月刊パントマイムファン編集部電子支局

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アーティストリレー日記(27)清水きよしさん

2013-04-15 01:00:55 | アーティストリレー日記
 今号では、独自の世界観から「空間の詩人」といわれる、清水きよしさんの日記をお届けします。パントマイムの話というよりも、清水先生の日常が伝わってくる日記です。

 3月17日(日)
 青梅に越してきて丁度10年。この町も、昔懐かし“サザエさんの家”という不動産屋のキャッチフレーズに惹かれて決めた家も、大いに気に入っていたのだけれど、昨今の不景気などで仕事も少なくなり、この収入ではこの家ではとても生活していけないなあと引っ越すことにした、…のは良いのだけれど、適当な家が見つからない。
 そりゃあそうだ、舞台道具など沢山の荷物が入ること、犬が飼えること、庭も欲しい、一軒家が良い、そしてなによりも家賃がうんと安いこと。こんな条件の家がある方が不思議。
 でもこの不思議があったのだ。友人の繋がりで出会った家は築80年の古民家。人が住まなくなって10年、もう埃だらけで手を入れなくてはとても住めない状態。この家の持ち主がとても良い方で、自由に好きなように作り直して良い、家賃はこちらが恐縮するほどの額、しかも何時までも住んで欲しいと、願ったり叶ったりの条件で借りることになった。
 但し、掃除もリフォームも全て自分たちの負担でやるという条件で。

 そして2月1日、私の66回目の誕生日から引越に向けての作業に入った。ゴミとの格闘。埃まみれになって家の掃除。畳をはがし、床をフローリングに張り替え、風呂場を作り、ペンキを塗ったり壁紙を貼ったり、そしてシステムキッチンの取り付けから電気の配線まで全てを家族3人(時々友人や生徒有志が助けてに来てくれ)で頑張ってきた!!

 そしてこの家もあと1週間。娘が3歳になってスグに越してきたのだけれど,沢山の想い出を作ってくれた家と庭。一面の芝生は手入れが大変だったけれど、ガーデンパーティー、コンサート、娘は友達とキャンプ等々。四季折々に咲く花もいろいろで楽しい庭だった。
 さて引っ越し先ではどんな想い出を作っていけるだろうか。


 3月21日(木)
 49日目、引越まであと2日。なんとかこれで生活が出来るだろうと言うところまで来た。まだまだ中途半端なままだが、後は引越してから手を入れることにしよう。

 風呂場の洗い場を畑から取り立ての石ころを使って仕上げる。風呂釜、風呂桶一式は予算をはるかにオーバーしてしまったけれど、洗い場は1万円くらいの材料費で出来た。多分水が溜まってしまったりと問題も出てくるだろうが、何となく温泉の風呂場みたいな感じになる。娘の部屋はカミさんが苦労して壁紙を貼り、ロッジふうの明るいなかなか素敵な部屋に仕上がった。

 さて明後日の引越、シーズンのせいで業者はネットで何軒か見積もり依頼したのに一軒も返事無し。覚悟を決めてレンタカーを借りて自分たちでやることにする。生徒達が何人か手伝いに来てくれるというので一安心。多分1日では終わらないだろうが、月末まで今までの家を借りているので何とかなるか。

 3月23日(土)
予定通り引越したが、前の家には積み残しの荷物がまだ一杯残したまま、さあどうなる事やら。
 リフォームもまだまだやらなくてはいけないことが一杯。ガウディーの建築ではないけれど、いつまで経っても完成はない、ということだ。
 それにしても古い民家は今の家と違って、材料に会わせて床やら柱やらを組んでいる。曲がった柱はその曲がりを生かし、木の反りに会わせて床や壁を張ってあるのだ。
 凄い仕事で感心するのだけれど、リフォームする身にはこれが大変な障害に。何しろいちいち寸法を測って合わせていかなくては、床も壁もぴったり合わないのだ。材料を合わせては切り、また合わせ直しては切り直す。何回もああだこうだとやって漸く何とか様になる。何だ、これはマイムの作品を創るのと一緒ではないか。そう思うと面白くなってくる。

 さて明後日から神戸と大阪で公演。この約2ヶ月、リフォーム作業に熱中してマイムからすっかり離れていた。作業をなんとか仕上げなくてはとマイムの稽古どころではなかった。なんていうと観に来て下さる方に申し訳ないのだが、事実だから仕方なし。作品をちゃんと演じられるか、身体はしっかり動くだろうか、しかも新作をやると宣言もしてしまった。ええい、不安になるがやるっきゃあないだろう。

 3月27日(水)
 大阪は楽しかった…特に心に残ったのがうどん屋さん。恵美須町からチンチン電車(阪堺線)に乗り、西成区の聖天坂駅からすぐにある下町のどこにでもあるような店。

 大阪初日の一昨日、来年に予定している公演の打ち合わせで、F・伝三さん、北京一さん,それに製作を担当してくれるKさんと合う。打ち合わせ後、北さんのお薦めで今はもう食べられない大阪の味が残っているといううどん屋にいったのだ。大阪と言えばうどんだろうと、迷わずうどんを頼む。私は「志っぽく」。東京にはこのメニューはないので何かと思われるでしょうが、東京では「おかめ」というのです。関西風の色の薄い出し汁でいい味だった。

 「春日」というこの店は、過日亡くなった桑名正博さんの実家のすぐ近所だそうで、桑名さんは良くこのお店の中華蕎麦を食べに来ていたそう。
 で、葬儀の日のパレードは、一番最初にこのお店の前に立ち寄ってからスタートしたのだそうだ。良い話だなあ。

 さて、最初にいった時はてっきりうどん屋だと思っていたのだけれど、店を出て振り返ったら暖簾に「蕎麦春日」と書かれているではないか。「おばちゃん、うどん屋さんじゃあないの?」と聞けば「うちは蕎麦屋なのよ」と言う答え。そう言えば志っぽくを食べたとき、隣の席の人が美味しそうにざるそばを食べていたっけ。こりゃあ何としても蕎麦を食べにこないと、ということで今朝、チンチン電車に乗って食べに行った。11時前、まだ暖簾が出ていなかったけれど戸を開けたら,「良いよ、良いよ」と招き入れてくれ、ざる蕎麦を注文。食べる前に写真をと思っていたのだけれど、気付いたときはもうザルが空っぽであった。麺はうどんも蕎麦も、中華蕎麦も、全て手打ちなのだそう。腰があって美味しい蕎麦だった。

 で、昔はうどん屋で風邪薬も売っていたそうだ。「春日」の調理場入り口の柱に「うどんや風一夜薬」と書かれた赤い看板に目が留まりおばちゃんに尋ると、昔はうどん屋で薬も売っていたという話。戦後、薬事法が出来てからはうどん屋では売る事が出来なくなってしまったのだそう。「熱いうどんを食べて身体を温め、この薬を飲めば風邪などすぐに治る」,今も薬屋で売られているこの薬の箱にはこう書かれてある。
 土産にこの薬一包と、生姜湯の素一包を貰って帰る。
 いつも感じるのだけれど、大阪は人の心が温かい。何か声を掛ければ数倍になって返ってくる。楽しい三日間だった。次ぎに大阪に行く時には「中華蕎麦」にしよう。

 ちょっと待て!大阪に何をしに行ったのだ。マイムの舞台は無事に終えた。リフォーム作業の疲れもあって身体はフラフラ、心はメロメロ。しかも当日は午前中は神戸でウィマンズクラブの例会で約1時間マイムを観て貰い、午後から大阪に移動して夜の公演に向けて仕込み、稽古、そして本番。しかも本番前の約1時間ラジオのインタビューも受ける。
正直なところ夜の舞台直前はもう身体がぐったりで、これはやばいぞ、最後まで持たないかも知れないと本気で思ったのだけれど、不思議や不思議摩訶不思議。
これぞマイムの力。なんと本番が始まり作品を演じるにつれてエネルギーが満ちてくるのだ。不安で一杯だった新作は、作品の核を決めていただけで即興だったが、これが自分としても気持ち良くできて、終わった後の反応も良くて一安心。やはり自分はマイムをやっていると楽しくて元気が出てくる。
客席には友人知人が多数観に来てくれて、終演後の懇親会も盛況のうちに終え、リフレッシュさせて貰った3日間だった。

3月31日(日)
今日で完全に引越終了!のつもりだったのだけれど…。
いやはやなんともはやあなはずかしのあらかしこ…。

 リフォーム作業に夢中になって引越準備を全くしなかったツケか。引越が終わらない!!!前の家にはまだ荷物が散乱、庭も手つかず、掃除も全く出来ずで、こりゃぁもう1週間かかりそう。不動産屋さんが許してくれるだろうか。明日頼もう、ったって荷物が残っていてはダメって言えないよね、きっと。
やれやれ,ちょいと草臥れたが、もう一踏ん張りだぁ~!

こりゃぁやっぱりマイムと一緒だ。公演日が迫るというのに作品が出来ていない。準備も進んでいない。何だか自分の人生のほとんどはこうして尻に火が付いた状態で来てしまった。悪いことに、なれてくると火がついていても暑く感じなくなってしまうのだ。

4月1日(月)
 延命、というのは違うかも知れないけれど、引越は今日明日には到底終わらすことが出来ないと観念し、1週間、前の家の契約を延ばして貰う。ヤレヤレ。

そうと決まったらちょいと拍子抜け、これでまだまだ時間はあるぞ!と安心してはダメだぞ、と自分に言い聞かせてみるのだが、ついついホッとしてしまう。今週いっぱいは残った荷物(と言ってもほとんどがゴミ)と前の家の片付けだ。

早く公演に向けて準備もしないといけないのに何も出来ていない。今年の「KAMEN」は昼夜2回公演だというのに。
チラシは出来たけれど、チケットはまだ。DMも何時送れるやら。

 さて多分今回が最後の昼夜2回公演。何しろ記念の30周年、早く身辺を落ち着けて気合いを入れ直さねば。

4月3日(水)
荷物が出て行く部屋は軽くなって声が良く響く。
荷物が入ってくる部屋は重くなって声がしっとり沈んでくる。
いよいよ最終便まで秒読み状態、あと3回運べば終わりかな。
明日はガレージを解体して運び、庭の木や花たちを移したらお終い。漸く大イベントの第一幕が終了になる。ホッとするような寂しいような。

それにしても前の家のご近所は温かな人ばかりだった。こんなご時世に隣組の皆さんから餞別まで頂いてしまうとは。嬉しい事だ。
まだまだ人情が一杯の青梅、引越し先もまた気持ちの良い人ばかりだった…。「家」との別れもだが、ご近所の方々との別れが何よりも寂しい。

 4月7日(日)
 延長して貰った前の家の明け渡し期限の今日、全ての荷物を運び出し、草木も移し、掃除も済ませ、お陰様でやっと引越が完了!!
 「立つ鳥跡を濁さず」入ったときよりきれいにして出て行きたいと思うのだ。でも10年の年月は家も歳を取った訳で、土壁が落ちてしまったり、外壁がめくれていたり、あちらこちらに傷みも増えている。私が入ったときで築60年?だったか、もう70年になるのだから仕方ないよな。娘の成長に合わせて付けた柱の傷、これはそっとそのままにしてきた。
 家には住んだ人々の記憶が染みこみ風合いが増していくのだろうか。

 さてさて、この家には楽しい想い出が一杯。今までに住んだ家では最高だったかなあ。芝生の庭は手入れが大変だったけれど、季節毎に咲く色とりどりの花、春は蕗や茗荷や山椒を楽しみ、蜜柑、キンカン、柿、ザクロ、梅などの実がなるのも嬉しかった。

 いま、庭は花盛り。ニラ花、ムスカリ、タンポポが入り乱れて咲き誇り、椿や水仙、チューリップに洋梨の花も咲いている。この庭の四季と別れるのはいざとなるとチョイと寂しい。 家には「さようなら、長い間有り難う!」と話しかけて出てきた。

 さあ、これから新しい家で新しい楽しみが始まる。その前にまだまだ手直しや荷物整理の試練がまっているが。

 清水きよし
コメント
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