・夕霧は、
苦し気に語り終えた柏木を見て、
(では・・・もしや彼は)
と思い当たることがあったが、
確かめるすべもなかった。
「父にはそんな様子は見えないよ。
君の重態を聞いて、
残念がっているけれど・・・
どうして今まで私に話して、
くれなかった。
そんなに苦しんでいたのなら、
君と父の間にたって、
調停したものを・・・
今になって、君・・・」
夕霧は悲しんだ。
「こんなに、
病気が重くなる前に、
言ってくれれば・・・」
「そうだね。
も少し早く君に、
助けてもらうべきだった。
まさか、
急にこんなに重くなるとは、
思わなかったので。
このことは、
人に言って下さるな。
それから一條にいられる、
女二の宮(柏木の正妻)を、
見舞ってあげてくれたまえ。
よろしくたのむ」
柏木はそこで力つき、
(帰ってくれないか)
と手まねで言った。
僧たちも戻り、
父大臣や母君も、
病床に集って来たので、
夕霧は泣く泣く帰った。
それが最後の対面になった。
日を置かず、
泡の消えるように、
柏木ははかなくみまかった。
弟たちばかりでなく、
妹たちの嘆きも深かった。
女御の君はいうまでもなく、
夕霧の北の方、雲井雁、
髭黒右大臣の北の方、玉蔓も、
悲しんだ。
柏木の北の方、女二の宮は、
もとより悲しんでいられる。
情の薄い夫に見えたが、
こんな薄命な人だったからかも、
しれないと宮は淋しく思われた。
御母の御息所は、
姫宮のはかない結婚生活を、
あわれにも悔しくも思われた。
しかし柏木の両親にまして、
悲しみに沈んだ人々はあるまい。
女三の宮は、
柏木の命長かれとは、
お思いにならなかった。
しかし亡くなったと聞いて、
さすがにあわれに思われた。
(若宮のことを、
あの人はわが子と知って逝った)
と人知れず泣かれる。
春三月、
空はうらうらと、
若君は五十日ばかり。
色白く美しい稚児である。
源氏は、
宮が尼になられてからは、
前より大切に世話をし、
毎日やって来た。
五十日の祝いも、
はなやかに行った。
(ほんとうなら、
この子はまことの父の喪中なのに)
と源氏は思う。
宮は以前より、
いっそう痩せてしまわれた。
お髪は、
尼そぎといっても、
形ばかりなので、
黒髪はお背に広がっている。
鈍色のお召し物は、
かわいいお顔に、
まだしっくりしない。
源氏は若君を見た。
かわいく太っているが、
夕霧の幼な顔には似ていない。
明石の女御のお生みになった、
宮たちはお血筋もあって、
さすがに気高いが、
とりわけお美しい、
というほどでもなかった。
しかし女三の宮の、
お生みになった若君は、
上品でその上、愛嬌があり、
目もとの涼やかなこと、
似るものもなく、
(可愛い・・・)
と源氏は目を止める。
思いなしか、
柏木に似ている。
匂やかなまなざし、
品のいい顔立ち、
柏木そのままである。
こんなに似通っているとは、
宮はお気付きであるまい。
他の人々も、
夢にも知らぬこと、
源氏一人、心のうちで、
(可哀そうな柏木。
はかない契り・・・
この子を見ることなく、
みまかった)
と思うと、
涙がこぼれる。
柏木の親は、
せめて子でもいたら、
と嘆いていると聞いたが、
ここに、
というわけにもいかない。
人知れず、
はかない形見を残して、
柏木は逝ってしまった。
女房たちが退いたとき、
源氏は宮にいった。
「この子をどうお思いになる。
こんな可愛い子を捨てて、
出家なさるとは。
誰に似ているとお思いになる」
宮はお返事も出来ず、
突っ伏してしまわれた。
お返事ができぬのが、
当然であろう。
宮は柏木のことを、
どう思っていられるのだろう。
(次回へ)