§初詣今昔:
元旦の深夜、零時に、付近の寺々の除夜の鐘を聞きながら往復、約8kmの畑中の道をスロージョギングで、犬山市の針綱神社へ初詣に行くのが20年来の習わしである。
昨年の3月に右膝を損傷し、10月まで殆ど運動ができなかったが、幸いに完治し、11月からは4回のトレッキングをこなしたので、今年もこの伝統的?習わしを継続できたのは無上の喜びであった。
思えば、昨年は自宅を出発する直前まで、雪がチラついていたが、その後、私が針綱神社を往復する2時間程だけは奇跡的に止んでいた。
年々寒さが緩んできているのは実感していたが、それにしても今年の暖かさはどうしたことか。3月頃の陽気であり、耳に寒気を感じず、吐く息も白くない。グローバルな温暖化の影響であろうか。
さて、当夜、木曽川に架かるライン大橋を渡る時に眺めたライトアップされた犬山城の美しさに息を飲んだ。夜空に浮かび上がる白亜の城は、別名、白帝城の名に相応しく、神々しく、輝いていた。
過去に、このような美しい景色を眺めながらの初詣は記憶にない。今年は何か特別に幸運な年になる前触れのよう気がして、嬉しい気分になった。
[ライン大橋の上から犬山城を望む、28mmで撮影]
何時ものように神社に参拝し、家内安全、健康・長寿を祈願したが、参拝客の少ないのには驚いた。若者にとっては、初詣も遊びのひとつであり、真夜中に参拝するなどは馬鹿げていると考えたのかもしれない。
§2015年を顧みて:
世界情勢は歴史の大転換時期の様相を呈し、大混乱の真っ只中で推移している。
それに比べれば、身の回りでは取るに足りない些細なことではあるが、強く記憶に残る、悲喜こもごもの出来事があった。その幾つかを綴ってみよう。
(1) 人生最大の喜び:
■生まれて始めて、而も、後期高齢者になって昨年3月8日の各務原市主催のマラソン大会にエントリーし完走したことである。マラソンと言っても僅か、10kmに過ぎないが、自分の意志と体力を試すべく、ひとりで参加を決心し、それなりの練習を積み、完走した達成感と喜びの感動は筆舌に尽くしがたい。 今までの人生を振り返ってみると、大抵の事は上司や、家族、親族、友人などから言われたり、顔色を見たりして行ってきた。今回のマラソンではそのような人間関係などとは無縁で、自分がやりたい事を、自分の力でやり、目的を達成したものであり、その達成感は未体験の感動であった。「やれば出来る」という自信は貴重で、大袈裟に言えば人生観が変わった。
[マラソン記録証]
■マラソン練習・完走、その後の山行、八ヶ岳方面への旅行などの強行軍が重なったためか、右膝半月場を損傷し、整形外科のお世話になったが幸いも完治した。後期高齢者になっても未だ自癒力が残っている事が分かり、これも又、大きな自信と喜びになった。今年のマラソン参加は見送ったが、できたら来年は再度チャレンジする積りでいる。
なお、余り調子に乗って年甲斐もなく度を過ごさないことが重要であることを肝に銘じたが、この教訓も大収穫であった。
(2) ああ無常:
■4才年上で唯一の兄弟姉妹の姉が胆管ガンで、病気の発見から2週間ほどで、あっけなく彼岸へ旅立ってしまった。女の平均寿命と、日頃の活発さ、今までの強運から未だまだ大丈夫と思っていたが残念の極みである。小生もそろそろ終活を始める時か。
■スポーツジム仲間で60代半ばのO氏の姿が一週間程見えないと思っていたら、訃報のメールが元勤務先から送られてきた。オシドリ夫婦で、何時もお二人、仲良くジムで運動に励んでいたので、一瞬、信じられないようであった。運動し健康に留意していても運命は残酷である。明日の命は分からない事を痛感した次第です。
明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは(親鸞)
(3) 良書との出会い:
今年はイスラム国(IS)絡みで「イスラム」関連、日本経済の閉塞感絡みで「資本主義」関連、中東紛争絡みで「世界史」関連、一昨年末に読んだ池上彰氏の「おとなの教養」に大いに触発されて「教養」関連などの文庫、新書を読んだ。
何れも良書で、これらに巡り合えた幸運に感謝している。とり分け、佐藤優氏の「大世界史」、と出口治明氏の「本当の教養」は説得力があって、眼から鱗の話が満載であり、今後の人生航路の灯台に火が灯ったような気がしている。
(4) 押し寄せる高齢化問題~サークル会員数の減少防止:
長年、山のサークルの事務局に携わっているが、会員の高齢化で、会員数が自然減少し、私の代でサークルが消滅するかもしれないと危惧していた。どのサークルでも同様な状況であると聞いているので、何らかの工夫が必要であろう。
会員募集のポスターを何回も作り、市のライフデザインセンターに掲示して貰ったが大した効果はなかった。
幸い、各務原市の広報誌には、各サークルの紹介欄があり、ここに会員募集のPR記事を掲載して頂いたところ、想定外の多数の反応があり、会員数は倍増した。
お陰様で、当面、消滅の危機は脱し、心底、ホッとしている次第である。
§2016年の抱負:
抱負というほどではない些事かもしれないが、ちょっと頑張れば実現出来、人生を明るく、楽しく生きるための縁(よすが)となる項目を列挙してみた。
(1) 山行30回/年:
楽しく生きるための基盤として、健康が最重要である。月2~3回の山行をし、心身のリフレッシュに務め、更に、山行リポートを都度ブログアップすることで頭のボケ防止も図られ、私にとっては掛替えのない活動であり必達したい。
(2) ジョギングでマラソン復活:
昨年のマラソン完走の感激が忘れられず「夢よ、もう一度!」である。そのためには、日頃からジョギングを楽しみながら継続し、体力、脚力を鍛え、来年のマラソン大会のエントリーを目指す。
(3) 私のリベラルアーツ:
ヨーロッパの大学では古代から教養として「リベラルアーツ」という7学科の習得が必須とされて、その中には修辞学、論理学、・・・音楽の7科目.が含まれていて、現代でも、その伝統は引き継がれているそうである。
因みに、この科目の中に音楽が含まれているのは驚きである。教養人としは芸術にも通じていなければならないと言うことである。
一昨年末に読んだ池上彰氏の「おとなの教養」では、今、習得すべきリベラルアーツとして、「宗教」「宇宙」・・・「歴史」「日本と日本人」・・・など7項目を挙げられていた。
後期高齢者である私の場合は、7項目にチャレンジするには時間が足りません。宗教、歴史、英語学習に限定することとした。
この3項目にした理由は次の通りです。宗教、歴史の知識は今の混沌とした世界を読み解くには不可欠であり、英語は国際共通語であり、海外情報の収集・理解の強力なツールと思うからです。
It is never too late to become what you might have been! (by George Eliot)
本年最初のブログとして、年頭所感を取り上げて、昨年の総括と、来るべき年の抱負などを記してみました。
この歳になって、今更、抱負なんて青臭いようで、気恥ずかしい気も致します。
然し、ここで、抱負をコミットメントすれば、世間に対しての公約になります。
.従って、目標達成に向けて頑張るざるを得なくなるので、敢えて抱負を公表した次第です。
脳を使って知識を蓄え、体を鍛えて体力を維持する。
小生にはついていけません。
脳なし、体力なし、記憶力なし・・・
見習わなくては(有言実行、これもなし)
これからもご指導お願いします。
お体を大切に・・・