大相撲春場所エディオンアリーナ大阪)が13日に初日を迎え、注目は綱とりに挑む大関琴奨菊だ。「初めて賜杯(しはい)を抱いたあの重さ。もう1回、体験したい」と意気込む大関が、先場所のような力強い相撲を取り続けられるかどうか。横綱が最高位力士として明文化されて107年。72代目横綱への道のりは、そう簡単ではない。

 1日、大阪府松原市の佐渡ケ嶽部屋。大阪入り後、初の本格的な稽古を終えた琴奨菊が報道陣に笑顔で問い掛けた。「体(の状態)、落ちてないですよねえ?」。裏返せば、それだけ自信があるということだろう。

 2006年初場所の栃東(現玉ノ井親方)以来、10年ぶりの日本出身力士の優勝を果たしたことで、イベントに引っ張りだこになった。番組出演に自身の結婚披露宴、部屋のある千葉と地元福岡での優勝パレードなど多忙を極めた1カ月余だが、「時間が少ない中でも体のケア、トレーニングなどやるべきことはやってきたつもり」と言う。専属トレーナーの塩田宗広さんは「いい感じできていると思う。忙しいのにそこまでできるのかと思ってたから」。筋肉トレーニングの数値は落ちていないという。

 ログイン前の続き昨秋ごろから急激に調子を上げ、殊勲につなげた。13年の九州場所で負った右大胸筋断裂の大けがが癒え、ひざや腰、足首のけがにも悩まされることが減り、稽古できる体になってきたのが大きい。ダンプ用のタイヤを引っ張ったり、やかんのような形をした「ケトルベル」という重りを何度も持ち上げたりし、徹底的に体幹を鍛えてきた。成果が先場所で出た形だ。トレーニングで体をいじめてから土俵で実戦感覚を磨き、疲れを抜きつつ初日へ向かう。仕上げ方は先場所とほぼ変わらない。ただ、これまでに経験のない多忙が続いた。重視するルーティンに与えた影響度合いは気になるところだ。

 佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)は、「腰の低さ、重さ。大関に上がる時の力強い相撲に戻ってきたような感じがする。体調管理に努めれば、今場所もいいと思う」と期待を込める。

■横綱陣、黙ってない

 1998年5月の若乃花以来となる日本出身横綱誕生への周囲の期待は高まるが、ハードルは決して低くはない。

 琴奨菊の大関昇進は2011年9月。約4年半が過ぎ、在位26場所。先場所を除いた昇進後の成績を見ると、2桁白星は7場所だけでカド番を5度も経験。連続2桁白星は12年夏、名古屋(ともに10勝)の1度しかなく、13日目以降も優勝争いの先頭を走ったのは12勝した14年の名古屋のみ。安定感に欠ける上、連続でしびれるような展開に身を置いた経験もない。

 横綱陣も黙ってはいないだろう。横綱になって2度目の3場所連続優勝なしの白鵬が「荒れる大阪と言われるが、荒れないように頑張りたい」と話せば、昨年の春場所は休場した鶴竜は「休場した悔しさを晴らしたい。(琴奨菊が)注目されるほど自分のペースでやれる。全部勝ちたい」。

 綱とりに向けて八角理事長(元横綱北勝海)は「相撲内容を見て」とし、伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)は「これまで安定した成績がないが、レベルの高い優勝ならそういう声も自然と出てくる」。横綱審議委員会の守屋秀繁委員長(千葉大名誉教授)は「2場所連続優勝なら横綱推薦の根拠になる」。連続優勝なら当確、優勝同点などの場合は、白星数や内容などを踏まえてとなりそうだ。

 過去のデータから琴奨菊が早々に崩れる可能性も否定できない。重圧をはねのけ、持てる力を出せるかどうか。「余計なことを考えず、流れに身を任せるのが一番いいんじゃないかと思う」。大関が漏らした言葉の中に、夢実現への手がかりがあるのかもしれない。(巌本新太郎)

■先代親方、同じ32歳で昇進

 平成以降に誕生した横綱は9人。12勝から全勝と白星数に差はあるが、8人が2場所連続優勝で昇進を決めた。9人中、昇進までの大関在位が最も短かったのは朝青龍の3場所で、長かったのは武蔵丸の32場所。現役では白鵬7、日馬富士22、鶴竜12だ。

 好成績を重ねながらすんなり昇進できなかったのが貴ノ花(現貴乃花親方)。大関昇進後、9場所中8場所で2桁勝利、うち3場所で優勝したのに、連続優勝がないことなどから見送られた。1994年秋、九州と2場所連続全勝優勝してようやく横綱に。大関在位は11場所だった。

 鶴竜は2014年初場所で14勝1敗の好成績を挙げ、決定戦で白鵬に敗れて優勝同点。当時の横綱審議委員会は「13勝以上の優勝」を昇進の条件にし、鶴竜は翌場所で14勝で初優勝し、71代横綱に就いた。

 琴奨菊を発掘した先代佐渡ケ嶽親方の元横綱琴桜は、72年九州、73年初場所と連続優勝を果たし、32歳1カ月で53代横綱に昇進した。琴奨菊がちょうど今、32歳1カ月。琴奨菊は「何かの縁を感じます。先代のためにも頑張らないと」と話している。