拡大する写真・図版予防切除を受ける前日、病室で笑顔を見せる太宰牧子=慶応義塾大学病院

 ミンミンゼミが鳴きたてる2019年9月2日早朝。外の残暑がうそのようにひんやりした慶応義塾大学病院(東京都新宿区)の病室で、太宰牧子(51)は目を覚ました。

 シャワーを浴び、白い手術用ガウンを身にまとうと、スマートフォンフェイスブックに投稿した。

 「絶好調の太宰です。いつも支えてくれるみんなーっ、ありがとう! 行ってきまーす!」

 夫(49)にスマホをあずけ、歩いて手術室へ。「おはようございます」。笑顔で医師らにあいさつし、手術台にのぼった。

 全身麻酔で意識が薄れると、おなかに直径5~10ミリの穴が4カ所あけられた。そこから細い管の先に腹腔(ふくくう)鏡やメスのついた器具が入れられ、1時間も経たないうちに、左右の卵巣と卵管が切除された。とり出された卵巣は、親指大の大きさ。腫れもなく、きれいな赤色だった。

拡大する写真・図版太宰牧子さんの卵管や卵巣を切除するリスク低減術を行う医師ら=慶応義塾大学病院

 卵巣がんと診断されていたわけではない。受けたのは、将来がんになるリスクを減らすため、卵巣や卵管を予防的にとる手術(予防切除、リスク低減手術)だった。

 8年前に乳がんの手術を受けてからずっと、手帳の「やることリスト」の上位に書いてきた。

卵巣がん
卵巣は、子宮の両脇に一つずつある親指大の臓器。厚生労働省の調査によると、2016年1年間に新たに卵巣がんと診断された女性は、1万3千人余。年代別では60代がピークで、20代以降増え続ける。初期では自覚症状がないことが多く、早期発見が難しいとされる。
乳がん
乳房内の乳管などにできるがん。厚生労働省の調査では、2016年の1年間に9万4千人以上が新たに診断された。女性のがんの22%を占め、部位別で最も多い。年代別でみると、30代から徐々に増え始め、40代後半と60代に多い。

姉に続いて私もがん、なぜ?

 予防切除をしたいと思うようになる発端は、姉の卵巣がんにさかのぼる。一つ上の姉は08年、40歳の時に卵巣がんで亡くなった。回復を最期まで信じていた姉は、遺書も遺言も残さずに逝った。

 3年半にわたる闘病をそばで支えてきた太宰は、がんを恐れた。頭が痛いと脳腫瘍(しゅよう)を疑い、おなかが痛いと胃がんを心配した。

 10年暮れ。入浴中にいつものように乳房や腹部をチェックしていたときだ。左胸に骨の破片のような硬いしこりを見つけた。

 「まさか」

ここから続き

 恐れていた感触だった。

 翌11年2月、直径約6ミリの乳がんと診断された。病院の検査技師に「こんなに小さいのによく見つけましたね」と驚かれた。

 「私も死ぬのでは」と怖くなった。同時に、「なんで私たち姉妹が2人そろって?」という疑問がわいた。

拡大する写真・図版予防切除を受ける前日、病室で取材に応じる太宰牧子=慶応義塾大学病院

HBOC 「これが原因だったんだ」

 ネットで調べ始め、ある解説文にたどりついた。特定の遺伝子に変異があり、ほかの人よりも乳がん卵巣がんになりやすい「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」について説明していた。

 「これだ」

 解説を握りしめ、都内のがん専門病院を受診。遺伝子検査を受け、HBOCとわかった。

 「これが原因だったんだ」

 すっきりした。

 HBOCの人は、遺伝子「BRCA1」か「BRCA2」に変異があり、がんを抑制する働きが弱い。生涯で乳がんになるリスクは約40~90%と、日本人全体の9%に比べて高い。卵巣がんは、日本人全体が1%に対し約20~60%。約20~60倍なりやすいとされる。

リスク減らす手術がある

 リスクを減らすための手術があることも知った。がんになった反対側の乳房をとると、乳がんになるリスクが10分の1以下になる。卵巣の予防切除をすると、卵巣から出る女性ホルモンがなくなるため、卵巣がんだけでなく乳がんにもなりにくくなり、全体的な死亡リスクを6割減らすとされる。

 太宰は11年に乳がんの手術を受ける際、「がんになった乳房と反対側の乳房や卵巣・卵管の予防切除もできないか」と担当医に尋ねた。だがこの手術には公的医療保険は適用されておらず、乳がんの検査や治療もすべて自己負担になってしまう。体験者と出会うこともできず、無理だとあきらめた。

公的医療保険
病気やけがをした際にかかる医療費の一部を公的機関が負担する制度。国民健康保険健保組合など、働き方や年齢によって加入する保険が異なる。日本では原則、全ての国民が何らかの保険に入り、「国民皆保険」と呼ばれる。どの薬や医療技術に保険が適用されるかは、厚生労働相の諮問機関が決める。

 乳がん切除と同時に、胸の膨らみを人工的に補う「乳房再建術」を希望していた。しかし、リンパ節に転移があるなどの理由から、乳房の同時再建は手術の際にはできなかった。頭では理解していても、乳房を失った喪失感は大きく、やるせなかった。

 追い打ちをかけるように、医師から尋ねられた。「術後の抗がん剤治療をすると閉経する可能性が高い。事前に卵子か受精卵を凍結しておかなくていいですか?」

 当時41歳。受精可能な卵子を採取するのにぎりぎりの年齢だ。そのときは、「とにかく死なないように治療を受けなければ」という思いで頭がいっぱいで、子どものことまで考えられなかった。夫も「好きなようにしていいよ」と言ってくれた。

 術後約半年かけ、抗がん剤の治療を受けた。脱毛や激しい疲労などの副作用に苦しんだ。その後は3カ月に1度、がんがないかを確かめる、乳房や卵巣の検査を受けた。

 検査のたびに、「がんができていないか」と不安な思いで結果を待った。

拡大する写真・図版予防切除の翌日、病室で笑顔を見せる太宰牧子=慶応義塾大学病院

世界を驚かせたアンジーの選択

 乳がんの手術から2年後。米国の俳優アンジェリーナ・ジョリーが予防切除を受けた、というニュースが世界をかけめぐった。

 ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で、ジョリーは、HBOCのため、生涯で乳がんになるリスクが87%と医師から告げられ、左右の乳房を予防的に切除したとつづっていた。その後、卵巣・卵管を予防的にとる手術を受けたことも公表した。

 太宰のなかで「受けたい」という思いが強くなった。検査の結果を待つ、つらさから解放されたかった。

 ほかのHBOC患者はどうしているのか、知りたくなった。卵巣を切除した後の後遺症は? 子宮もとるのか? 知りたいことはたくさんあった。

 しかし、自分以外のHBOC患者に国内で出会う機会はなかった。

当事者が集える場を

 当事者が集まる場がないならば、自分で作ろうと、乳がん手術から3年後の14年5月、「クラヴィスアルクス(虹色の世界を開ける鍵という意味)」を立ち上げた。

 翌15年に代表である自分の実名を公表すると、問い合わせが来始めた。

 予防切除の体験談が寄せられた。遺伝子検査を受けてよかった点・後悔した点など当事者の声も集め、16年4月に会報誌を出した。

 そこにこう書いた。「私には大きな選択肢が生まれました。リスク低減卵巣卵管切除術(予防切除)です。次に進むべく、ひとつひとつ考えて前に進めています」

 ただ、手術のタイミングがなかなか合わなかった。手術の予約を入れたものの、父の入院などで数回、キャンセルせざるを得なかった。

 「受けたいと思ってから8年も経っていた」

 19年9月の手術の前日、太宰は感慨深げに言った。「やっと受けられる。よくここまで、卵巣ががんばってくれた」。一区切りつく。そう信じて手術台に上った。だがその先に、予想だにしない展開が待っていた。

(敬称略)

卵巣がん〉 卵巣は、子宮の両脇に一つずつある親指大の臓器。厚生労働省の調査によると、2016年1年間に新たに卵巣がんと診断された女性は、1万3千人余。年代別では60代がピークで、20代以降増え続ける。初期では自覚症状がないことが多く、早期発見が難しいとされる。

乳がん〉 乳房内の乳管などにできるがん。厚生労働省の調査では、2016年の1年間に9万4千人以上が新たに診断された。女性のがんの22%を占め、部位別で最も多い。年代別でみると、30代から徐々に増え始め、40代後半と60代に多い。

公的医療保険〉 病気やけがをした際にかかる医療費の一部を公的機関が負担する制度。国民健康保険健保組合など、働き方や年齢によって加入する保険が異なる。日本では原則、全ての国民が何らかの保険に入り、「国民皆保険」と呼ばれる。どの薬や医療技術に保険が適用されるかは、厚生労働相の諮問機関が決める。