むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

31、若菜(下) ⑩

2024年02月26日 08時21分43秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・皇女のような、
高貴な女人でも、
恋の諸わけを知っているひと、
うわべはつつましく見せながら、
本心は色好みな、
そういうひとならば、
かりそめの恋のたわむれに、
男にたなびき、
何食わぬ顔をしている、
といったこともできよう。

しかし女三の宮は、
そういう大人では、
いらっしゃらない。

いうなら、
災難に遭われたような、
気がされるだけである。

あの夜のことも、
人が知って噂しているのでは?
とひたすら恐れおののいて、
いらっしゃる。

おどおどとおびえて、
明るいところへも、
お出になれない。

辛いことになってしまった、
と嘆いてばかりいられる。

「お具合がよろしくないようで、
ございます」

二條院で紫の上を看病していた、
源氏のところへ知らされて、
更に宮までも、
と驚いて急いで六條院へ来た。

宮は、
どこが苦しいというさまでもなく、
ただ恥ずかし気に沈んで、
視線も合わそうとなさらない。

(あちらの看病のため、
宮を打ち捨てたように、
なっていたのを、
怨めしく思われたのか)

と源氏は思うと、
さすがにふびんな気がして、
紫の上の容態など話した。

源氏はやさしく弁解する。

何カ月かの看病で、
源氏はやつれているが、
宮にも言葉惜しみせず、
話かける。

宮は、
やさしくいたわれられれば、
いたわられるほど、
秘密の恐ろしさに戦慄された。

源氏は夢にも宮の罪を、
知らない。

柏木は、
女三の宮にも増して、
物苦おしい日々を送っていた。

明け暮れ、
宮が恋しくてならない。

賀茂祭の日も、
物見に友人が誘いに来るが、
気分がすぐれない、
と断って横になって、
ぼんやりしていた。

北の方の、
女二の宮(女三の宮の異腹の姉君)を、
表面上、大切にしているが、
いつまでたっても打ち解けず、
顔も合わさず、
自室に閉じこもっていた。

晴れぬ心を抱いて、
祭のにぎわいを、
よそごとに聞いていた。

それもこれも、
われから招いた苦しみ。

女二の宮は、
捨てられた妻、
といってよかった。

女房たちは、
祭見物にみな出払って、
邸内は人少なであった。

女二の宮は、

(何がお気に召さないのだろう、
わたくしにご不満がおありのせい?)

そう思い、
味気なくもあり、
夫に疎まれる自分が、
恥ずかしかった。

その沈んださまは、
さすがになまめかしく、
上品であったが、
柏木は、

(同じことなら、
お妹の女三の宮を、
頂きたかった・・・)

と思いつつ、
こんな歌を書きすさんでみる。

<もろかづら
落葉をなにに拾ひけん
名はむつまじきかざしなれども>

(賀茂のまつりのかざしは、
桂と葵のもろかづら、
同じようなものながら、
私の拾ったのは、
落葉だった)

同じ姉妹ながら、
私の引きあてたのは、
落葉に似て魅力なきひと。

(落葉の宮か・・・)

柏木は苦笑する。

恋に目のくらんだ彼は、
妻をさえ、落葉の宮と、
おとしめるようになっている。






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 31、若菜(下) ⑨ | トップ | 31、若菜(下) ⑪ »
最新の画像もっと見る

「新源氏物語」田辺聖子訳」カテゴリの最新記事