面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「一枚のハガキ」

2011年08月17日 | 映画
日本の敗色が濃厚となっていた太平洋戦争末期。
予科練が宿舎として使用するための天理教本部の宿坊を清掃するという任務を終えた「中年兵」100名は、新たな任務を命じられることになった。
60名はフィリピンの陸戦隊に、30名は潜水艦乗員に、残り10名は宝塚音楽学校で予科練が使用する建物の清掃に、それぞれ赴任することを告げられる。
そして兵士達の任務先は、上官によるくじ引きで決められた。

くじ引きが行われた夜、宝塚への赴任が決まった松山啓太(豊川悦司)は、フィリピンに送られることになった森川定造(六平直政)から、妻から送られてきた1枚のハガキを手渡される。
定造は、自分の思いのたけを返事にしたためたいが検閲ではねられるため思うような手紙は書けない、もし啓太が生き延びることができたなら、妻の友子(大竹しのぶ)に「ハガキは確かに受け取った」と伝えて欲しいとハガキを託し、フィリピンへと向かった。

やがて戦争は終わり、「中年兵」100名のうち終戦まで生き残ることができたのは、啓太を含めてたったの6名だった。
宝塚に着任し、任務が終了すると再びくじ引きが行われ、更に4名が戦地へと送り込まれたのだが、啓太はそこでも“くじ運”が良かったのだ。
啓太は、自宅に帰ると妻に宛てて手紙を書く。
やがて復員した啓太が、瀬戸内の小島にある自宅に到着すると、伯父の利エ門(津川雅彦)の姿だけがあった。
聞けば、妻と父親が“デキ”てしまい、啓太が戻ることが分かると、二人して逃げてしまったのだという。
納得のいかない啓太は二人が暮らす大阪へ向かい、キャバレーで働く妻に会いに行くものの、どうすることもできず、妻から「戦死すればよかったんじゃ!」と言われてしまう。
何のために生きて帰ってきたのか。
生きる気力を失った啓太は、無為に毎日を過ごした。
島中から好奇の目で見られ、子供達にバカにされ、島での暮らしに嫌気がさしてきた啓太は、ブラジルに移民することにする。
そして荷物の整理をしていて、定造から託されたハガキを見つけ、約束を果たすために友子のもとを訪ねた。

夫を亡くした友子は、舅・勇吉(柄本明)と姑・チヨ(倍賞美津子)から、年老いた自分達だけでは、満足に働いて生活していくことはできないので、このまま一緒に暮らしてほしいと懇願される。
しかも、村の習わしで長男が死んだら次男を跡継ぎにすることが決められており、定造の弟である三平(大地泰仁)と結婚して欲しいと頼まれる。
他に身寄りの無い友子は、夫とのささやかな幸せを奪った戦争を恨みながらも承諾するが、やがて三平も召集され、戦死する。
二人の後を追うように舅が心臓麻痺で亡くなり、落胆した姑が自殺し、ひとりになった友子は、自分から全てを奪い去ってしまった戦争に対して激しい憎悪を抱きながら、唯一残された古い家屋と共に朽ち果てようとしていた。
そんなある日、ハガキを持った啓太が訪ねてきた…


99歳になる巨匠・新藤兼人監督自ら、「映画人生最後の作品にする」と宣言した作品。
太平洋戦争末期に徴集された100人の兵士のうち、94人が戦死し6人だけが生きて帰った、その生死を分けたのは上官が引いた“くじ”だったという実体験を基に作られている。
人の運命がくじ引きによって決められ、兵士の死は働き手を失った家族のその後の人生をも破滅に向かわせる。
自身が体験した戦争の不条理と愚かさを、厳しく冷静にかつユーモラスに描く。

本作は、ただ単に戦争を忌み嫌い、やみくもに反戦を謳うのではない。
理不尽な悲しみに襲われ、全てを奪われてしまっても、生き残った人間はとにかく生きて生きて生き抜くことを訴え、そして人間には生き抜いていく力があることを、力強く明るく提示する。
自らの戦争体験と、これまで積み重ねてきた人生経験とが紡ぎだす独特の反戦物語は、今年99歳になる新藤監督だからこそ描くことができるもの。
監督自身の生命力がそのまま、本作の生命力となっている。


前作「石内尋常高等小学校 花は散れども」でこれが最後の作品と言いながら、今回再びメガホンを取ることになった。
新藤監督は、亡くなった戦友94人の魂を背負って生きてきたという。
そしてこれまでも反戦をテーマとした作品を撮ってきたものの、自身の体験を描くことには躊躇があったようで、敢えて触れずにきたのだとも話している。
しかし今回、いよいよ映画監督としての体力の限界を感じ、映画を作ることができるのは最後になると悟ったとき、ようやく自身の体験と向き合うことができたのだとか。
監督作品として49作目を撮った99歳の新藤監督。
「私が見た戦争を映画にしてからじゃないと“死ねない”と思った」との言葉に監督の覚悟が感じられるが、願わくは来年、100歳にして50作目となる作品を観たいもの。
世界に誇る巨匠渾身の“遺作”…。


一枚のハガキ
2011年/日本  監督・脚本・原作:新藤兼人
出演:豊川悦司、大竹しのぶ、六平直政、大杉漣、柄本明、津川雅彦、倍賞美津子、大地泰仁


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