(朝ウォークする公園)
・夕霧大将は、
亡き柏木がほのめかしたことを、
(どんなことだろう?)
と考え続けていた。
(も少し、
彼が元気だった時に、
聞いておけばよかった)
と悲しかった。
柏木の兄弟たちよりも、
夕霧は悲しんだ。
(三の宮がご出家なさったのも、
奇怪だ。
父上も父上、
どうしてお許しになったのか。
紫の上が危篤になられて、
泣く泣く出家を願われた時も、
父上はお聞きにならず、
許されなかったものを。
やはり柏木は、
宮に恋して、
忍んで通ったのだろうか。
彼の恋は察していたが)
しかし沈着な夕霧は、
そのことを妻の雲井雁にも言わず、
父、源氏にも言わなかった。
柏木の両親は、
嘆き悲しむばかりで、
法事の準備はみな柏木の弟妹が、
とり行った。
一條の柏木の北の方、
二の宮も淋しい毎日であった。
妻なのに臨終にも会えなかった、
その残念さがいつまでも悲しく、
お忘れになることが出来ない。
日がたつにつれ、
広い御殿は人少なになる。
二の宮はそれも悲しく、
柏木が使った調度も、
取り外された。
お側の女房たちの、
鈍色の喪服姿も淋しく、
つれづれな昼、
前駆を物々しく、
花やかにやってくる人があった。
それは夕霧であった。
並の客のように、
女房たちが応対するには、
夕霧は身分高く、
いそいで宮の母君が、
対面なさった。
「私はご臨終の時、
お聞きしたことがございますので、
こちらさまのことは、
おろそかには思いません。
生きております限りは、
誠意をもってお尽くししたい、
と思います。
親が子を思う心の闇も、
当然ですが、
ご夫婦の仲は格別。
どんなに柏木の君が、
宮さまに心を残して、
死なれたろうと思いますと、
悲しみは申し上げようも、
ございません」
母君の御息所も鼻声で、
お返事なさる。
「お若い宮が沈んでしまわれるのが、
辛くて、老いた身には。
逆縁の悲しみを見ることに、
なってしまいました。
亡き人とお親しくして、
いらっしゃったとか。
この縁談ははじめから、
私は気が進みませんでした。
あの時、たってお断りすれば、
よかったと今になって、
残念でございます。
内親王は独身のまま、
過ごすほうがよいと、
私などは思っておりました・・・
未亡人になって、
人の口端に上るのも、
いたわしくて。
ご親切なお見舞い、
ありがとう存じます。
ご生前中は、
あまり情のある方とも、
見えませなんだが、
やはりこちらのことを、
思って下さったので、
ございますねえ。
いろいろな方に、
『二の宮を頼む』
と言い残して下すったらしく、
悲しい中に嬉しいことが、
まじる心地でございます」
としきりに泣いていられる。
夕霧も涙を拭いつつ、
こまやかに友の義母と話し、
なぐさめて帰った。
夕霧はその足で、
亡き友の両親をたずねた。
大臣は夕霧を見ると、
まるで息子を見る気がして、
涙が流れる。
「あなたの母君、葵の上、
(大臣の妹)が亡くなられた秋も、
悲しかったが、
そうはいっても女のこと。
息子は男ゆえ朝廷に立ち交じって、
やっとひとかどの者になり、
私も頼りにしていただけに、
いっそう耐えがたいのです」
夕霧も、
あれほど気丈でしっかりした、
大臣がこうも取り乱しているのを、
見るのは辛かった。
ここでも、
みな集まって柏木のことばかり、
話して手を取りあって嘆いた。
さて、夕霧は、
しばしば二の宮を、
一條邸に訪ねるようになった。
しめりがちの邸に、
夕霧が来ると、
華やぎが流れ、
夕霧もいつしかここへ来るのを、
楽しみに思うようになった。
(次回へ)