そう言えば、本当に蒸気機関車が定期仕業で決まって牽引を担当していたのは、どんな列車だったのか??
私自身の最近はいささか鬱っぽくて、やや弱り気味の記憶によれば特急は20系客車での“ゆうづる”、急行では“日南”だったかな?
“ゆうづる”は昭和42年頃には常磐線全線の電化竣工により、C62が勇退。また“日南”は49年頃までC57が牽引することがありましたね。
また、国鉄最後ではないが非電化区間にてC55、57もしくはC58が牽したものとしては急行“利尻”“大雪(石北)”“すずらん(たるまえ)”など。
既に無煙化されてはいたが、“日本海”を牽引していたDD51が故障したため、代わりにD51が代走を果たした例もありました。
“さくら”のうち、早岐〜佐世保間ではC11が後補機を暫く続けたことも。また、昭和45年頃では“さくら”がC57に引かれて長与ルートを経由したり、“はやぶさ”が肥薩線に迂回してD51に引かれたことも。ぜひとも見たかったのだが。うん。
この姿、まるで今の東武鉄道“ふたら”等に、そつくり!!
最近は夜汽車を再現したことも。
なお、えちごトキめき鉄道の直江津駅構内には、中央西線で準急“きそ”“おんたけ”などを引いたとみられるD51-827が何とか健在だ。しかしながら、日本海ひすいラインは長いトンネルも多くて夜汽車の再現はちょいとばつかり難しいのかなあ?