ウクライナ戦争の報道がおかしくなってはいないか。
防衛研究所や大学の専門家を本務はどうなっているんだろうと不思議に思うくらいの頻度で呼んで、「どっちが優勢か。」「この兵器の能力は。」「今後の展開は。」といった戦況分析に終始している。
戦争が始まって間もない頃に、ロシアの女性メディア関係者がTV番組に突如現れ、手製のボードをかざして「反対」の意志を示したことがあった。
ロシアにもこのようなもの凄い勇気と矜持を持ったジャーナリストがいるのだと衝撃を受け、この戦争はロシア国民を目覚めさせて間もなく終わると期待を持った。
しかし、戦争はやはり始まったら仲裁か白旗でしか終わらない。
バイデン大統領しかその役割を担える人物はいないが、遠巻きに眺めているだけだ。
5月のサミットは「核の廃絶」を訴えようとしている。
その前に、議長国の日本がウクライナ戦争を終結させるためにやることは本当に無いのだろうかと思う。
岸田首相はゼレンスキー大統領から招待されているという。
与野党問わず国会はもっと論議してよいのではないか。
単なるパフォーマンス外交に終わらせてはならない。
専門家の「戦いは長くなるでしょう。」という解説はいらない。
米・欧の兵器供与で戦争が続くのはあまりに惨い。
メディアも報道の視点を変える段階ではないか。
加藤登紀子さんが語りを付けて詠う「イマジン」を聴きながらそう思った。
そもそも、ブロック経済どころか、軍事ブロックをもたらし始めているような連中は、従来の歴史理論に照らせばキチガイ沙汰になる。一億総白痴で、後に一億総懺悔になりうるような。
それにしても、なんで、G7「総力挙げて」こうなってしまったんだろう? ブリクス諸国や、中南米、東南アジアも親英米国以外は、ここまで酷くないと思うが・・・米英金融の底力を感じている。
仰るとおり、毎日毎日、人が死んで行くのに、専門家、メディア、NATO(=アメリカ)が人々をまるでゲームでもやっているかのような感覚に陥らせてしまっていることに危機感を覚えます。
日本は被爆国として戦争の悲惨さ、回避を常にいろいろな形で発信する役割があるはずですが、何もしません。国民としても恥ずかしさを感じていませんね。
これでは東アジア諸国の信頼を得ることは出来ません。まともな政治家がいません。