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35/28℃
暑さは引き続き暑く家の寒暖計は既に30℃甲子園は星稜高校(石川)5ー12鳴門(徳島)の対戦で朝からわいていたがゴジラの星稜は大敗し甲子園を去った。 今日から盆休みとなり街中はお盆ムードとなっている。 昨年逝った次兄や義兄は初盂蘭盆をむかえる。 新発田城周辺の観光を終えて義兄のお盆前の1周忌の会場へ着いたが参列者次々と寺の式場へ到着した。
お墓も立派な墓が建てられ、周忌法要は1時間ほどで終り精進明けし、精進上げ会場に移動した。
精進上げの席で会わせる顔は一部を除いて殆んど覚えが無いがお互い歳を重ねて名乗られて思い出す。 宴席も2時間程で終わり16時過ぎに新潟飛行場に向かった。
搭乗する機種(上画像)はプロペラ機で伊丹空港までの所要時間を訊ねるとジェット機とほゞ変わりなく105分で10数分遅いだけだそうで、プロペラ機乗るのは初フライトで定刻の18:40に離陸した。
座席はプロペラエンジンのすぐ前だったが音はジェット機よりも多少、音や振動があるが特に気にならず、夕暮れの景色も見やすい。 機長のアナウンスはフライトコースは松本上空で伊勢湾に向け飛行し大阪湾で降下体制に入り予定時に着陸で伊丹空港の気温30℃アナウンスされた。 この日は気温は新潟と4~5℃高いようだ。
飛行コースは暗くて何処の上空か判別がつかないが、その夜は神戸メリケンパークで花火が打ち上げられているので添乗員さんに訊ねると「大阪湾で降下体制に入るので若しかしたら観ることが出来るかも知れません」とのことで、気を張って見つめていたら神戸港方面で豆粒ほどの大花火が見えたので写真を撮ったつもりだが何も映っていなかった。 夜景の写真は不得手で、ご覧のようにピンボケの画像ばかりである。 伊丹空港で夕食弁当を買い、シャトルバスで三宮へ着いたのが9時ころだったが新幹線が無い年寄りの長距離の旅は飛行機にかぎる。
でも大勢の人が、よく集まりましたね、お食事をlしながら、義兄様を偲ばれたことでしょう。
よく行てらしやいましたね。奥様もさぞお喜びに成られた事でしょう。
本当に良かったです。
大阪上空の夜景写真も綺麗です。
私、高いところ苦手ですので飛行機も数回しか乗ったことありません。でも、写真を見る分には問題ありません。
コメント
半世紀も経つと街の様子も様変わりです。
友の数も少なくなり、川も河川工事で変わり、変わらないないのは山、と城ぐらいでしょうか
「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの・・・」(室生 犀星)でしょうか
昨年、正月に上海へ飛行機旅行で、飛行機はもうあまり縁が無いと思っていましたが10月に次姉の義兄の一周忌で飛行機の利用となるよです。
それにしても、田中角栄の日本列島大改造の「日本海縦断新幹線構想、大阪⇔青森(札幌)」は早くても50~100年先で現高齢者世代は「夢のまた夢」で夢を抱えて逝くことでしょう。