田代田の酒場日記

月夜に釜をぬくは難解でんな。男漁りという学説もある。犬の棒もここら当たりでは不慮のできごと 関東以北は幸運の棒。 

まだ動く蝉を拾いし木に戻す~

2017年07月17日 | Weblog

7月16日(日)

 

搬入を終えて一息扇風機

 

やれやれ、と一息が正直なところでした。足りないものを足していてもまだ足りないものがあったりしてくたびれます。

小さい額で今年は飾ってみた。写真としてはA5サイズ、いわばA4サイズの半分ですね。これが気に食わなかったのか額ならありますからお貸ししますよというママ。真っ白く立体的な額であたしとしてはそれなりの踏ん張りをしたつもりだった。言っておくが額ならたくさんある。

問題は15年田園でお世話になってきた。このママ何もわかってない。確かに飾る写真は大きいのに越したことはない。小さくておしゃれということもある。ハラさんはわかってくれた。アタシも雰囲気を変えてみたいいつも同じ額で似た様な写真じゃくたびれまする。額で写真は変えられる。訣別の決心が固まった瞬間でありました。悲しいけれど。このひとひとはママの失投。ニコニコしてはおりますがヒトの中身はわからない。出て行った妻も同じだった。慣れることは油断にもにつながる。油断した失投は敗戦につながる。少なくともアタシは見逃しません。ゴメンナサイ。これが15年お世話になった結果だったのだろうか。ヤダネ。

まあ、どうでもよろしい。ヒトはヒトアタシはアタシ。

ハラさんが田園を気に入っている。残ろうかとも考えた。ハラさんと共に田園。アタシはもう一つ新天地ミュージアム。年二度は辛いが残りの人生もないいいかとも考えたのだった。刺激にもなるし。どうでもよろしい。年寄りは気が短いというではありませんか。その通りです。ものすごい厭な結末で心おきなく田園を去れる。悲しいよ。油断禁物火がぼうぼう。

アタシはあたしの絵だ誰も真似できない。そんなことを考えつつ展示していたのだった。決してうまくはないぎくしゃくしているいいじゃない。アタシの絵だ。

 

厨房メモ

世の中はどうでもいいことばかりなり

大阪の事件、ヒトとしての飼育が足りない。ヒトも飼育すべきだ。

コメント
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