上富良野町の自衛隊駐屯地の裏にライダークラブ『ヒグマ』がある。
錆びた金属類が無造作に置かれた敷地に古い納屋とともに建っている。
十勝岳「吹き上げ露天風呂」への自転車登山の行き帰りにいつも通りかかり、一度は泊まってみたいと思っていたが、看板に「家族旅行歓迎」等々あるものの、中に入るにはなかなか勇気のいる構えであった。
どんな〝ヒグマ親爺〟がいるのだろう。
いつもは近くの「日の出公園」でキャンプをするが、朝夕の気温も下がってきたので今回泊まってみることにした。
木造平屋の家の玄関には、「耳が遠いので大声で呼んでください。」との張り紙があり、そのとおりにする。
やや暫くして、後で聞くと80才というKさんが現れた。
家の中に招き入れて貰うと几帳面な性格らしく、部屋は綺麗に片付き、暖かい。
「部屋での飲酒、大声の歓談は禁止」など、旅人への注意書きが何枚も。
壁に古い写真が数枚貼られていた。
立ってよく見ると子熊を抱いたKさんの隣に若かりし黒柳徹子女史の姿が。
そして、小さい頃に育った山里の熊撃ち名人Mさんが仕留めた羆を馬車に積んで引き上げる後をついて行って見ていた羆の解体写真も。
毛皮を剥がされた胴体は脂肪で真っ白だ。
ソファに座り直すとKさんが作業服を手にして「立って」と言う。
そしてすっぽりと被せられて別の所へと連れられて行く。
不安が過ぎる。
間もなく隣の部屋の戸が開けられたと思しきその瞬間、作業服が取り払われて眼前には大な羆の顔が!
悲鳴、そして大笑い。
Kさんは気難しそうでなかなか茶目っ気のある人とみた。
そこは剥製部屋、全て手製という。
見事な夏毛である。
金太郎のように跨がらせられたがつるつるしていて滑り落ちそうになる。
うち解けて居間でいろいろな話しになった。
豚を飼ったり、タイヤ販売業などをしながら23才から熊撃ちをしていたが身体が不自由になって3年前に辞めたという。
奥さんを十数年前に亡くされ、一人暮らしだが最近は近所に住む娘さんが食事を届けてくれたりしているそうで安心そうだった。
最近、ニュースで羆の目撃情報が多い。
出会ったらどうすれば良いのか。
「絶対に目を合わせないこと。」
「知らない振りをして動かないこと。」
「立ち去るのをじっと待つこと。」
語る眼差しは臨場感に溢れていた。
エッセイに Kさん登場(1982年) 加藤紘一氏の為書き
多くの著名人が訪ねていて、Kさんは「皆さん泊まって行った。」と懐かしそうな顔をした。
この日は貸し切り。
時々見せる精悍さとすっかり好々爺の〝ヒグマ親爺〟に会えてぐっすり寝た。