私達の年代の人達は時代の流れを痛感する日々を過ごしていると思う。
現在の情報時代は凄まじくPC、タブレット、スマホなど社会は一変。残念ながら別世界を感じる。
年二回の現役時代の会社のOBの飲み会の話題で、若い家族達とのコミュニケーション問題での悩み。
又、OB25名中パソコンやメールができるのは数人で日々の連絡は携帯は活用しているが通話のみ。
時代の変化のスピードは驚くばかりで、皆変化を恐れず潮流に乗りたいと思うが難しいとの事。
せめて新聞、TVのニュースで現代社会の状況を把握して認知症には絶対になりたくないと願っている。
私はブログを何とか続けていますが、そろそろいいかぁ~と思いながら、辞めるとパソコンに向わなくなり
遠ざかってしまうと考えて頭の体操の為にもう少し頑張りたいと思っている。
新年に当たり残り少ない人生を 心身共に前向きにしっかり羽ばたきたいと思う 。
U S A ネバタ州ラスベカスより150Km~グランドキャニオンにて。
(世界遺産の峡谷)
新年になって最強寒波、一晩に1メートルの強烈な積雪と日本海側は大雪注意報。
遠い昔、日本列島に暮れから新年に掛けて過去に例を見ない雪が降り続いた歴史がある。
北陸方面は大雪の為、交通機関及び流通機関は全てマヒし食糧も途絶え各市町村は孤立した。
豪雪被害の各県は国に救援を要請、緊急豪雪災害派遣を関東の自衛隊第一空挺団にも派遣命令。
昭和38年2月千葉県習志野より全空挺隊員は特に急を要した新潟県の栃尾市へ。
栃尾市の街全体が5メートルの大雪の下、早々に栃尾市内スキー場に先遣隊は落下傘降下。
私も先遣隊150名救援の一隊員として参加した。本隊は1500名は二日後長岡より30キロ徒歩にて、
10日間殆んど昼夜休みなく食糧の分配(空からの物資投下)や交通機関の開通に全力を注いだ。
4月全ての任務を終了。開通した栃尾駅に新潟県知事、市長以下全市民、子供、小中高達の盛大な
見送りを受け又栃尾高校吹奏学部の蛍の光は心に今でも懐かしい!
2017年、米、露、中としたたかに渡り合いながら又韓国とのいざこざと北朝鮮のミサイル問題。
トランプ次期米政権で安倍政権日本外交は未知の領城に入る。
昨日、9日中国爆撃機対馬海峡往復又中国空母宮古海峡通過。
日本周辺をロシア海軍艦艇が次々と航空自衛隊が緊急発進(スクランブル)頻繁。
相変わらず尖閣諸島の領有権主張し挑発を繰り返す中国。
私達日本国民は平和を願っているが、現実的にはしっかり守る力が必要と思う。
正月も休みなく今日も海上自衛隊は日本周囲海峡を50隻の護衛艦で昼夜24時間見張っている。
一昨年、豪華船ダイヤモンド・プリンセスで尖閣諸島を通って台湾へ。
デッキで静かで雄大、青い海を眺めながら平和を祈ったのを思い出す。