新説百物語巻之五 5、肥州(肥後:熊本県)元蔵主あやしき事に逢ひし事
2023.8
肥後の国に元蔵主(もとぞうす)と言う僧がいた。
或る時、檀家に死者がでたので葬礼をした。
寺での引導の時に至って、死人が棺の内よりすっつくりと立ち上がった。
元蔵主は、これを見ても、すこしも騒がず座っていた。
しかし、傍らの僧が、
「死人が立ち上がりました。」と伝えた。
それで、元蔵主は、死人をはったと睨みつけ、すこしも騒がず、側に焼香箱を持っていた小僧のあたまを、扇で、はたと打つと、彼の死人は、もとのように倒れた。
その後さまざまな仏事をしたが、何のさしつかえも無かった。
一七日過ぎて、ある夜、死人が元蔵主の座敷に来て、「さまざまの御弔い、ありがたくこそ存じます。
御礼のために、今度も小僧にとり憑りついて、申しあげました。
これ以後は、このような怪異な事はおこしません。
もう、死人の私の顔は、お見せしません。」と、言った。
元蔵主が、後で
「成る程、その顔はなんとも言えない恐ろしい顔であった。」と語った。
この怪異は、小僧の恐い恐いと思った一念で引きおこれた、と推量した。
それで、小坊主を扇でたたいて、正気に返らせ、怪異を消したものであった。
頭のよい僧であった。
2023.8
肥後の国に元蔵主(もとぞうす)と言う僧がいた。
或る時、檀家に死者がでたので葬礼をした。
寺での引導の時に至って、死人が棺の内よりすっつくりと立ち上がった。
元蔵主は、これを見ても、すこしも騒がず座っていた。
しかし、傍らの僧が、
「死人が立ち上がりました。」と伝えた。
それで、元蔵主は、死人をはったと睨みつけ、すこしも騒がず、側に焼香箱を持っていた小僧のあたまを、扇で、はたと打つと、彼の死人は、もとのように倒れた。
その後さまざまな仏事をしたが、何のさしつかえも無かった。
一七日過ぎて、ある夜、死人が元蔵主の座敷に来て、「さまざまの御弔い、ありがたくこそ存じます。
御礼のために、今度も小僧にとり憑りついて、申しあげました。
これ以後は、このような怪異な事はおこしません。
もう、死人の私の顔は、お見せしません。」と、言った。
元蔵主が、後で
「成る程、その顔はなんとも言えない恐ろしい顔であった。」と語った。
この怪異は、小僧の恐い恐いと思った一念で引きおこれた、と推量した。
それで、小坊主を扇でたたいて、正気に返らせ、怪異を消したものであった。
頭のよい僧であった。