中学、高校の友人Kが亡くなった。
75才。
お通夜の席で「8月の初めに一緒にゴルフをした。」という友人に会った。
8月末にコロナで発熱が続き、9月初めに田舎の病院から旭川の大きな病院に転院してから10日目のことだったという。間質性肺炎だった。
ここ数年、会う機会も無く、突然の訃報だった。持病を抱えていたのでやはりコロナは侮れないと思った。
葬儀のあった芦別市までは車で2時間。
早く着きそうだったので、久しぶりに母校の小学校と中学校のあった西芦別に寄ってみた。
道内有数の三井鉱山の街は1992年に閉山され、今は世界的なミニボールベアリングメーカーの北日本精機が地元雇用と取り壊された街の環境整備に尽力されている。
かつては石炭の煙と鉄の匂いのした炭住街や会社の施設は白い近代的な建物と綺麗な緑地に生まれ変わっている。
そんな中、父の仕事であった石炭輸送の機関車が閉山した時のまま炭山川の鉄橋に止っていた。偶然に父の命日の前日に訪れることが出来て良かった。
Kらと遊んだかつての洗炭機場の跡地に沢山のエゾシカがのんびりと草を食んでいた。数千人が全国から移り住み、汗みどろで石炭を掘っていた時代には無かったこと。Kにも自然の復元力が欲しかった。
2024.9.15 西芦別町にて