江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

ウサギの腹堤(はらづつみ)  「一話一言拾遺」太田蜀山人(しょくさんじん

2020-01-19 17:10:06 | その他
ウサギの腹堤(はらづつみ)
                       2020.1

ウサギも腹づつみを打つことがある。
伊豆の国に行った人の話では、そこに新左衛門村と言うのがある。
昔は、河津の領地であって、三千石の村である。
今は、その地に河津氏の神を祭って、三社明神と言うのがある。
そこは、山中の交通の要地であって、ウサギなどが特に多い。

その地の老人が、ある年、三社へ参詣して、帰りに山中を通ったが、何か物音が聞こえて来た。
はさみ箱を担って、それがぶつかり合って起こった様な音がした。
不思議に思って、その音のする方を見ると、ウサギが数十匹連なって、円座していた。
そして、皆みな立ち上がり、両手でそれぞれのお腹を打っていた。
それで、大きな音がしていたのである。
老人は不思議に思いながら、眺めていた。
しかし、丁度風邪を患っていて、我慢できなくなって、咳をしてしまった。
すると、ウサギ達は、咳に驚いて、皆残らず、山中に逃げていった、との事である。

「一話一言拾遺」太田蜀山人(しょくさんじん)著より


編者注:狸の腹ヅツミというのは、しばしば見かけますが、ウサギの腹堤(はらづつみ)というのは、珍しいので、紹介しました。
所で、ウサギは、怒った時、驚いた時に、後ろ足で、地面をドーンドーンとたたくことがあります。
実は、編者は、ウサギを飼っていた事がありました。
怒ると、本当にびっくりするような音を出します。
実際に聞いて見てみないと、納得できない位の音です。
文中に「はさみ箱を担って、それがぶつかり合って起こった様な音がした。」とあります。木の箱がぶつかり合う音ですね。これは、ウサギが後ろ足でドーンドーンとやるのに、近い音でしょう。
この話は、ウサギがドーンドーンとやっていたのを聞いて、ウサギが腹堤をしていた、と転化したもである、と思われます。

鯉のたたり  「石楠堂随筆」 蜀山人(しょくさんじん)全集

2020-01-19 17:07:08 | その他
鯉のたたり
                        2020.1

武蔵の国の隅田川のあたりの牛島という所に、中田屋という酒を売る店があった。

前から、生け簀の鯉を料理して提供していた。
その人を、葛西太郎とのあだ名で呼んでいた。
ある夜、その妻の夢に、衣冠をした人が出てきた。
「明日、お客さんが来て、鯉を食べようというが、鯉を切って殺しては、いけない。」、と言った。

果たして、あくる朝、石原片町という所に住んでいる山口右膳なる者が来た。
鯉をさげて持ってきて、主に調理してくれ、と言った。
中田屋の妻は、鯉を殺さないように固くとめたが、夫は、あざ笑って、山口氏とともに、調理するために出て行った。
さて、山口氏は席について、中田屋は、まな板に向かい、包丁をとって、鯉を切ろうとした。
すると、ううとウメいて、倒れた。
人々は驚いたが、すこしすると息が絶えて死んでしまった。

この話は、いい加減な伝聞ではない。
山口氏に仕えていた熊谷喜平次が、まのあたりに見た、
                 と語ったものである。

天明年中のことである。

以上、
「石楠堂随筆」 蜀山人(しょくさんじん)全集より