2018年。
再選を目指すアメリカ大統領(ステファニー・ポール)は、ジリ貧となった支持率を回復するため、アポロ17号以来となる有人月面着陸プロジェクトを推し進めた。
黒人男性ファッションモデルのジェームズ・ワシントン(クリストファー・カービー)が月へと送り込まれ、無事月面に到着すると、着陸船から大統領再選に向けた宣伝用の巨大な“旗”を掲げることに成功した。
とりあえずくだらないミッションに成功した月面着陸チームは、次のミッションを果たすべく近くのクレーターを覗き込むと、なんと!
そこには巨大な建造物が建てられていたのだった!
一体誰が何のために?ていうか、何なんだこれは??
大混乱に陥っているところへ突如、黒い装備に身を固めた謎の人型生命体が現れ、哀れにもジェームズの同僚は射殺されてしまった。
慌てて着陸船に戻ろうとしたジェームズだったが、黒ずくめの連中は着陸船を砲撃し、木端微塵に破壊してしまう。
ジェームズを捕らえた連中は、ハーケンクロイツの紋章を付けて武装していた。
彼が連行されていったのは、月の裏側にある巨大な秘密基地。
そしてその秘密基地にいたのは、第二次世界大戦に敗退して月へと逃れてきた、ナチスドイツの残党だったのである!
彼らは、“月面総統”コーツフライシュ(ウド・キア)のもとで、再び地球に帰還し、世界を征服する機会をうかがっていたのだった。
ナチスは、黒人が宇宙飛行士であることに衝撃を受けたのだが、それ以上に驚愕したのはワシントンが持っていたスマホだった。
彼らが長年に渡って築き上げてきた巨大な電子計算機をはるかに凌ぐ演算能力を持つスマホ。
これさえあれば、地球侵略のために開発してきた最終兵器の宇宙船「神々の黄昏号」を完成させることができる!
次期総統候補と目されているキレ者であると同時に腹に一物持った野心家である将校のクラウス・アドラー(ゲッツ・オットー)は、スマホ調達のための地球潜入作戦に志願。
マッドサイエンティストのリヒター博士(ティロ・ブリュックナー)によって“白人化”されたワシントンに案内役を命じると、円盤ハウニブに乗り込み、地球を目指して飛び立った。
このハウニブには、クラウスの恋人でナチスが掲げる理想を妄信している美人地球学者のレナーテ・リヒター(ユリア・ディーツェ)が、彼の後を追ってこっそり乗り込んでいたのだった。
ニューヨークに降り立ったクラウスは、大統領直属広報官のヴィヴィアン・ワグナー(ペータ・サージェント)を誘拐し、大統領との面会を要求する。
しかしクラウスの燃えるようなカリスマ性と、レナーテのナチスの理想主義に対する真摯な思いは、大衆の心を掴むプロモーションに活用できると踏んだヴィヴィアンは、2人を大統領に引き合わせると、パブリシストとして登用した。
実はクラウスは、アメリカと手を組んで権力を手に入れ、総統の座を奪おうと目論んでいた。
またレナーテは、ナチスの理想を世界に広めるチャンスと思い込んでいた。
それぞれに思惑を抱えながら2人は、大統領の再選に向けた宣伝広報活動に辣腕をふるう。
その一方で月面では、地球侵略に向けて着々と体制が整えられていた。
嗚呼、地球の平和の行方や如何に……!?
第二次大戦で敗北したナチスの残党が、実は虎視眈眈と地球制服の機会を狙っている。
そんな伝説が、日本で言うところの「都市伝説」のように全世界で語られてきた。
そしてナチスの残党が潜むのは、アマゾンの奥地である!というような話を、昔何かの本(おそらくはG社の「M」であろう)で読んだ覚えがあるのだが、その他にも潜んでいるとされる場所は何箇所かあったように思う。
しかし月に逃れて巨大基地を建設していた!という話に触れることは無かった。
そりゃそうだ。
荒唐無稽というには、あまりにも“無い話”なのだから。
その「ありえねー!」話を映画にしてしまった「アイアン・スカイ」は、“あり得無さ過ぎる”が故に、何も考えずに安心して楽しめる作品に仕上がっている。
そしてヒロインには、妙に色っぽい可愛いキレイな女優を配して、B級映画の基本を忠実に押さえていて心地よい。
他にも、ナチスドイツ軍のデザインを巧みに織り込んだ将校の衣装や兵士の装備はミリタリー好きを喜ばせ、細々として複雑なメカニック・デザインの数々は、「スター・ウォーズ」や「エイリアン」を初めて見たときの興奮を思い起こすような、楽しい緻密さに満ちている。
ミリタリーに興味があり、細かいメカニック・デザインにワクワクする、B級好きのSF愛好家である自分のツボを、ものの見事に押さえてくれている♪
物語は、全編痛烈な風刺を込めて描かれている。
まず分かりやすいところでは、アメリカ大統領は明らかにサラ・ベイリンがモチーフになっており、再選にしか興味は無く、支持率アップのためには手段を選ばず話題になることは何でもやり、戦争さえも選挙の道具に活用する姿は、アメリカの政治体制や大統領選を笑い飛ばしている。
細かいところでは、かつてヒトラーが大統領選で使用したポスターの引用や、ヒトラーが1939年に行った第二次世界大戦開戦時の国会演説、ドイツ第三帝国空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングの制服をならった衣装などのシーンが描かれている。
その他にも、突如襲いかかってきたUFO軍団を迎え撃つために召集された国連の会議の席で、UFOの正体が分からずにいると北朝鮮の代表が得意げに「我々が開発していたものである」と言い放って他国の代表たちに爆笑されたり、アメリカ大統領が「靴を投げるのはやめて!」と言ってみたり、ナチス軍の本拠を攻める際に司令官が「我々はテロリストとは交渉しない」とブチ上げたりと、微に入り細に入りパロディが織り込まれている。
また、往年のCMや映画作品のオマージュも散りばめられていて、なんのモチーフも無い完全なオリジナル部分を探す方が難しいくらいに、“いじり倒され”ている。
個人的には、“月面帝国”の国家が度々流れるシーンに苦笑した。
「ラインの守り」という第一世界大戦まで帝政ドイツの国家のように歌われたもので、実は我が母校のカレッジ・ソングに採用されているメロディーなのである。
(映画「カサブランカ」でもドイツ軍人達が声高らかに熱唱する有名なシーンがあるが)
正統派スペースオペラの香り漂う正統派B級映画である、SFコメディの娯楽怪作♪
「
アイアン・スカイ」
2012年/フィンランド=ドイツ=オーストラリア 監督:ティモ・ヴオレンソラ
出演:ユリア・ディーツェ、ゲッツ・オットー、クリストファー・カービー、ペータ・サージェント、ステファニー・ポール、ティロ・プリュックナー、ウド・キア