トランプ大統領が韓国を大嫌いな理由
11/5(火) 6:00配信
JBpress
トランプ大統領が韓国を大嫌いな理由
2017年7月20日、米国防総省で開かれたトランプ大統領とマティス国防長官(右から3人目)ら国防・外交最高幹部との会議
■ 金正恩は好き、文在寅は嫌い
ドナルド・トランプ米大統領はことあるごとに「金正恩(朝鮮労働党委員長)が好きだ」とツィートしてきた。
それに反して金委員長との間を取り持ってくれた「文在寅大統領の韓国」については好きだとも嫌いだとも言ったことがない。なぜか。
文在寅氏が北朝鮮の非核化よりも南北朝鮮統一を視野に入れた民族の融和を優先しようとする「コリア第一主義」に対する苛立ちからくるのか。
あるいは文在寅政権を含む歴代韓国政府がどうも面従腹背的な対米姿勢をとってきたことへの抜き差し難い不信感があるのか。
朝鮮戦争以降、韓国を共産主義の侵略から守るという名目で米国が兵力とカネをつぎ込んできた米韓軍事同盟の「片務性」に対する不満からくるのか。
これまで日米韓の外交専門家たちは、その要因を突き止めようとしてきた。しかし、理由はこれだ、という確固たる証拠は出ていない。
前述の3つすべてからトランプ大統領は韓国が嫌いなのだ、といった漠然とした見方しかなかった。
大統領の「生の声」がなかったからだ。
■ 著者は厚木経験のトップガン
ところが、トランプ大統領がなぜ韓国が嫌いなのか、それを示す政権内部での「生の声」が10月に出た新著で明らかになった。
著者は厚木米軍基地で勤務した*1
ことのあるガイ・M・スノドグラス退役海軍中佐(43)。海軍では最新鋭戦闘機のパイロット、いわゆるトップガン。 スノドグラス氏は、テキサス州出身。米海軍士官学校を優等卒業したのち名門MIT(マサチューセッツ工科大学)大学院で核戦略を学んだ。
まさに文武両道を極めた米海軍屈指の逸材だった。
*1=厚木米軍基地には2回常駐し、1回は打撃戦闘機飛行中隊教官として、2回目は米軍と航空自衛隊飛行中隊との戦術レベル合同訓練計画「ベンキョウカイ・イニシアティブ」司令官を務めている。
本書のタイトルは、『Holding the Line: Inside Trump's Pentagon with Secretary Mattis』(後ろには退かない:マティス国防長官と共にしたトランプ政権のペンタゴンの内幕)
著者は今年1月まで国防長官の任にあったジェームズ・マティス退役海兵隊大将のスピーチライターだった。
マティス長官が行くところ常にに同行、むろん大統領との会談はもとより各国の首脳や国防相らとの会談にも同席してきた。
マティス長官と同じ目線でトランプ政権の国防・外交を観察してきた。
ものを知らぬトランプ大統領を「教育」せねば、国益は守れないという強い信念を抱いてた、という点ではマティス元国防長官もジェームズ・ティラーソン元国務長官も同じだった。
著者が米海軍を辞めてまで本書を書こうとしたのは、「何をしでかすか分からないトランプ大統領の暴走を止めねば国益は守れない」という軍人として、一市民としての矜持だった。
ただ、マティス氏やペンタゴン上層部も本書の出版には最後まで反対していたという。
トランプ政権で国防・外交政策はどのように立案されているのか、大統領はどう関わり合いを持っているのか。
その政策立案過程を国民に知らさねばならない。強い信念は変わらなかった。
軍事機密保持の観点から国防総省は検閲、特定箇所の削除要求をしてきた。そうした制約があったにもかかわらず、本書にはトランプ大統領の国防・外交の歪みや誤りが鋭く指摘されている。
伝聞や憶測ではない「ファーストハンド情報」(自らが直接見聞きした)が335ページに散りばめられている。
今回は冒頭に取り上げたトランプ大統領の対韓国スタンスについて絞って取り上げたい。そこから透けて見えるトランプ氏の対日認識についても触れたいと思う。
■ 同盟関係の意義を説くマティス長官を一蹴
2017年7月20日、トランプ氏が大統領就任後初めて国防総省を訪れることになっていた。
その直前、マティス国防長官、レックス・ティラーソン国務長官、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長らトランプ政権の外交・安保政策立案・実施の最高幹部が国務省に集まった。
大統領向けの質疑応答要領を作成するための意見交換だった。
ティラーソン長官はこう切り出した。
「大統領は、ホワイトハウス高官たちに米国と他の国の関係を経済効率性から評価する12項目の指標を作成させている」
「(この指標を見る限り)大統領の目には韓国(の防衛上の経済効率)が最悪のように映ったようだった」
この時点でティラーソン長官はじめマティス長官や制服組最高幹部は大統領が韓国に対して厳しい認識を持っていることを「共有」した。
大統領の初のペンタゴン訪問の日がやって来た。大統領と国務・国防・軍の最高幹部との会議が始まった。
マティス長官がまず、「米国の海外駐留は米国にとってグッド・ディール(それなりの利益)を得ていると言えます」と説明した。
ビジネスマンのトランプ氏がよく使う「ディール」(取引)という言葉を使って経済的効率性から見てそれほど悪いものではないことを強調しようとしたのだろう。
著者はその場面をこう描写している。
「これを聞いた大統領は顔をしかめ、デスクの上に置いてある文書をいじりながら長官には目をやらずに部屋を見回すしぐさを見せた」
「壁のスクリーンには韓国や日本など太平洋の同盟国に駐留する米軍を示すスライドが映し出されていた。大統領をそれを見ながらこう言い放った」
「『韓国は米国につけ込む一番の悪たれ者(Major abuser)だ。中国と韓国・・・奴らは右と左から我々を食いものにしてきたんだ(They both rip us off left and right)』」
「マティス長官と我々は大統領にグローバルな関係がいかに重要かを示すためにスライドを用意した。大統領はそれに目をやりながら続けた」
「『このスライドを見て頭に浮かぶこと。それは金がかかりすぎるということだ。この部屋の外にいる人たち(米国民を指している)がこれを見たら意気消沈するに違いない』」
「『こいつら(米国を食いものにしている国)にジャブを出したくなるね。私は中国と貿易戦争をする用意ができているんだ』」
「ティラーソン長官は、話を戻そうとして、こう言った」
「『大統領閣下、米国はこれらの国々に大使館を置き、兵力を駐留させることで計り知れない価値を得ています。同盟国に対する影響力を確保しています』」
「『それによって第三国との対立が一触即発になる前に回避することができるのです』。トランプ大統領はティラーソン長官の発言を遮ってこう言った」
「『レックス(ティラーソンのファーストネーム)、そんなことは問題じゃない。我々は1兆ドルをイラクとアフガニスタン(での戦争)のために使っているんだ』」
「『我々はこうした地域から撤退すべきだ。我々は巨額のカネを使いながらその見返りなんかないんだ! (こんなことをいつまでもしていると)我々はかの地を去る前に(破壊されたイラク北部の都市)モスルを再建設せねばならなくなるかもしれない』」
■ 「グアム移転費用は誰が出すんだ」
トランプ大統領の不満は日本にも向けられる。著者はこう記している。
「マティス長官はスライドを使いながら主要同盟国に駐在する米軍兵力について一つひとつ細かく説明を続けた」
「マティス長官が日本や韓国に駐留する米軍部隊を示すスライドを示し、沖縄駐留の米軍がグアムに移転することを説明したその瞬間、大統領は激しく反応した」
「『移転費用以外のカネは誰が出すんだ』」
「大統領は苛ついていた。沈黙が流れた。『(同盟国との間に結んでいる)通商協定は犯罪だ。米国は日本と韓国につけ入るスキを与えているんだ』」
「トランプ氏の頭の中には米韓相互防衛条約も日米安保条約も『片務的』であり、米国ばかりが持ち出しの『不平等条約』だという考えがこびりついて離れないのだった」
「ゲリー・コーン国家経済会議(NEC)議長(前ゴールドマンサックスCEO)が経済的側面から同盟国との関係を説明した。大統領はこうコメントした」
「『勉強になった。ありがとう。これなんだな。何年も経つうちに巨大なモンスターが出現してしまったんだ』」
「『日本・・ドイツ・・・そして韓国。これら同盟国は、今日論議している(米国の国防費がなぜこんなにかかるのかという)議案の(一番カネがかかっている)張本人なんだな』」
「誰がどう説明してもトランプ大統領にとっては同盟関係はソロバン勘定でしか考えられないシロモノなのだ。米国という国家が第2次大戦後、イニシアティブをとって築き上げてきた同盟関係が米国の国益にいかに重要かという外交論は糠にクギだった」
■ 出撃費用1億ドルを韓国に要求
米韓関係がかってなかったほどギクシャクしている。その理由の一つが駐韓米軍駐留費分担をめぐる防衛費分担金協定(SMA)交渉だ。
9月、10月と断続的に行われているのだが、米側は50億ドルを要求している。中でも韓国が反発しているのは、50億ドルの中には「戦略資産展開費」(Strategic Asset Develpoment Costs)として1億ドル強が含まれている点だ。
戦略資産とは、米軍の長距離爆撃機、原潜、空母を指している。
米国は、北朝鮮の核ミサイル実験に対抗してグアムから核兵器搭載のB-1B戦略爆撃機を出動させ、空母を朝鮮半島周辺に展開させてきた。昨年を基準にして2019年は韓国防衛のため5回から6回出撃したとしている。
韓国メディアによると、B-1B戦略爆撃機を朝鮮半島に展開させるためにかかる費用は1回の出撃あたり13億ウォン(115万ドル)。年間5回出撃したとして総額は67億ウォン(575万ドル)。
それにかかった費用のほか原潜、空母の出撃費用として1億ドルと算出している(昨年は3000万ドルを要求していた)。
韓国側の言い分は、「米国は戦略資産を北朝鮮を相手にする韓国防衛任務だけではなく、東アジアにおける中ロけん制任務にも使っている。その費用を韓国にすべて押しつけるのはおかしい」(中央日報)というものだ。
日本や台湾、フィリピンにも分担させろというわけだ。
本書には、韓国がどのくらい分担費を出せばトランプ大統領が満足するか、が出てくる。
「トランプ大統領は、米兵が戦死するたびに、あるいは海外での戦争の戦費に何兆ドルも使うたびに米国はその見返りとしていくら儲かるかを知りたがっていた」
「(マティス長官が韓国防衛の必要性を説いたのに対して)『それは儲けのない損な取引(Losing deal)だ。もし(韓国が)米軍駐留を望むなら年間600億ドル程度出せば、それはオーケーな取引(OK deal)だよ』」
「『(韓国との)通商交渉をやっている連中は愚かだよ。もっとまともな交渉をしなくちゃだめだ・・・』」
「『もっと中国のやり方を見習わなきゃ。アフガニスタンに侵入したらそこにある富をみんなかっさらってくるくらいの覚悟がなきゃだめだ』」
何の脈絡もなく次から次へと話題を変え、思いついたことを口にするトランプ大統領に会議に出席している政府高官たちが辟易している情景が行間には滲み出ている。
■ 「トランプは韓国に個人的遺恨がある」 朝鮮日報社説
本書に出てくるトランプ大統領の韓国に対する一連の発言は韓国内にもいち早く伝えられた。
保守系『朝鮮日報』は10月31日、社説でこう指摘している。
「トランプ大統領が就任直後から『韓国は米国につけ込む一番の悪たれ者』と言い張っていることが今度出た本で明らかになった」
「トランプ氏はなぜ韓国をこれほどやり玉に挙げているのか、クリアではない。彼自身、韓国は最も近い同盟国の一つだと言っているにもかかわらず、なぜ韓国に対して個人的遺恨を持っているのか分からない」
(http://english.chosun.com/site/data/html_dir/2019/10/31/2019103101554.html)
米韓関係に携わってきた元米政府高官の一人は筆者にこうコメントしている。
「トランプ氏が文在寅氏に『個人的な遺恨』があるとは思えない。第一、トランプ氏は文在寅氏の政治理念とか政策や経歴などについては一切知らないはずだ」
「その意味では『朝鮮日報』社説を書いた筆者の疑問も分からないではない。ホテル不動産業をやっている時に韓国人から冷たくされた記憶でもあるのか、どうか」
「唯一つ言えることはトランプ氏は1980年代に米国で流行った日本や韓国の『防衛ただ乗り論』をいまだに捨て切っていないという点だ」
「日韓はともに米国に守ってもらっているくせに自国製品を集中的に対米輸出し米国の生産者を苦しめている。恩を仇で返している。そんな1980年代の旧態依然の考えを抱いているのだ」
■ 在日米軍駐留費に飛び火も
こうしたトランプ氏の古い現状認識は韓国だけに対してだけのものではない。日本人も肝に銘じておく必要がある。
今年3月、ブルムバーグ通信は「米国が日本に駐留経費分担75億ドルを要求する」といった話を流したことがあるからだ。
その後半年以上経過するが、日米でニュースになったことはない。
安倍晋三首相とトランプ大統領との緊密な友人関係が役立っているのか。だからトランプ氏は日本には法外な要求はしなくなっているという説もある。
楽観論に終始する日本政府関係者の一人は筆者にこう囁く。
「もし仮にトランプ大統領が対日防衛分担増額を要求するなどと今ツイートしたらどうなるか。日米間で合意したばかりの日米新貿易協定の批准を審議する国会はストップしてしまう」
「同協定はトランプ氏にとって2020年大統領選での再選を目指すために有権者にアピールしたい成果。特に南部、中西部の農民層がこの協定で恩恵を受けると言われている。この層はトランプ氏にとっての支持基盤だ」
「日本が同協定を批准できなくなれば、絵に描いた餅で終わってしまう。そんな馬鹿なことはしないだろう」
それでも日本政府部内にはドナルド・トランプという人物が尋常ではないことへの懸念がある。
米議会での弾劾の動きが強まれば強まるほどトランプ氏が世論の目を外に向ける可能性は十分にある。
スタンフォード大学で外交政策を教えるダニエル・スナイダー氏は韓国、日本に対して、米軍駐留経費分担額の大幅増強を持ち出すことは十分あり得ると見ている。
(https://toyokeizai.net/articles/-/310759)
こう見てくると、前述の米韓防衛分担金協定交渉で米側が強硬な姿勢を見せている背景にはトランプ大統領自らの厳命があることは想像に難くない。
すでに同盟関係の重要性を強調してきたティラーソン氏やマティス氏は政権を去っている今、トランプ氏の厳命に反論できるような人物は政権内にはいない。
高濱 賛