・夕霧大将は、
柏木の妻、二の宮の住まれる、
一條邸へ絶えず見舞いに、
上っていた。
いつか春が来ていた。
ここ一條邸は、
悲しみに沈んで心ぼそく、
物思いがちに日を送って、
夕霧が訪問すると、
庭には青草が生え、
敷砂の薄いところに、
蓬がいきおいよく生えていた。
邸内の母屋には、
喪中とて伊予簾が、
かけ渡してあった。
喪の家はしめやかに沈んでいた。
夕霧は今は、
この邸を、ひいては、
この邸の女あるじを、
慕わしく思い初めている。
夕霧は、
庭の木立の美しいさまを見て、
「いいな、
枝をつらね葉を重ねる、
仲のよさ」
宮のいられる部屋のかなたに、
向ってささやく。
「親友柏木は許しました。
彼と同様に私をお考え下さい。
おそばに近づき慣れるのを」
(なまめいたお姿がまた、
よくて・・・)
(男っぽい殿方と聞いていたけど、
しなやかに色めいて・・・)
と女房達は言い交わす。
二の宮は、
ご接待役の少将の君という、
女房を通してお返事なさる。
「わたくしには、
もはやつらねる枝も葉も、
ございません。
荒野に一人立つ木でございます。
どんな枝とも重ねるつもりは、
ございません。
だしぬけのお言葉、
今までのあなたのご親切も、
浅はかに思われて参ります」
夕霧は取り次ぎの言葉に、
ひと言もない。
母君、御息所が、
挨拶に出られた気配が、
御簾のかなたに感じられた。
「悲しく辛い浮世を見まして、
気分もすぐれず、
ぼんやりしておりますが、
こうも度々のお見舞い、
嬉しく存じております」
御息所は、
ほんとうにお加減が悪そうである。
夕霧はさまざま、
御息所を慰めるのであるが、
二の宮に対する恋心が、
募ってゆく。
亡き友の妻であるが、
宮は噂に聞くよりもいっそう、
奥ゆかしい人柄のように、
思われる。
夕霧の恋には、
宮への同情もこめられている。
内親王の身分は、
ただでさえ世の好奇心と関心を、
集めやすいもの。
ご降嫁になって、
あまり年もおかず、
未亡人になられた、
世の心ない注目を、
宮は内心辛く思い悩んで、
いられるであろう。
そう思うと夕霧は、
いっそう宮を守りたい、
という気になる。
(美しい方なのだろうか。
いや、柏木があまり熱心に、
通わなかったところを見ると、
さして美女ではないかもしれない。
しかし、
容姿で女の価値を決めるのは、
不都合なことだ。
自分なら、
いつまでも見飽きぬものは、
女の気だて。
それは年うつり容色衰えても、
変らない魅力だから。
いや、むしろ、
年を加えるごとに深まさり、
色濃く人生を染めていく、
匂いだから。
慕わしい宮)
そんなことを考え続け、
夕霧は御息所に、
「今は、
亡き人の代りとして、
私を他人とお思い下さるな」
というのであった。
宮への求婚というさまに見せず、
しかし一抹、
宮への思いをほのめかしつつ、
話す。
女房たちは、
「同じことなら、
あの夕霧大将の君が、
宮さまの新しい背の君として、
お邸にお出入り下さるようになれば、
どんなに嬉しいことでしょう」
と言い合った。
柏木の死は、
世の中に惜しまれた。
まして源氏は、
柏木を思うこと多かった。
源氏は若君を、
柏木の形見と思っていたが、
人に言えぬ秘密なので、
それもはかないことであった。
柏木の一周忌には、
源氏は特別に誦経させ、
追善の黄金百両を寄進した。
柏木の父大臣は、
事情を知らないので、
ただ恐縮してお礼をいう。
夕霧大将も、
柏木の追善供養を、
心をこめてとりしきり、
一條の宮のもとへも、
心こめて見舞った。
夕霧の友情もさりながら、
柏木の両親は、
二の宮への執心があってのこと、
とは知らないであろう。
(了)