【before】雑草で通学路が歩き難くなってきた。
【after】雑草を刈りました。
編集委員・堀篭俊材
2016年5月3日05時00分
2月に公表された2015年の国勢調査で、日本の人口は5年前より100万人近く減った。「保育園落ちた」の匿名ブログ問題は、子を産み育てにくい日本の状況を改めて浮き彫りにした。少子化・人口減に歯止めをかける有効な手立てはあるのか。先進国では高い出生率を維持するフランスを訪ねた。
パリ郊外に住む会社員、ギャラト・ビルジニーさん(35)は、小学2年の長男を育てているシングルマザーだ。2歳上の父親とは結婚しないまま8年間暮らしたが、長男を産み、まもなく別れた。
長男が小さいときは、託児所に空きがなく、家で子どもを預かる「保育ママ」に頼んだ。「充実した保育サービスがなければ、仕事は続けられなかった」
フランスでも3歳以下の子ども約240万人のうち、託児所に入るのは1割に過ぎない。それをカバーするのが保育ママの存在だ。国内に31万人いる。
「子どもたちの成長をみるのは、生きがい」。パリ市東部の自宅マンションで、幼児3人を預かる保育ママのフローランス・キュイサールさん(61)は話す。32年間で162人の面倒をみてきた。パリでは、親は市に登録されたリストから保育ママを選ぶ。面接で条件が合えば、親が保育ママと直接契約する。安全面などをチェックするため、年2回、市の担当者が保育ママの自宅を見回る。
保育サービスに加え、給付面も手厚い。フランスでは、子育てする家庭向けの代表的な家族手当は、2人以上の子どもがいる家族だと、2人目に対し月約130ユーロ(約1万6千円)が出る。子どもが14歳になると加算され、20歳まで支給される。子が3人以上になるとさらに手当が増える。保育ママを利用して働く親には補助として手当も支給され、家族が多いほど所得税が優遇される制度もある。
フランスでは、家族手当が医療や年金と並ぶ社会保障の柱のひとつだ。7千超の団体の71万家族が所属する非営利組織「全国家族協会連合」や、政府や労組、有識者らでつくる首相直属の「家族高等評議会」など、必要な家族政策を実現させる「政治力」もフランス特有のものだ。
家族手当を支給する全国家族手当金庫の担当者は「子育て支援は、将来年金を払ってくれる人の確保につながる」と話す。フランスが現在の2程度の出生率を維持すると、2060年の総人口のうち65歳以上の割合は3割以下に抑えられ、推計で約4割に達する日本と大きな差が出る。
フランスでは、2度の大戦で隣国ドイツと戦った教訓として出産奨励策が戦後に本格化した。もともと「子育ては主婦」という考え方が強かったが、学生や労働者が自由や平等を掲げ、当時のドゴール政権を揺るがした1968年の「5月革命」を境に、70年代以降は、女性の社会進出を支援することが家族政策の大きな目的になっている。
フランスの出生率は70年代半ばに2を割り込み、日本を下回る時期もあった。政策効果が表れ、1・6台で底を打ったのは90年代。2008年に「2」を回復するまで34年かかった。
■不景気で手当削減も
そのフランスの家族政策も試練の時を迎えている。
今年1月に公表された15年の出生率(速報値)は1・96と、10年ぶりの低水準だった。新生児の数は前年よりも約1・9万人少ない約80万人に減った。いまの社会党政権に批判的な保守系のフィガロ紙は「ゆりかごの危機に直面している」と書いた。
出生率低下を招いたとみられているのが不景気と緊縮財政だ。欧州債務危機の後遺症で景気は低迷し、失業率は10%と高い水準が続く。OECDエコノミストのオリビエ・テバノン氏は「若い世代の失業率が高く、第1子を持つ年齢が遅くなる。失業問題を解決しないと、出生率は上がらない」とみる。
パリ市のマリー・コランドラベリエールさん(44)は現在、失業中。1歳の長男を託児所に預け、職業安定所に紹介された会社をたずね歩くが、「仕事が見つかることを信じ、楽観的に生きるようにしている」。
財政赤字を減らすため、家族手当の削減も始まっている。これまでは「子育てを社会全体で支える」という理念から、子どもの数に応じて同額支給されていたが、昨夏から所得制限が設けられ、年収約6万7千ユーロを超える世帯は手当が半額、約8万9千ユーロ超の世帯は4分の1となった。
仏西部ナント郊外に住む会社員ナデージュ・ケディラックさん(40)は、共働きの夫と子ども2人と暮らすが、昨年、家族手当を月約200ユーロから約50ユーロに減らされた。「税金はたくさんとられているのに、どうして手当を減らされるのか」と不満げだ。
リヨン第3大学のジャック・ビショ名誉教授は「老人が多くなり年金は削りにくいが、家族手当は減らしやすい。富裕層の出生率には手当削減の影響が出るだろう」と指摘する。
■与野党は財源の具体像示してこそ
「保育園落ちた日本死ね!!!」のブログが共感を呼んだ日本の状況をフランスの母親たちに伝えると、「考えられない。保育ママもベビーシッターもいる」との声が返ってきた。
日本経済研究センターによると、フランスでは、子育ての負担よりも、手当や税制優遇など給付が多く、年収3万ユーロの家庭で第3子まで育て上げると「給付超」の額は計約3900万円に達する。家族政策への財政支出(国内総生産比)は日本の1%台に対しフランスは3%近い。
同センターの試算では、日本が出生率2・1と仏並みの手当や保育サービスを目指すなら年間13兆円の財源が必要。消費税率を5%幅上げ、すべて子育てに回す計算だ。増税に頼らず社会保障を組み替えるなら、医療費の窓口負担増など、社会保障費のうち高齢者向けの割合を8割台から7割台に減らす必要がある。
ブログ問題後、与野党は競うように子育て支援の充実を訴える。その財源を増税で賄うのか、高齢者へのサービス削減で賄うのか。本気で取り組むなら「負担」の具体像を示すことこそ政治の仕事ではないだろうか。
2016年5月4日05時00分
ドイツに移り住み、建築事務所を構えたポーランド出身のピョートル・グゾフスキーさん=ミュンヘン
3月中旬、ドイツのベルリン中央駅前広場で、二つのデモが向かい合った。難民の受け入れに前向きなメルケル首相に「退陣!退陣!」と叫び声を上げるデモ隊と、難民を歓迎する旗を掲げ、「ナチスは出ていけ」などと叫ぶデモ隊だ。
フォルカー・ヘーゲルさん(51)は難民受け入れ反対の側のデモに参加していた。だが、「移民」には反対ではないという。「働かない人が増えるのは困るが、移民はオーケーだ。ドイツは外国人と暮らしてきたし、私は排外感情を持っているわけではない」
難民受け入れをめぐってドイツ国内の世論は二分しているが、働くことが前提の移民の受け入れには、ドイツ国民の間に広い合意がある。
ドイツが移民受け入れにかじを切ったのは2000年代。少子化で労働力不足が顕著になったためだ。
05年に58万人だった移住者は、14年には134万人に。今や移民を背景にする人口はドイツ全体(8100万人)の2割を占める。
ポーランド出身で、家の改築などを手がけるピョートル・グゾフスキーさん(42)もその一人だ。95年から庭仕事などの出稼ぎを重ね、11年にはドイツ南部のミュンヘンに定住し、建築事務所を構えた。「故郷の村は映画館まで50キロ。仕事は200キロ離れた街にしかなかった。ドイツで車を持てたし、いい生活ができるようになった」と話す。
ドイツが移民国にかじを切る節目になったのは、05年の「移民法」の施行だ。しかし、当初から移民受け入れで国論が一致していたわけではない。
議会に移民法案を提案したシュレーダー政権(98~05年)は、「移民が職を奪う」といった社会の懸念にも直面し、当時メルケル氏が率いた最大野党は「移民の制限」を主張した。移民法案は03年、野党が多数を占めていた連邦参議院でいったん否決された。
その後、各会派が参加する両院協議会で妥協に向けた協議が続いた。職場が決まっていない外国人の受け入れを制限することや、治安対策を厳しくすることなどの修正を盛り込み、04年の与野党党首会談でようやく合意した。
ドイツの移民政策に詳しい近藤潤三・愛知教育大名誉教授は「人口が減るという危機感が共有されていた。小選挙区中心の日本と違い、政権が安定しやすいドイツの政治が、長期的課題に取り組むことを可能にした」と指摘する。
■出生率、なお低迷
ただ、ドイツの出生率は1・3~1・4程度と日本並みに低迷している。仕事と子育ての両立に悩む女性が多い状況も日本と似る。
ミュンヘンに住む外科医のアリス・ヘルシャーさん(34)は1月に長女を出産し、現在育休中。「10年以上の医師のキャリアを無駄にしたくない」と半年後の復職を目指すが、当直もこなす男性と同じ働き方はできず、当面はパート勤務になる。授業が午前中で終わる「小学校の壁」も待ち構える。
子1人あたり毎月200ユーロ(2万5千円)弱の子ども手当など、給付は比較的充実しているが、「託児施設を増やさなかったため女性が働きにくく、高学歴の女性ほど出産を諦める傾向が強い」(連邦人口研究所のユルゲン・ドルブリッツ調査部長)と指摘されている。
メルケル首相は13年、「1歳以上の子どもは託児施設に入ることができる」とする権利を法律で保障。2歳以下の子のうち、託児所など預け先がある割合はここ数年で改善したが、それでも15年は3割にとどまる。数年以内に4割以上に引き上げる方針だ。
■<視点>日本の場当たり策、持続困難
産業構造や出生率など、日本とドイツは似たところが多いが、外国人に対する政府の姿勢はまるで違う。
移民法で「表玄関」から外国人を受け入れるドイツでは、ドイツ語授業や職業訓練など、働く外国人への手厚い支援がある。いずれ税や社会保障の「支え手」にもなってもらう狙いがあるからだ。移民の本格受け入れ後もドイツ経済は堅調で、14年の失業率は5%にとどまる。財政も健全で、「移民が仕事を奪い、財政を悪化させる」との懸念は、少なくともドイツでは杞憂(きゆう)だった。
一方の日本は、移民は入れないという原則を崩さないまま、国際貢献の名目で外国人を受け入れる「技能実習生」を、実際には低賃金で隷属的に働かせるようなやり方が横行している。
日本で確実に人口減が進むことを考えれば、移民を受け入れるか、人口減に合わせて経済も縮む社会を受け入れるか、どちらかの選択になるはずだ。
場当たり的に外国人を働かせ、移民は入れずに経済成長も追うような政策が長続きするとは思えない。