うつみ、ヤングビーチ、いるか、フィンピー、谷汲、やながせ、蘇水湖、鬼岩、勝馬、ライン、明治村、ビラビーチ、みかわ、三河湾、いなり、伊良湖、お千代保稲荷、かっぱ、キカイダー、なぎさ、夜桜、下呂…………。
以上は私自身が未だに覚えている、約半世紀ほど前の名鉄の座席指定特急の列車愛称の数々です。
当時はまだ指定席専用のパノラマスーパー、1000系や8800系もデビューしておらず、専ら7000、7500系や7700系を使用。時には5500系まで駆り出されたほどでしたね。“お千代保稲荷”は何と冷房AL車の7300系も使われていたことがありましたよ。
特に正月や夏のダイヤでは、SR車が些か不足になりがち。そのため一般特急はAL車にされたり、豊橋駅に乗り入れる速達列車でさえ脚がやや遅い6000系が時々入るほどでした。
…………特に知多新線は1977年から90年頃までは、まさしく名称座席指定特急の最盛期で、夏ダイヤは多い時で昼間帯では15分間隔で主に新鵜沼駅から河和あるいは内海に向かっていたほどでした。知多新線は、まさしく名鉄の名称列車の古里、天国だったかな。
しかしながら快晴の本日、久々に知多新線には乗りましたが、内海駅のあんな寂れようには衝撃的でしたよ。
それに上野間、野間の両駅ホームは片側の線路や架線は綺麗に取り外され、ホームも、すっかりと丸坊主に。もはや無用の長物だね。うん。
経営合理化のためとは言え、殆どの列車が線内折り返しのチョン行とはねぇ………。
まあ、これまでのように、わざわざ普段の昼間帯に名古屋方面から多数の列車を直通させる必要はなかろうが、せめて朝夕のラッシュ時とか、海水浴シーズンでの土曜・休日の昼間帯ぐらいは直通列車を残すべきだったか?と思いますよ。
また、別曽池信号場では時折、一旦停車して保線係員を乗せることもあるとか。因みに、私自身が復路に乗ったワンマン列車がそうでしたね。
恐らく今後も小野浦駅はまず新設されまい。
また、せっかくの複線用地は依然として塩漬け状態だ。何とか円満に売却・処分する手立てはないものかしら?
本当の経費節減策は、ここから始まりそうな気がしてならないが。うん。
一方、河和線・河和口〜河和の複線化は早く具体化させた方が望ましい。現状では明らかにボトルネックだ。