ヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)は、美術品に関する深い知識と超一流の鑑定眼とを持ち、世界中の一流オークションからのオファーが絶えない、世界有数の一流オークショニア。
高級ホテルのような邸宅に住み、仕立ての良いスーツとこだわりの手袋を身に付け、行きつけの高級レストランでグルメな食事を味わう彼は、全ておいて一流の品格を愛している。
そんな彼は早くに親を亡くし、結婚もせず、恋人はもちろん友人もいない。
携帯電話は持たず、食事も一人。
しかも極度の清潔好きで、どこへ行くにも手袋は必需品で、食事中でも外すことはない。
他人とは必要最低限でしか関わらない彼にとって、自宅の隠し部屋に収集した女性の肖像画を愛でることが極上の愉しみ。
その肖像画コレクションは、自分が仕切るオークションで、長年のパートナーで元は画家であるビリー(ドナルド・サザーランド)に、価値が上がる前の名画を格安で落札させたものだった。
ある日、ヴァージルのもとにクレア・イベットソン(シルヴィア・ホークス)と名乗る女性から電話が入る。
1年前に亡くなった両親が遺した家具や絵画を鑑定してほしいという依頼だった。
指示された屋敷に向かうも門は閉ざされたままで人の気配は無く、クレアも現れない。
後にクレアから釈明の電話が入り、しぶしぶ謝罪を受け入れたヴァージルが再び屋敷を訪れると、管理人と名乗るフレッド(フィリップ・ジャクソン)という男が現れる。
クレアの両親が生きていた頃に使用人として仕えていたという彼の説明によると、クレアには兄弟や親せきもおらず、独身で恋人もいないという。
フレッドの案内で屋敷内を見て回ったヴァージルは、地下室の床に転がる何かの部品に心を惹かれ、密かに持ち帰ると、修理店を営むロバート(ジム・スタージェス)に部品の調査を依頼した。
ヴァージルはクレアの依頼に応じて屋敷内の調度品や美術品の鑑定を進めるが、契約書を交わそうとしても彼女は姿を現さない。
フレッドに金をつかませて聞きだしたところによると、27歳になるクレアは奇妙な病に罹っていて、11年屋敷に仕えてきたフレッドも会ったことがないという。
クレアに対する好奇心が高まると共に、屋敷で見つかる“何かの部品”欲しさに、ヴァージルは彼女に譲歩していくのだった。
“何かの部品”がロバートによって、18世紀の機械人形の一部らしいことが判明する。
これがホンモノなら、莫大な価値がある。
隠し部屋から出てこないクレアと会話を重ねるうちに、彼女は人がいる広い場所にいられない“広場恐怖症”と呼ばれる病によって「15歳から外へ出ていない」と告白した。
人づきあいの苦手なヴァージルは、彼女に共感するとともに同情し、壁越しのやりとりを続けることに同意する。
クレアもヴァージルに心を許しはじめ、屋敷の鍵を預けて自由に出入りするよう便宜を図った。
ヴァージルはクレアとの連絡のために携帯電話を持つようになり、彼女との会話が増えていくにつれて、彼女に対する思いは募っていった。
恋愛経験豊富なロバートにアドバイスを受けてクレアに近づいていこうとするヴァージルは、ある日とうとう帰ったふりをして屋敷に潜むと、部屋から出てきたクレアの姿を覗き見る。
“デューラーのエッチングのように蒼白な顔”を持ち、透き通るように色の白い美しいクレアに、ヴァージルは完全に心を奪われてしまう…
「ニュー・シネマ・パラダイス」の巨匠、ジュゼッペ・トルナトーレ監督と、監督の作品に名曲を提供してきたエンニオ・モリコーネの名コンビが再びタッグを組み、重厚な作品を作りあげた。
老齢に至るまで恋愛経験の無いヴァージル。
そもそもうまく人と交われない彼は、当然のことながら女性との親密な交流もできるはずがなく、恋人もできず、もちろん結婚することもなく生きてきた。
しかし幼い頃から“ホンモノ”の美術品に触れてきた彼は、豊富な経験から自ずと審美眼が磨かれ、真贋を見極める力も高い。
そんな才能を発揮してオークショニアとして成功したヴァージルは、自分が取り仕切るオークションを利用して美しい女性の肖像画を集めると、隠し部屋の壁に飾っていく。
仕事の上での付き合いはできても、私的な部分では「コミュニケーション障害」を持つ彼は、壁一面に掲げられた“美女たち”しか愛せないのだった。
クレアは、鑑定を依頼した約束の時間をすっぽかすと、後日非礼を詫びながら再び鑑定を懇願する。
彼を屋敷に招き入れるが、決して姿を現さない。
会話を重ねる中で人と会うことが怖いと告白し、人づき合いが苦手なヴァージルから共感と同情を得る。
徐々にヴァージルに打ち解けていくが、突如怒りを露わにすると鑑定を打ち切る。
ところが再び謝罪して鑑定を続行したかと思うと、突然行方をくらます。
ヴァージルを引き寄せたり突き放したりして散々に振り回し、彼の心を大きく揺さぶり続ける。
“二次元の女性”しか愛せないでいたヴァージルだったが、クレアという姿を現さない「顔のない依頼人」からのオファーを受けたことで、彼の人生は大きく動き出すのだった。
ヴァージルは、単に仕事の依頼を引き受けているだけのつもりだろうが、クレアのペースに引きずり込まれていくと同時に、本人も気づかないうちに恋愛感情を芽生えさせていくことになる。
そして恋愛経験豊富なロバートに“恋愛指南”を仰ぐと、クレアの姿を実際に目にし、対面して会話を交わすことによって、彼女に対する恋愛感情は確たるものとなる。
若くて美しいクレアの“実像”を目の当たりにすることで彼女に魅入られてしまうのは、男の本能として当然のこと。
更に、これまで自分の思い通りに年を重ねてきたヴァージルにしてみれば、人生の先輩としてクレアを“正しく”導いていくことにも喜びを感じることだろう。
その“導き”によって、人と会うのが怖くて自分としか会えなかったクレアが、自分の恋愛指南の先生である“友人”のロバートとその彼女と会話できるようになっていく。
このことはヴァージルにとって大きな満足を感じさせると同時に、ロバートに対する嫉妬心を生むことにもなり、彼はますますクレアの虜にななる。
完璧な人生を歩んできたはずのヴァージルだが、恋愛経験が無いことからクレアに夢中になっていき、何も見えなくなっていく。
その様子は、滑稽で切ない。
最後にやってくる凄まじい結末に愕然。
その結末に向けてあらゆることが収斂されていくのだが、そのことに気が付くのはエンドロールが流れてから。
思い起こせばどれも皆伏線であり、もう一度はじめから見直したくなる。
リピーター割引として2回目以降は1000円で観られるキャンペーンが展開されているのだが、チケットの半券がどこかへいってしまって見つからない…!
「贋作者は必ず、自分の印を残す。」
偽物の中に“ホンモノ”があると語るヴァージルだが、美術品の真贋は見極められても、現実社会における真贋を見極められなかった彼の姿が痛々し過ぎる。
“二次元の女”しか愛せなかった男の限界というものか。
名画「STING」は最後にスカッとするのが心地よいのだが、本作は唸らされて考えさせられる。
やはり男は、若いうちに恋愛経験を積んでおかねばならない。
それも人生を全うするには、豊富であればあるほど良い。
繰り返し観たくなる極上のミステリーにして、今一度男の人生というものを考えさせられるヒューマンドラマの傑作。
「
鑑定士と顔のない依頼人」
2012年/イタリア 監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
出演:ジェフリー・ラッシュ、ジム・スタージェス、シルヴィア・フークス、ドナルド・サザーランド、フィリップ・ジャクソン、ダーモット・クロウリー