子どものころ、バスで通るたびに気になっていた小さな洋館があった。
私の家から、バスで30分ぐらい乗ったあたりにある隣町(現在は合併で同じ町内だが)だ。
それは、その後、私が中学生になっても、高校生になっても、そこをバスで通るたび、私は必ずその家に目をやった。
「どんな人が住んでいるんだろう?」
と、いつも考えていた。
あれから、ずいぶん歳月が流れた・・・。
私が大人になり、自分で車を運転するようになり、それでも、必ず視界に入ってくるその不思議な家は、住む人のいないことを示すように朽ちていった。
今年になって、父と一緒に車の中から、いつもと同じようにその家が私の視界に入った。
「あの家、子どものころから気になっていたの。どんな人が住んでいるのかなァって。洋風だったんで、何だか特別な憧れみたいな気持もあって・・・。あんな姿になって、それでも取り壊されないで、何だか寂しいなァ」
父が言った。
「戦後、まもなく建ったように思うな。外国の人だったけど、すぐに誰も住まなくなったようだったぞ」と。
ということは、誰も住んでいなかった家を見て、私はいつもひとり自分の空想だけを膨らませていたのだった。
でも・・・
朽ち落ちた家は、あまりに寂しい姿だけれど、父の話を聞いてからもこの家を見るたび、
「どんな人が住んでいたのだろう」と私の想像は膨らむ・・・。
55年目ぐらいになるだろうか・・・。
今日、初めて、車を止めて、父との会話を思い出しながら、
私は、今は半分になってしまった思い出の洋館をカメラに収めた・・・。
私の家から、バスで30分ぐらい乗ったあたりにある隣町(現在は合併で同じ町内だが)だ。
それは、その後、私が中学生になっても、高校生になっても、そこをバスで通るたび、私は必ずその家に目をやった。
「どんな人が住んでいるんだろう?」
と、いつも考えていた。
あれから、ずいぶん歳月が流れた・・・。
私が大人になり、自分で車を運転するようになり、それでも、必ず視界に入ってくるその不思議な家は、住む人のいないことを示すように朽ちていった。
今年になって、父と一緒に車の中から、いつもと同じようにその家が私の視界に入った。
「あの家、子どものころから気になっていたの。どんな人が住んでいるのかなァって。洋風だったんで、何だか特別な憧れみたいな気持もあって・・・。あんな姿になって、それでも取り壊されないで、何だか寂しいなァ」
父が言った。
「戦後、まもなく建ったように思うな。外国の人だったけど、すぐに誰も住まなくなったようだったぞ」と。
ということは、誰も住んでいなかった家を見て、私はいつもひとり自分の空想だけを膨らませていたのだった。
でも・・・
朽ち落ちた家は、あまりに寂しい姿だけれど、父の話を聞いてからもこの家を見るたび、
「どんな人が住んでいたのだろう」と私の想像は膨らむ・・・。
55年目ぐらいになるだろうか・・・。
今日、初めて、車を止めて、父との会話を思い出しながら、
私は、今は半分になってしまった思い出の洋館をカメラに収めた・・・。