季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

喇叭(ラッパ)

2008年04月23日 | 音楽


ドイツに住んでいたころ、文学界という雑誌を時折送ってもらっていた。この雑誌に磯田光一さんという文学評論家が書いた論文が載っていた。「小学唱歌考」と題する文章で、それを読んでいて胸を衝かれた。

日本からの便りや荷物は、滞在が長引くにつれて(9年間、結局一度も途中帰国しなかった)途絶えがちになり、文学界もいつの間にか手に入らなくなり、当然「小学唱歌考」もその後どうなったかを知らないまま時が過ぎた。

その時の強い印象は、それでもずっと消えずに残っていた。もっとも、僕が心動かされたのは、磯田さんの文章というより、そこに引用された明治初期の、音楽に関する記述だったのだ。

僕は磯田さんについて、生真面目な少し痩せた文章を書くひと、くらいの認識しか持っておらず、亡くなったとの記事に接したときも、「小学唱歌考」のことを思い出しただけであった。あの作品はどうなったのだろう、とぼんやり考えた。

そのうちにコンピュータの時代がやってきて、僕も何のことか分からぬままキーボードを操作することに相成った。

少し前、ふと思い出して検索をかけたところ、「小学唱歌考」は「鹿鳴館の系譜」と題する作品中の一章であり、すでに完結して、出版もされていることが分かった。ただ、とっくに絶版であった。幸い古書店から取り寄せて今は手許にあるから、僕の心を衝いた文章を、正確に書き写せる。紹介しておきたい。旧字体は変換できないものがあるから、すべて現代字体にしてしまおう。

彼等の、持ちたる、笛の名をば、何というぞ。此は、喇叭なり。彼等は、楽隊の、兵卒ゆえに、此笛を、吹くことを、鍛錬するなり。此笛は、兵隊の、行列を整うる、合図に用い、又祝日の、音楽に、用いるものなり。此笛は、菅長くして、先きの、開きたるものゆえに、声を発すること、最大なり。

なんと幼い文章だろう。今日、僕たちが何の苦もなく受け入れているかに見える音楽が、紹介されたその日の姿である。僕が心打たれたのは、むしろこの幼稚な表現だったのかも知れない。このことを忘れてはならない、と思ったのである。

僕たちの音楽がこういう出自であることは、何か気まずいことでもあるのだろうか?今日の、いやに見栄を張った「演奏家」を見るにつけ、この時の感動を忘れまいと気持ちを新たにする。