロフの指揮下の兵士が敵を粉砕し、大祖国戦争の英雄ニコライ・ヴァトゥーティン、スィジル・コウパック、リュドミラ・パブリチェンコが最後まで踏ん張ったところだ。
私は私たちの軍隊とドンバスの民兵に向けて言っています。あなたたちは私たちのマザーランド、その未来のために戦っています。第二次世界大戦の教訓を誰も忘れないようにするために、そして世界には拷問者、暗殺部隊 、ナチスのための場所などどこにもないようにするために。
ドンバスはロシアというマザーランドであって、私たちの未来は一緒だという言明ですね。そして、もちろん、そこはナチのない場所にするということ。ドンバスがどこまで拡がるのかは定かでないですが。
どうしてこれがロシアにとって重要かというと、ヨーロッパが狙っているから。ロシア系住民の歴史や言語を奪って、ヨーロッパの二級市民にして黒海込みでそこを使おうというのが、EUの目的でしょう。だから、どこまでも非現実的なまでに「ウクライナ」を手放そうとしない。ほとんど架空の存在みたいになっても「ウクライナ」と言い続けているって感じになってきてる。
これがナチスでなかったら1941年のナチスは一体なんだったんでしょう、というほどにまるでまったく同じことをしているのがEU&UK&USの政治ユニットとその武力組織であるNATO。
ドンバスからロストフあたりにかけてのロシア人を殺したらウクライナを制覇してロシアでレジームチェンジを起こせるという想定をした奴は、本当に馬鹿。アメリカの国務省、CIA、イギリスMI6あたりが筋書き書いているんだろうけど、まずはドイツ人に聞いた方がよかった。
1944年4月17日、赤軍、ドニエプル・カルパチア攻勢完遂
その他、ロシアの中のさまざまなエスニック的な背景を持った人たちが一致してマザーランドのために肩を並べて仕事をしていることに触れてるのもよかった。民族対立を煽って内部から崩そうとするのは西側の十八番なので。
ということで、今回のプーチンのスピーチはこれまでで最も短い部類に入るだろうに、読みだしたら中身がありすぎてフォローできてないですが、まずはこれまでにしたいと思います。
これはつまり、もはや示唆したり、相手に読み取らせるために工夫をする必要がない分、本旨だけが並んだので中身があったということかもしれない。
■ 参考記事
ビクトリーデー@モスクワ 2021年
大変良いお話を書いてくださってありがとうございます。イメージが膨らみますし、ロシア人がドンバスを重視しているのには幾重にも理由があって、多くの人がそれこそ本当に深いところで共鳴しているんだろうな、など思いました。
良いお話をありがとうございます.私の専門は言語学ではありませんので頓珍漢なことを申し上げたならばご容赦ください.
研究社新英和大辞典第五版にもその旨が書かれていました(Rothsmenn: sea farers ← rothr: a rowing).これを解釈すると櫂を漕ぐ人=バイキングからということですね.
これに関して興味深い論文がありました.もともとスウェーデン語のものをロシア語に訳しています.
(どうも URL 貼り付けがうまく行かないので,最初に https:// を補ってください)
pikabu.ru/story/rus_i_viking_torsten_anderson_7064695
バイキングの語源 vík は従来考えられていた‘湾’(アイスランドの首都 Reykjavík などに見られます)ではなく,櫂の一かきで進む距離であるとの説が 2005 年に出されました.このことが従来からあった Rus の語源を‘櫂’に求める考えと整合し,改めて‘櫂’の説が確からしいということになったようです.
スウェーデンの Uppland の海岸が船の基地として適しており,そのあたりを Rothrin と呼んでおりました.これは古代スウェーデン語の‘漕ぐ’ rother から来ています.この地域と関わり合いのあった対岸のフィンランドの人々がこの地域を Rotsi と呼ぶようになりました(これについては Rothrin を経由せず,直接 rother から来たとも考えられます).
興味深いのは,フィン・ウゴル族の人々が西のスウェーデンと東のロシアの両方を同じく Rotsi と呼んでいたことです(en.wikipedia.org/wiki/Names_of_Rus%27,_Russia_and_Ruthenia にも書かれています).これは Rotsi はバイキングやスウェーデンを特定するのではなく,異国民についての総称だったのかも知れないということです.そのために東も Rotsi と呼ばれ,それが Rus になったということです.
さらに興味深いお話をありがとうございます.海路では漕ぐ回数を数えるのは大変そうですが,漕ぐ速さと時間で距離を算出するというのはできそうに思えます.
お話にあった魏志倭人伝で調べておりましたら,古代の日本におきましても連水陸路があったようであることを知りました(http://www7b.biglobe.ne.jp/~ganswing/kodai_hune_seto.html).魏志倭人伝の最後の水行二十日と水行十日についてはどうやら瀬戸内海ではなく日本海であったようです(http://www.21ccs.jp/shohyo/shohyo_yabuki.html).ただ,丹後半島が難所になるため,これは私の想像ですが,ここで連水陸路が使われたのかもしれません.
また,собака の語源についてもありがとうございます.たしかにロシア語の中にはスラブ語らしからぬ響きを持ったものがあるので,何かしら関係があるのかと思っておりました.感謝申し上げます.