昨年6月、世界文化遺産に登録された富士山。それから半年以上が過ぎたが、地元関係者は対応策に追われている。環境対策の宿題が課されており、怠ると登録が取り消される可能性もあるからだ。提出期限は2016年2月1日で、2年を切った。ただ、対策をどこまで求めているかは不明確で、山梨県は手探りの対応を続けている状態だ。
■世界遺産登録抹消は2件
宿題を課したのは、イコモス(ICOMOS)。一般には聞き慣れない団体だが、世界遺産の関係者にはよく知られている。「International Council on Monuments and Sites」の頭文字をとった略称で、国際記念物遺跡会議と訳される。ユネスコに代わって世界遺産に値するかどうかを実質的に審査する非政府組織(NGO)で、世界遺産登録を目指す場合に最大の関門になる重要な役割を担う機関だ。
富士山の場合、世界遺産登録で関係者の仕事は終わりではなかった。昨年4月30日にイコモスが富士山の世界文化遺産登録を適当と勧告したため、世界遺産登録が事実上決まり、日本中が沸き立った。その陰で他の世界遺産にはない注文がついた。富士山の様々な環境問題を指摘し、2016年2月1日までに「保全状況報告書」という環境保全策を提出せよ
富士山のように保全状況報告書の提出を求められるのは異例。文化庁世界文化遺産室は「世界遺産登録後に何らかの問題が生じて、報告書を求められることはあるが、富士山のように登録時点で報告書を求められたケースは他に知らない。半ば、条件付き登録のようなもの」と説明する。
海外を見ると、実際に世界遺産の登録が取り消されたことがある。ドイツのドレスデン・エルベ渓谷は渓谷の中心部に橋を架けたため、09年に取り消された。07年にはオマーンがアラビアオリックスの保護区の登録取り消しを申し出て認められた。石油資源開発を優先させたためとみられる。
山梨県の横内正明知事は「世界遺産の登録取り消しは理論的にはありうる。しかし、ドイツのエルベ渓谷の架橋のように世界遺産の根本的価値が失われた際には取り消しになるのであって、富士山では考えられない」とみているが、「勧告へいいかげんに対応するとまずい」と警戒する。また、環境対策は重要だが、観光産業への打撃も懸念され、世界遺産の代償として両刃の剣になる可能性もある。
ただ、イコモスの勧告は「えらく難しい文章で、一回読んでもわからない」(横内知事)。和訳でA4判23ページにわたる勧告は数々の課題を指摘しているが、「もともと学術的な文章で、何をどこまでやればよいというものを示していない」(文化庁文化財部)という中身だ。環境対策を実践する立場にある山梨県と静岡県は1月22日、この勧告の文章から課題を抜き出した