むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

32、柏木 ⑦

2024年03月13日 08時45分29秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳





(朝ウォークする公園)







・夕霧大将は、
亡き柏木がほのめかしたことを、

(どんなことだろう?)

と考え続けていた。

(も少し、
彼が元気だった時に、
聞いておけばよかった)

と悲しかった。

柏木の兄弟たちよりも、
夕霧は悲しんだ。

(三の宮がご出家なさったのも、
奇怪だ。
父上も父上、
どうしてお許しになったのか。
紫の上が危篤になられて、
泣く泣く出家を願われた時も、
父上はお聞きにならず、
許されなかったものを。
やはり柏木は、
宮に恋して、
忍んで通ったのだろうか。
彼の恋は察していたが)

しかし沈着な夕霧は、
そのことを妻の雲井雁にも言わず、
父、源氏にも言わなかった。

柏木の両親は、
嘆き悲しむばかりで、
法事の準備はみな柏木の弟妹が、
とり行った。

一條の柏木の北の方、
二の宮も淋しい毎日であった。

妻なのに臨終にも会えなかった、
その残念さがいつまでも悲しく、
お忘れになることが出来ない。

日がたつにつれ、
広い御殿は人少なになる。

二の宮はそれも悲しく、
柏木が使った調度も、
取り外された。

お側の女房たちの、
鈍色の喪服姿も淋しく、
つれづれな昼、
前駆を物々しく、
花やかにやってくる人があった。

それは夕霧であった。

並の客のように、
女房たちが応対するには、
夕霧は身分高く、
いそいで宮の母君が、
対面なさった。

「私はご臨終の時、
お聞きしたことがございますので、
こちらさまのことは、
おろそかには思いません。
生きております限りは、
誠意をもってお尽くししたい、
と思います。
親が子を思う心の闇も、
当然ですが、
ご夫婦の仲は格別。
どんなに柏木の君が、
宮さまに心を残して、
死なれたろうと思いますと、
悲しみは申し上げようも、
ございません」

母君の御息所も鼻声で、
お返事なさる。

「お若い宮が沈んでしまわれるのが、
辛くて、老いた身には。
逆縁の悲しみを見ることに、
なってしまいました。
亡き人とお親しくして、
いらっしゃったとか。
この縁談ははじめから、
私は気が進みませんでした。
あの時、たってお断りすれば、
よかったと今になって、
残念でございます。
内親王は独身のまま、
過ごすほうがよいと、
私などは思っておりました・・・
未亡人になって、
人の口端に上るのも、
いたわしくて。
ご親切なお見舞い、
ありがとう存じます。
ご生前中は、
あまり情のある方とも、
見えませなんだが、
やはりこちらのことを、
思って下さったので、
ございますねえ。
いろいろな方に、
『二の宮を頼む』
と言い残して下すったらしく、
悲しい中に嬉しいことが、
まじる心地でございます」

としきりに泣いていられる。

夕霧も涙を拭いつつ、
こまやかに友の義母と話し、
なぐさめて帰った。

夕霧はその足で、
亡き友の両親をたずねた。

大臣は夕霧を見ると、
まるで息子を見る気がして、
涙が流れる。

「あなたの母君、葵の上、
(大臣の妹)が亡くなられた秋も、
悲しかったが、
そうはいっても女のこと。
息子は男ゆえ朝廷に立ち交じって、
やっとひとかどの者になり、
私も頼りにしていただけに、
いっそう耐えがたいのです」

夕霧も、
あれほど気丈でしっかりした、
大臣がこうも取り乱しているのを、
見るのは辛かった。

ここでも、
みな集まって柏木のことばかり、
話して手を取りあって嘆いた。

さて、夕霧は、
しばしば二の宮を、
一條邸に訪ねるようになった。

しめりがちの邸に、
夕霧が来ると、
華やぎが流れ、
夕霧もいつしかここへ来るのを、
楽しみに思うようになった。






          


(次回へ)

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