面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「リヴァイアサン」

2014年10月11日 | 映画
マサチューセッツ州ニューベッドフォード。
かつて世界最大の捕鯨基地として賑わい、文豪ハーマン・メルヴィルの『白鯨』がインスパイアされたという港町から出航した巨大な底引網漁船アテーナ号。
積み込まれた11台の超小型カメラが、様々な角度・視点で底引網漁を追う。


ハーバード大学の人類学者で、映像作家でもある共同監督の二人、ルーシァン・キャステーヌ=テイラーとヴェレナ・パラヴェルは、最新の小型カメラを駆使して、我々が見たことのない映像をスクリーンに映し出す。

巨大な底引網によって海中から引き揚げられ、甲板でもがく魚のアップ。
魚を黙々とさばいていく漁師たちの作業風景。
切り落とされて無造作に転がる魚の頭。
その頭を狙って舞い降りてくるカモメ。

人間と海棲生物との関わり、淡々とした生と死の営み。
我々の日常とは明らかに異なる異質な世界が、濃厚な空気を伴って観客に迫ってくる。

そして船体から海に向かって突き出されて設定されたであろうカメラが、波に飲まれて海中に潜り、再び海上に出たかと思うと再び海中に沈み、また海上に浮かび上がり、まるで波間を泳ぐ生き物の目線の如き映像を映し出す。
それはあたかもアテーナ号の目線であるかのような感覚を引き起こし、アテーナ号が映画のタイトルそのままに「リヴァイアサン」(旧約聖書に登場する海の怪物)となって波間を漂っているかのようだ。


人間のセリフは一切ない。
船のエンジン音や網を引き揚げるクレーンの軋む音、浪にもまれてブクブクと泡が沸き立つ音など、自然な音だけが聞こえてくる。
漁師がしゃべる声が聞こえるようだが、何を話しているか聞き取れず、それもまた“ただの物音”に過ぎない存在となる。
そしてその“自然の音”が迫力の映像と相まって、我々の五感をチクチクと刺激する。


摩訶不思議な映像体験は、日常から隔離された真っ暗な劇場でこそ堪能できるもの。
文化の秋に相応しく、リヴァイアサンを追う海王神・ネプチューンの疑似体験を楽しんでみるのも一興。


リヴァイアサン
2012年/アメリカ、フランス、イギリス
監督・プロデューサー・撮影・編集:ルーシァン・キャステーヌ=テイラー、ヴェレナ・パラヴェル

「イン・ザ・ヒーロー」

2014年09月16日 | 映画
下落合ヒーローアクションクラブの代表・本城渉(唐沢寿明)は、ヒーローや怪獣などのスーツや着ぐるみを着てアクションを演じる、スーツアクターを続けること25年。
撮影所では人望も厚く、業界ではアクション俳優の第一人者として有名人だが、世間一般には知られていない。
長年の激しいアクションで満身創痍。
痛めた首は、ドクターストップがかかるほど“重傷”なのだが、それでもいつの日か顔を出して出演し、キャストの一人として名前を連ねることを夢見て、撮影にヒーローショーにと、仲間と共に汗を流す日々を送っていた。

そんなある日、戦隊ヒーローの劇場版作品に、顔を出せる役のオファーが飛び込んできた。
別れて暮らす一人娘や元妻に喜んで報告したが、土壇場で変更になり、若手イケメン俳優として売り出し中の一ノ瀬リョウ(福士蒼汰)に取って代わられ、またしてもスーツアクターとしての出演にとどまる。

がっかりする本城だったが、リョウのマネージャー(小出恵介)から、ハリウッド映画のアクション大作のオーディションを受けるリョウにアクションを教えてやってほしいと頼まれる。
リョウはハリウッド進出を熱望し、国内もののヒーロー映画に出ること自体に不満を抱いていて、ふてくされた態度をとっていた。
互いに嫌々ながら師弟コンビとなった二人だったが、本城はリョウがハリウッド進出に拘る理由を知り、リョウも真のアクション俳優の姿に目覚め、硬く結束していく。

そしてオーディションに合格したリョウは、念願だったハリウッド進出の足掛かりを得て、大作「ラストブレイド」の日本ロケに加わった。
しかし、出演予定の有名アクションスターが、あまりにもアクションが危険過ぎるとして降りてしまう。
脚本を変更して日本ロケ自体を無くしてしまおうとする空気が強まるが、日本側ラインプロデューサーの石橋(加藤雅也)は、代わりを務めることができる“本物のアクション俳優”が日本にいると主張して踏みとどまらせ、本城にオファーするのだった。

思いもよらぬハリウッドからのオファーに喜ぶ本城だったが、あまりにも危険過ぎるスタントに周囲は猛反対。
しかし本城は言う。
「俺がやらなきゃよ、誰も信じなくなるぜ。アクションには夢があるってことを。」

かくして本城は、ワイヤーやCGも無く、8.5mの高さから落下し、身体を炎に包まれながら100人の忍者を斬るという、前代未聞の命を賭けたアクションに挑む……


肉体を酷使し、通常のアクションには無いような特殊技能を必要とするスーツアクター。
彼らは表舞台に立つことはないが、特撮やアクションものの映画・ドラマに欠かせない存在である。
そんなスーツアクターにスポットを当て、その熱い生きざまを描く。

主演の唐沢寿明は若い頃、東映アクションクラブに所属して、実際にスーツアクターを演じていた。
今では、顔出しはもちろん、アクションの無い役で主演も張る人気俳優として確固たる地位を築いているが、今回のオファーを受けて身体を鍛え直し、本格的なアクションの練習を積んだという。
自身の自伝的要素もあるからかもしれないが、この役にかける思いが伝わってくる好演に、スクリーンの中へのめり込んで観ていた。
実際に8.5mのセットから落下し、身体に炎を燃え移らせながら100人の忍者を倒していくクライマックスシーンは圧巻。
張り詰めた空気を漂わせて衣装部屋で白い忍者装束に身を包み、応援に駆けつけてくれた仲間や、いつも目をかけてくれている大俳優を従えてセットに入ってくるクライマックスの冒頭場面のカッコ良さには胸が熱くなった。

“仮面ライダー出身”である福士蒼汰のアクションも堂に入ってるが、撮影当初はその身のこなしが唐沢から見ればまだまだ未熟だったようで、実際にアクションや殺陣を教え込んだという。
唐沢寿明や寺島進のスーツアクターとしての経験と併せて、物語と現実とが絶妙にリンクすることで、生き生きとして真に迫った仕上がりになっている。

“その他大勢”の斬られ役を長年に渡って演じ、映ハリウッド大作「ラストサムライ」のオファーを受けて大きくクローズアップされ、今や主演作もある俳優となった福本清三氏のこともダブって見える本作。
“平成の蒲田行進曲”的な、一途で熱い男の熱い生きざまに胸が熱くなる、ヒューマンドラマの快作!


イン・ザ・ヒーロー
2014年/日本  監督:武正晴、アクション監督:柴原孝典
出演:唐沢寿明、福士蒼汰、黒谷友香、寺島進、日向丈、小出恵介、加藤雅也、及川光博、和久井映見、杉咲花、松方弘樹

「超高速!参勤交代」

2014年08月12日 | 映画
享保20年。
磐城国の湯長谷藩は、江戸詰を終えて帰国したのつかの間、再び幕府より参勤交代を命じられる。
それも5日以内に参勤せよとの通達に、家老の相馬兼嗣(西村雅彦)をはじめとする家臣団は騒然となる。
江戸までの行程は、通常8日はかかる。
今すぐ再び旅支度を整えて向かったとしても、とても間に合わない。
のみならず、帰国したばかりの今、1万5000石に過ぎない小藩には、数年前の大飢饉の影響もあって蓄えも無く、参勤のための費用も枯渇している。
到底叶えられるわけのない無理難題を押し付けられたのだ。

参勤交代の理由は、湯長谷藩で発見された金山についての報告に虚偽の疑いがあるため釈明せよ、というもの。
この金山に目を付けた老中・松平信祝(陣内孝則)が、無理難題を押し付け、命に背いたとして湯長谷藩を取り潰して金山を我がモノにしようと企んだ陰謀だったのである。
幕府に断固抗議すべしとする者、老中に賂を送って許しを乞うべきと言う者。
藩論が分かれてまとまらないが、藩主・内藤政醇(佐々木蔵之介)は参勤することを決める。

知恵者である相馬に対策を講じさせて段取りを付け、途中の近道に山中を抜けるための道案内役に戸隠流の抜け忍・雲隠段蔵(伊原剛志)を採用し、わずかな家臣と共に江戸に向かって疾走する政醇。
一方、湯長谷藩が参勤すると知った信祝は、配下の隠密を使って阻止しようと動き出す…


8代将軍・徳川吉宗の時代。
湯長谷藩4代目藩主の内藤政醇は、実際に名君の評判も残る実在の大名。
老中の松平信祝も、吉宗の時代に活躍した実在の人物。
湯長谷の地に鉱物資源が産出されたのも事実。
しかし、参勤交代で江戸から帰国したばかりの政醇に、即座に5日以内に参勤せよとの命が下されたのは創作。
いやもしかすると事実かもしれず、全くの創作であるとは言い切れないのは確かではあるが、文献上はどこにも残されておらず、またいくら江戸幕府が強権を発令したとしても、これほどの無理難題を押しつけることは無いと思われるため、創作とすることには無理が無い。
絶妙の配分で虚実とり混ぜて描かれるストーリー展開は、さすが優秀な映画向けの脚本に与えられる城戸賞に輝いただけのことはあって、最後まで観客を飽きさせない。
歴史好きにとっては「んな、アホな!」と思わずツッコミを入れたくなることばかりだが、そんなツッコミを呟く余地が無いほどオモシロい。

物語の展開の面白さを支えるキャストの好演もまた、我々にツッコミを入れる余地を与えない。
領民思いで家臣からの信頼も篤い名君・内藤政醇を、佐々木蔵之介が抜群の存在感で好演。
ある“トラウマ”を抱えた飄々とした大名をコミカルに演じつつ、居合抜きを得意とする剣の達人としての一面を見せる殺陣も見応えがある。
更に、政醇を支える名参謀の相馬を西村雅彦がコミカルに好演、悪辣な老中・信祝を陣内孝則がねちっこくいやらしく演じている。


脚本とキャストが見事なハーモニーを奏でる、エンターテインメントに徹した痛快娯楽時代劇の快作♪


超高速!参勤交代
2014年/日本  監督:本木克英
出演:佐々木蔵之介、深田恭子、伊原剛志、寺脇康文、上地雄輔、知念侑李、柄本時生、六角精児、四代目市川猿之助、石橋蓮司、陣内孝則、西村雅彦

「複製された男」

2014年08月11日 | 映画
大学で歴史の教鞭をとるアダム(ジェイク・ギレンホール)は、同僚が勧めるDVDを見て愕然とする。
自分とそっくりな…いや、同じ顔の男が出演しているではないか。
あまりにも自分と瓜二つなその男が気になったアダムが調べてみると、それはアンソニー(ジェイク・ギレンホール/二役)という俳優だった。

アダムがアンソニーが所属する事務所を探し当てて訪ねると、警備員がアンソニーと間違えて、彼あての郵便物を受け取ることに。
アンソニーの自宅までも知ったアダムは、彼の自宅に電話をかけた。
最初は相手にしなかったアンソニーだが、電話を取り次いだ妻のヘレン(サラ・ガドン)は心に引っ掛かるものを覚えて、アダムが勤める大学へ向かう。
そこで見たものは、夫と全く同じ姿形で、夫と同じ声で話す男だった。
ヘレンから責められるようにアダムのことを問われたアンソニーは、ついに彼と接触することにする。

ホテルの一室で対面した二人は、一目見るなり互いに驚く。
声や姿形、生年月日も同じであるのみならず、事故で負った胸の傷までも同じ。
あまりのことに衝撃を受けたアダムは、逃げるようにしてその場を後にするが、混乱はアンソニーも同様だった。
そしてアダムの日常を探ったアンソニーは、アダムの恋人メアリー(メラニー・ロラン)に惹かれ、妻を混乱させたとしてアダムを恫喝し、アダムのふりをしてメアリーに会わせることを承諾させる。
同一人物のような二人の出逢いは、互いの恋人と妻をも混乱の渦に巻き込んでいくのだった…


自らのコピーのような人間を目の前にしたアダムとアンソニーは、互いに混乱し、互いに自己のアイデンティティーを揺るがされてしまう。
いったい、どちらが“オリジナル”で、どちらが“コピー”なのか?
いったい誰が何の目的で“複製”したのか?
謎が謎を呼んで、アダムとアンソニーだけでなく、見ている我々も混乱をきたしてくる。

そして、度々登場する何かの象徴のような大きな蜘蛛。
そもそも、今スクリーンの中で繰り広げられている物語は、一人の人間が実際に“複製”されてそこに二人が存在しているワケではないのではないか?
即ち実際の出来事ではなく、誰かの「夢の中」に連れて行かれているのではないか??
夢か現(うつつ)か現か夢か。
現実と幻想とが曖昧になる境界線、幽玄の世界に我が身を漂わせることによって楽しむ「能」。
観て考えていくうちに、まるで「能」の“幽玄の世界”へと引き込まれていくかのよう。


脳ミソをぐりぐりマッサージされ、思考の奥底を揺さぶられる、脳髄刺激系ミステリー。


複製された男
2013年/カナダ・スペイン  監督:デニ・ヴィルヌーヴ
出演:ジェイク・ギレンホール、メラニー・ロラン、サラ・ガドン、イザベラ・ロッセリーニ、ジョシュ・ピース、ティム・ポスト、ケダー・ブラウン、ダリル・ディン、ミシャ・ハイステッド、メーガン・メイン、アレクシス・ウイガ

「トランスフォーマー ロストエイジ」

2014年08月08日 | 映画
3年前。
シカゴを舞台に死闘を繰り広げたトランスフォ-マーたちは、人類の味方であるオートボットの勝利で決着がつき、人類は存亡の危機から救われた。
アメリカの巨大企業KSIは、オートボットが倒したディセプティコンの残骸を研究、社長のジョシュア(スタンリー・トゥッチ)はトランスフォーマーの構造を解読し、人工的にトランスフォーマーを作り出すことに成功した。
そしてアメリカ政府はトランスフォーマー達を地球に必要のないエイリアンとみなし、殲滅することを決定。
CIAに特殊部隊を編成し、トランスフォーマーを“指名手配”して、次々と抹殺していった。

ある日、テキサスで機械の修理工場を営む自称「発明家」のケイド・イェーガー(マーク・ウォールバーグ)は、思いもよらぬ発見をする。
解体して売りさばこうと考えて買い取った動かないトラックが、特殊部隊との戦闘によって瀕死の重傷を負い、仮死状態に陥ったオプティマスプライムだったのだ。
しかし、オートボットのリーダーであるオプティマスプライムを懸命に探していたCIAは、その強力な探索網によってオプティマスがケイドのもとにいることを突き止め、出動する。
工場を急襲されたケイドは、咄嗟にオプティマスを匿うが、一人娘のテッサ(ニコラ・ペルツ)を人質に取られてオプティマスを差しだすよう迫られる。
絶体絶命のピンチ。
その時、工場の地下に身を隠していたオプティマスプライムは、ケイド達を守るために立ち上がった…!


人類に裏切られ、瀕死の状態に陥ったオプティマスプライム。
自分の命を救ってくれたケイドへの恩義のみならず、CIAから懸命に自分を守ろうとしたケイドの心に打たれて、
「人間は信頼するに値する」
として、再び人類を守るために立ち上がる姿は、神々しくさえある。
生き残ったオートボット達から呆れられるほどの正義感が感動を呼ぶ!

CIAにおける、特殊部隊設立の裏に隠された陰謀と、巨大企業KSIとの結託。
人工的に作り出されたトランスフォーマーに込められた“思惑”。
宇宙をさまよい、オートボットの命を狙う謎のバウンティハンター。
そして恐竜絶滅の鍵を握る、トランスフォーマーの第三勢力・ダイナボット。
ヒーローモノの王道を行く単純明快な勧善懲悪の物語に様々な要素が重層的に織り込まれ、ジェットコースターの如くストーリーが展開する。
シリーズが進むに連れて加速度的に高度化するトランスフォームの映像は、よりパワーアップして男共のメカニカルな興味を掻き立て、琴線をかき鳴らして、目をスクリーンにくぎ付けにする。


前3作とはキャストも一新。
「テッド」で一躍コメディアンとしてその名を轟かせながら、「ハード・ラッシュ」や「ローン・サバイバー」でアクション俳優としての実力を存分に見せつけ続けるマーク・ウォールバーグを新たに物語の中心に迎えて、ガラリと趣を変えた新たなシリーズが幕を開けた。
今回もメガホンを取るのは、当然(!?)マイケル・ベイ。
本作は、トランスフォーマーを描き続ける彼の、次の展開に対する宣言だ。


鮮やかなトランスフォームの数々を、ダイスクリーンでたっぷりと味わうのが何よりも楽しい、痛快娯楽SFメカニカルアクションムービー!
ハリウッド映画の王道を行く快作!


トランスフォーマー ロストエイジ
2014年/アメリカ  監督 マイケル・ベイ
出演:マーク・ウォールバーグ、スタンリー・トゥッチ、ニコラ・ペルツ、ソフィア・マイルズ、ジャック・レイナー、リー・ビンビン、ケルシー・グラマー、T.J.ミラー、ピーター・カレン、フランク・ウェルカー、渡辺謙、ジョン・ッドマン、ロバート・フォックスワース

「テルマエ・ロマエⅡ」

2014年05月01日 | 映画
時間と空間を超え、古代ローマから現代日本へと“テレポーテーション”することで、斬新なテルマエ(浴場)を次々と建設し、皇帝ハドリアヌス帝(市村正親)から絶大な信頼を寄せられた浴場設計技師のルシウス(阿部寛)。
皇帝が平和路線に舵を切ったことから、戦いのない平和が訪れた一方で、コロッセオにおける闘技会は過激さを増し、人々は多くの血が流されるような戦いに熱狂するようになっていた。
傷ついたグラディエイター達の姿に心を痛めた皇帝は、ルシウスに対して彼らを癒すことができる浴場の建設を指示する。
激しい戦いの末に傷つき、疲れ果てたグラディエイター達を癒すようなテルマエとは、どのようなものがよいのか。
皇帝や大衆の憩いの場としてのテルマエを作ってきたルシウスにとっては難題であった。
実際にコロッセオのテルマエに入浴してみるものの、良いアイデアが浮かばない。
ルシウスが湯船に浸かりながら思い悩んでいたそのとき、再び奇跡が起きる。
またしても彼は、排水口へと吸い込まれたのだっ!

「アァーーっ!」
叫びながら湯の中から飛び出したルシウスの目に飛び込んできたのは、平たい顔をした太った男達。
しかも頭には、何故かズッキーニのようなものを乗せている。
ルシウスはまたしても時空を超えて、日本の浴場へと瞬間移動したのである。
しかもその浴場でくつろいでいたのは、力士の集団。
日本における「グラディエイター」とも言える彼らが、風呂で疲れを癒している場へと飛び込んだのである。
またしても現代日本の浴場からヒントを得ることができたルシウスは、ローマに戻るやいなや画期的なテルマエを建設して傷ついたグラディエイター達を癒すことに成功する。

かくして、風呂を活用した平和の推進を目指すハドリアヌス帝のルシウスに対する信頼は絶大なものとなり、新たに皇帝から、今で言うところのテーマパークのような一大温泉リゾートの建設を命じられる。
またも頭を悩ませたルシウスは、またも湯船の中で考え込んでいるうちに排水口へと吸い込まれ、現代日本の温泉施設へと飛び出すと、たまたま取材に来ていた、今は風呂専門雑誌のライターである真実(上戸彩)と再び出会うことに。
懐かしい“平たい顔族”の面々との再会を果たしたルシウスは、ほぼ自在に古代ローマと現代日本とを行き来し、理想の温泉郷の建設へと邁進するのだった。

一方、武力行使派の元老院は、平和主義を掲げる皇帝との対立を深めていた。
議員たちは、次期皇帝候補であるケイオニウス(北村一輝)を利用し、主導権を握って国政を思うままにしようと画策する…


ヤマザキマリの人気コミックを、阿部寛や市村正親ら濃い顔の俳優を集めてローマ人に仕立てて実写映画化し、配給会社も驚くほどの大ヒットを記録した「テルマエ・ロマエ」。
続編となる本作では、もはやルシウスは「テレポーテーション」の能力を身に付けたようで(?)、ほとんど自在に古代ローマと現代日本とを往来する(ただし“風呂・温泉限定”)。
その過程で、草津温泉や知る人ぞ知る秘湯、スパリゾート施設も含めた様々な温泉が登場して、さながら風呂のガイドブックのよう。
(上戸彩が風呂専門雑誌のライターであるのと歩調を合わせたかのような)
力士がキーとなるため、日本相撲協会が全面的に協力、琴欧州関がグラディエイター役で出演している。
前作ではイタリアの「チネチッタスタジオ」での撮影も話題となったが、今回はブルガリア・ロケを敢行し、ヨーロッパ最大級と言われる「ヌ・ボヤナ・フィルム・スタジオ」で実際にコロッセオ(一部)や街並みを再現。

また、再び現代日本にやって来たときのルシウスの言葉、すなわち阿部寛のセリフはローマ語で、日本語字幕が出る。
しかししばらくすると画面に「バイリンガル」の文字が出て、そんな“面倒くさい”状態は解消される。
(要は全て日本語での会話になるというワケで)
タイムスリップの場面では、このシリーズの特徴でもある人形を水に流す“特撮”も健在で、「ようそんなん許されたな!?」とビックリするような場面(「人形の扱い」というべきか)も登場。
前作を凌ぐ迫力と良い意味での“くだらなさ”で、映画としてスケールアップしている。


バカバカしさ全開のストーリー展開ながら、ルシウスと真実の恋の行方を織り込んでホロりとさせつつ、共に裸になってひとつの風呂でくつろげば、敵も味方もなく互いが穏やかに打ち解けていくというものではないかと考えさせられる。
日本の発達した“風呂文化”は、それこそが平和の象徴であり、平和を維持するツール、スキームとして、全世界に誇るべきもの、普及すべきものではなかろうか。
原発なんかよりスパリゾートを輸出する方が、よほど世界平和に貢献できる素晴らしい取り組みになることだろう…。

風呂と平和について思いを巡らせることのできる、ピースフルなSF(すごい風呂)娯楽大作!


テルマエ・ロマエⅡ
2014年/日本  監督:武内英樹
出演:阿部寛、上戸彩、北村一輝、市村正親、竹内力、宍戸開、笹野高史

「ローン・サバイバー」

2014年04月30日 | 映画
2005年6月。
アメリカ海軍特殊部隊ネイビー・シールズのメンバーによる「レッド・ウィング作戦」が決行された。
作戦の内容は、アフガニスタンの山岳地帯に潜入し、ウサマ・ビンラディンの側近でタリバンのリーダーのひとりであるアフマド・シャーを暗殺すること。
作戦に選ばれた4人のシールズ隊員、マーカス(マーク・ウォールバーグ)、マイケル(テイラー・キッチュ)、ダニー(エミール・ハーシュ)、マシュー(ベン・フォスター)は、夜陰に乗じてタリバン勢力が支配する地域の真っ只中へと送り込まれる。

基地を監視できる山の斜面に潜み、任務遂行の機会を待つ4人。
ところが、草むらに身を隠している彼らの前に、地元の山羊飼いがやってくる。
不意の遭遇に山羊飼いを勾留するが、民間人である彼らを殺せば、国際世論から非難を浴びて大問題となることは明らか。
しかし解放すればタリバンに通報される危険性は非常に高い。
電波状態が悪く、無線機器が使えずに本部の指示を得られない状況下で究極の決断を迫られた4人は激しい議論を戦わせた末に、彼らを解放する道を選ぶ。

その結果がもたらしたものは、最悪の予想の通り。
退却しようとする4人を、200人を超えるタリバン兵が襲撃する。
果敢に反撃する彼らだったが、多勢に無勢というにはあまりにも過酷な状況。
周囲を包囲されて激しい銃撃にさらされ、次々と被弾する。
そして険しい断崖へと追い詰められたメンバーは、身を躍らせて岩盤の上を転がり落ちていく。
銃弾以外にも全身に大きな傷を負いながら、我が身よりも仲間を守るために敵を迎撃し、決死の退却を続ける4人だが、一人、また一人と力尽きていく。
遂にマーカス・ラトレル一人だけが、辛うじて生きていた…


ネイビー・シールズ創設以来最大の悲劇と呼ばれる「レッド・ウィング作戦」。
タリバンのリーダーを撃つために遂行されたその作戦は、11人のシールズ隊員と8人の兵士が戦死する惨劇となった。
4人の作戦メンバーで唯一の生存者となったマーカス・ラトレル。
たった4人で200人を超える敵と対峙するという絶望的な状況をくぐり抜け、彼はどうやって生還することができたのか。
過酷な戦場を瀕死の傷を負いながらもなお、仲間を守るために戦い続ける4人にカメラは密着し、ドキュメンタリーを見ているかのような迫力と緊張感で、奇跡の実話が描かれる。

アメリカ海軍特殊部隊のネイビー・シールズは、アメリカの特殊部隊の中でも古い歴史を持ち、その名前は海(SEA)の「SE」、空(AIR)の「A」、陸(LAND)の「L」に由来する。
その名の通り、陸海空の極秘任務をこなす万能部隊として知られていて、隊員になれるのは2年半にも及ぶ過酷な訓練を耐え抜いたエリートのみ。
激しい筋力トレーニングのみならず、砂にまみれ、泥に埋もれながら平地を駆けずり回り、手足を縛られたまま海中に投げ込まれる。
映画の冒頭、カメラは凄まじいトレーニングの様子と、あまりの過酷さにヘルメットを置き、脱落の鐘を鳴らして去っていく者を映し出す。
そんな苛烈な訓練を終えた者のみが選ばれる「SEALS」は、世界最強の精鋭部隊である。

シールズのメンバーとはいえ、たった4人で200人を超える敵に囲まれるという状況は、死を意味するとしか言いようがない。
正真正銘絶体絶命の状況にありながらも、生き残るべく戦う彼ら。
しかしその戦いは、ただ自分の身を守るためだけのものではない。
仲間を守るために敵兵を狙撃し、身を呈して戦うのである。
チームの誰かが生き残ることができるなら、己の身に代えてでもメンバーを守るという強い思いが、スクリーンから鮮烈に伝わって胸を打つ。
単純に「友情」などという言葉で言い尽くせるものではない絆が、そこにはあった。


実話が元になっているのだが、まるで“その時”に傍で見ているかのような映像に、呼吸を忘れるほどのめり込んでしまう。
200人を超える敵に囲まれた彼らの身を守るものは、限られた武器と卓越した戦闘能力と、鍛え上げられた肉体。
圧巻は、そんな彼らが断崖に追い込まれたとき。
崖の上から身を躍らせて、むき出しの岩盤目がけて飛び降りるのだ!
激しく岩に身体を打ちつけ、肌は裂け、骨が折れる。
それでも立ち上がり、応戦しながら走る彼ら。
強靭な肉体と精神力と研ぎ澄まされた生存本能によって、ただひたすらサバイバルに向けて疾走する姿は、息苦しさを覚えるほど。
戦争をテーマにした数々の作品の中でも、この臨場感と緊迫感は群を抜く。


凄まじい緊張が息つく間もなく続いた後で訪れる感動に、溢れる涙を止めることができない。
これこそが戦争、これこそが戦場。
戦争とは、「ジジイがはじめ、オッサンが命令し、若者が死んでいく」もの。
キナ臭さが漂う昨今、「戦争やむなし」と漠然と考えている若者にこそ観てほしい作品。

そしてなぜ、マーカスは生き残ることができたのか?
明かされる奇跡の真実、あれこそが正義だ。


「戦争映画」というジャンルを超越する、サバイバル・ムービーの感動作!


ローン・サバイバー
2013年/アメリカ  監督:ピーター・バーグ
出演:マーク・ウォールバーグ、テイラー・キッチュ、エミール・ハーシュ、ベン・フォスター、エリック・バナ

「ラッシュ プライドと友情」

2014年02月13日 | 映画
1976年8月1日。
F1ドイツグランプリのレース直前。
宿命のライバルであるニキ・ラウダとジェームス・ハント二人が、互いに視線を交わした。

d6年前のF3サーキット。
酒とドラッグとSEXを存分に楽しみ、毎日面白おかしく生きているジェームズ・ハント(クリス・ヘムズワース)は、命知らずなドライビング・テクニックを誇る天才肌のレーサー。
F3のレーサーである彼が、痴話喧嘩の怪我を手当してくれたナースを新しい彼女としてサーキットに連れてきたその日、見慣れない男がいた。
新人だというその男の名はニキ・ラウダ(ダニエル・ブリュール)。
しかしレースが始まるとラウダは、とても新人とは思えない腕でハントとデッドヒートを繰り広げる。
事故になりかねない、ハントの危険な走行に阻まれて敗れたラウダは、表彰台に立つハントに向かって中指を突き立てるのだった。

ラウダは自らの生命保険を担保に銀行から融資を受けると、それを“持参金”にF1チームに加入する。
プロのエンジニアも顔負けのメカの知識でチームの車を改良し、いきなりチームメンバーの信用を得ると、イッキにF1レーサーとしてデビューを果たすことに。
一方ハントも、スポンサーである貴族が参戦を決めたことで、ラウダの後を追うようにF1の舞台へと乗り込む。
二人は再び、ライバルとして対決することになった。

その後、ラウダはフェラーリ、ハントはマクラーレンに加わってステップアップを果たし、二人は年間優勝を激しく争った。
年間の通算ポイントで、ラウダがハントを大きくリードして迎えた1976年8月1日のドイツグランプリ。
その日、難コースとしてドライバー達が恐れるサーキットは、天候不順によって路面の状態は最悪だった。
レース開催の是非はレーサー達による賛否で決められるが、その会合の場でラウダは、レースの危険性を訴えてレース中止を提起する。
しかし少しでもポイントを稼いでラウダに迫りたいハントは、ラウダを臆病者呼ばわりして決行を主張。
他のレーサーからも人気のあるハントに賛成する者は多く、ラウダの訴えは却下された。
悪天候の中で強行されたレース序盤、悲劇は起きた。
ラウダの車は激しくクラッシュし、燃料タンクに引火。
400度の炎に1分間包まれたラウダは、瀕死の重傷を負って生死の境をさまよう。
そのレースで優勝を果たしたハントだったが、ラウダを死の淵に追いやった自責の念にかられるのだった。

一命を取り留めたラウダは、着々とポイントを稼ぐハントのレース映像をモチベーションに、懸命のリハビリを続け、事故からたったの42日でレースに復帰。
その初戦で見事4位に入賞してポイントを稼ぐと、再びハントと年間優勝を争った。
そして迎えた最終決戦は日本グランプリ。
“あの日”と同じ悪天候のもと、激しい豪雨に見舞われた富士スピードウェイのスタートに二人は並ぶ。
ラウダ68ポイント、ハント65ポイント。
視線を交わした二人は、アクセル全開で最後の決戦に飛び出す…


中学生の頃、「スーパーカーブーム」というのがあった。
ランボルギーニ・カウンタックやミウラ、フェラーリやポルシェなどのスーパーカーの消しゴムのガチャガチャがあり、かなりの数を集めた。
学校の教室で休み時間になると、友人たちと机をレース場に仕立て、ノック式ボールペンのノック部分で消しゴムを押してレースをした。
滑りをよくするために、プラモデルの塗料を塗ったりもして、かなり凝ったものだった。
そして消しゴムには、F1のレーシングカーもあった。
また、プラモデル好きが高じて一時ラジコンカーにも首を突っ込み、雑誌も買ったりした。
そんなこんなで、レーサーとしてニキ・ラウダの名前は知っていた。
しかし、ジェームズ・ハントは知らなかった。
F1レースに関しては、そんな程度の知識しか無かったのだが何の問題も無かった。


メカにも強く、冷静沈着で計算され尽くしたドライビング・テクニックで精密機械のような走法を見せるニキ・ラウダ。
違反ギリギリのアグレッシブなステアリングで、事故も厭わないかのように激しい走法を見せるジェームス・ハント。
慎重で真面目ではあるが面白みに欠け、ストレートな物言いで孤立しがちなラウダと、享楽的で奔放で、態度も不遜だが憎めない人気者のハント。
性格も走法も全く正反対の二人。
しかし互いに相手を一番尊敬していて、理解し合っていて、そして仲が良い。

ラウダの復帰戦。
彼の元に駆けつけたハントは、事故の原因を作ったのは自分だと謝罪する。
「ああ、そうだな。しかし、テレビで君の勝利を見て生きる闘志が湧いた。僕をここに戻したのも君だ。」
ニコリともせずに応じたラウダは、事故の恐怖をものともせずサーキットを駆け抜け、4位と大健闘を果たす。

優勝して浮かれ遊ぶハントに、ラウダは節制を説く。
ハントは苦笑しながら享楽に耽る。
性格の違い、生き方の違いを互いに理解しつつ、和解することはないが、同じ価値観を共有できる唯一の“友”として互いを認め合う二人の姿は、体育会系的な清々しさにあふれていて眩しい。


世界のトップレベルに君臨したライバル二人の、火花を散らして激突するプライドと、交わることの無い相互理解に立った熱い友情が胸を打つ、ヒューマンドラマの傑作!


ラッシュ プライドと友情
2013年/アメリカ  監督:ロン・ハワード
出演:クリス・ヘムズワース、ダニエル・ブリュール、オリビア・ワイルド、アレクサンドラ・マリア・ララ、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ

「受難」

2014年02月11日 | 映画
修道院で育った天涯孤独のフランチェス子(岩佐真悠子)。
“汚れなき乙女”である彼女は大きな疑問を抱いていた。
「なぜ男女は付き合うのか」
「どうして男女はSEXするのか」
社会に出ても、風俗嬢になっても、その疑問は晴れず。

知り合いにSEXを頼んでも拒まれるフランチェス子は、食堂で働きながら客に尋ねる。
「私と目があったとき、『やりたい』と思われましたか?」
しかしどの客も反応はそっけない。
「いえ、全然。」

満たされない思いを抱えたまま、無駄に広い家を借りて住んでいたある日。
突然どこからともなく彼女を罵倒する声が響いた。
「身の程知らずのダメ女!」
声のする方をたどっていくと、なんとそこはフランチェス子の股の間!
自分の女性器に人間の顔、「人面瘡」ができているではないか!?
それもオッサンの。

「お前が男から相手にされることなどない!」
「お前は女として無価値だ!」
口汚くフランチェス子を罵倒する人面瘡だが、彼女は「そうかもしれない」と素直に受け入れる。
そして人面瘡に「古賀さん」と名前を付け、不思議な共同生活が始まった…


フランチェス子は、何となく人の役に立ちたいという思いを抱いていてい、勝手に海岸でゴミを拾い集めている。
ゴミ拾いの合い間に偶然強姦魔を退治したりするが、一向に心は満たされない。
そんなある時、自宅に遊びに来た友人からヒントを得て、男女の密会のために空き部屋を提供することに。
男女のためにキレイに調度を整え、快適な空間を準備して評判は上々。
そんな様子も、日々“古賀さん”に罵倒されながら、スケジュール管理に追われていたある日。
一番、フランチェス子を頼りにしているはずの友人から計略を仕掛けられ、あろうことか処女を失ってしまう。

しかしフランチェス子は怒るでも悲しむでもない。
それは“初めての相手”となった男が好意を抱いていた相手だったからなのか、それとも計略にかけたとはいえ一番親しい友人の役に立てたからか。
とはいえ大きなショックを受けたフランチェス子は、シャワーを浴びている間に男を帰らせる。
しかし男が去っていった後を追うように、衝動的に素っ裸で街中へと駆け出す。
走っても走っても男の姿は見えなかったが、明らかに彼女の中で何かが変わっていた。

「たった一本のちんちんが入っただけなのにねー。」
なぜ男女はSEXするのか、抱き続けていた疑問は、もうどうでもよくなったか、それとも“答”がみつかったか。
それまでの、どこか空虚な目とは明らかに異なる、満たされたような生きた瞳の輝きが、フランチェス子の変化を表していた。
全裸の疾走シーンが話題となった岩佐真悠子だが、KYでありながらも繊細なフランチェス子の表情を見事に演じ分けていて素晴らしい。


男も女の間には、SEXが無くても分かりあえるものではあるが、SEXを起点として理解しあえるものもある。
それは、お互いが物理的に“ありのままの姿で触れあう”からだけでなく、物理的に“深くつながる”ことで、心の壁が取り払われることになるからだろう。
タートルネックにロングスカートと編みあげブーツという“完全武装”の閉じた姿から、素っ裸で外へと飛び出していったフランチェス子の姿は、正にそれを体現している。


受難
2013年/日本  監督・脚本:吉田良子
出演:岩佐真悠子、淵上泰史、伊藤久美子、古舘寛治

「子宮に沈める」

2014年01月25日 | 映画
由希子(伊澤恵美子)は、娘の幸(土屋希乃)と息子の蒼空(そら・土屋瑛輝)の二人の幼い子供たちと共に、なかなか帰宅しない夫の帰りを待ち続ける毎日を送っていた。
彼女は、毎朝子供のお弁当をしっかり作り、かいがいしく子供達の面倒を見て、掃除や洗濯などの家事もしっかりこなして家庭を守り続ける。

ある日、久しぶりに帰ってきた夫が、荷物をまとめるとすぐに出て行こうとした。
女の影を感じた由希子は、夫を振り向かせようと必死に訴えるものの冷たく拒否され、挙句一方的に別れを告げられる。
離婚した由希子は、二人の子供を連れてアパートに移り住み、医療事務の資格を取るべく勉強しながら、長時間のパートに出る。
連日の長時間労働の合い間に資格試験の勉強をし、懸命に家事をこなしながら子育てにも全力を注ぐ。

長時間のパートで家を空ける時間が長い日が続くにつれて、子供達は言うことを聞かなくなっていく。
以前はおとなしく素直に母親の言うことを聞いていた幸が、コップに入った牛乳をわざとこぼしたりするようになり、弟の蒼空もぐずることが多くなっていった。
必死に「良き母親」であろうとする由希子だったが、日々ひたすら育児と仕事に追われる苦しい生活に、疲れ果てていく。
そして“夜の世界”で働く高校時代の友人との再会をきっかけに、自分も“夜の仕事”に出る。
由希子の服装が派手になるにつれて、キレイに片付けられていた部屋の中に、ゴミ袋がたまっていった。
だんだんと生活は乱れていき、やがて部屋に男を連れ込むようになってしまう。

そしてある日。
幼い二人の子供を部屋の中に閉じ込めるようにして置き去りにして、とうとう由希子は家を出てしまう…


二人の幼い子供を育てていたシングルマザーが、戸に目張りをした部屋の中に子供達を置き去りにしたまま家を出て、取り残された幼児二人は亡くなってしまうという、大阪で実際に起こった事件がもとになった物語。
まだ年端もいかない二人の子供を持つ母親が、懸命に幸せな家庭を守ろうとするも挫折し、苦しい生活の中で心が折れて、やがて正常な判断ができなくなっていく様子や、部屋の中に残された子供達が徐々に弱っていく様を、固定したカメラが淡々と映像に収めていく。

3、4歳程度の幼児である姉の幸は、置き去りにされた部屋の中で泣きもわめきもしない。
幼いなりに一生懸命弟の面倒をみながら、おとなしく母親の帰りを待っている。
その健気な姿が痛々しく、心臓を鷲掴みにしてえぐり取られるような感覚で胸が締め付けられる。
と同時に、部屋の中に閉じ込められてどうすることもできない子供達二人の姿が延々と映し出され、絶望感が高まっていく。

ナレーションも音楽も一切無い。
また、母親を非難したり、あるいは逆に擁護するような、第三者のセリフも全く無い。
カメラも固定されていて、ときどき登場人物がフレームからはみ出してしまうのだが、我々から見えないところで何が行われているのかは音や声で分かる。
ただひたすら、密室の中の母親と幼児二人の日常を映し出しただけ固定されたままの映像で、隠し撮りしたドキュメンタリーを観ているよう。
まるで他人の部屋を覗き見しているよう感覚になっていき、それが更に生々しいリアル感となって迫ってくる。


夫の帰りを子供達と一緒に待っている頃の由希子は、ごくごく普通の、どこにでもいそうな主婦。
そんな「フツウの主婦」が、誰の助けも得られないまま、困窮生活の中で追い詰められていく。
過酷な日常から逃げ出すように“夜の世界”に飛び込んだ由希子が、段々と派手な格好になり、色香を漂わせて「女」になっていく。
それに比例するように、部屋の風景は殺伐としていき、子供達も母親から見放されていく。
家出する決意をした由希子は、山もりのチャーハンを作り、幸の髪の毛に可愛い髪飾りをくくりつける。
残していく幸に対するせめてものつぐないか、はたまた最後の愛情表現の断片か。

ネグレクトに陥るのは、何も特別な女性ではない。
ごく普通の女性が、おそらくは結婚生活が破れていなければごく一般的な主婦であり母親であったであろう女性が、追い詰められて変わっていく。
緒方監督は、若いシングルマザーが経済的な困窮に陥り、社会から孤立したまま家族が破たんしていく様子を我々の前に突きつける。
大阪の二幼児放置死事件は、何も特別な事件ではない。
ごく普通の日常生活の延長線上にある、誰の身にも起こり得る事件であることを提示する。


「生々しい」と書いたが、目を覆いたくなる、いたたまれない2つのシーンが強烈に脳裏に焼きつけられた。
幸が弟の蒼空に抱きついて絡んでいく場面。
男を連れ込んだ母親がしていることを真似しているその姿がやりきれない。
そして自らの手で由希子が子供を“処理”する場面。
自分の中では、映画「アレックス」のモニカ・ベルッチが凄惨な目に遭う場面に匹敵する激烈さで、痛々し過ぎて本当に気分が悪くなってしまった。


客観視に徹した映像で淡々と、しかし凄まじいインパクトで“問題”を投げかけてくる、社会派フィクションの秀作。


子宮に沈める
2013年/日本  監督・脚本:緒方貴臣
出演:伊澤恵美子、土屋希乃、土屋瑛輝、辰巳蒼生、仁科百華、田中稔彦