其角発句集 春の部 (2)
三月四日雪ふりけるに
雛やその佐野のわたりの雪の袖
註 駒とめて袖打つ拂う影も無し佐野のわたりの雪の夕暮れ
紙雛のさうざうしさよ立ち姿
註 さうざうし 淋しいの意味
綿とりてねびまさりけり雛の顔
雛のさま宮腹々にましましける
いもうとのもとにて
世わすれに我酒かはむ姪がひな
雛やそも碁盤にたてしまろがたけ
折菓子や井筒になりて雛のたけ
くり言をひなもあはれめ虎が母
段のひな清水坂を一目かな
ひなくれぬ人をはつせの桟敷哉
永代島八幡宮奉納
汐干也たづねてまゐれ次郎貝
親にらむ鮃(ひらめ)を踏まむ汐干かな
註 諺に「親を睨むと比目魚になる」という。
紀の國の鯛釣つれて汐干かな
貝(ばい)つるや白洲の末のながれ松
へなたりやかづき上げしは水の栗
われからと雀はすずめからす貝
貝にて貝をむき侍るを
あさり貝むかしの例うらさびぬ
海松(みる)ふさや浪のかけたるほらの貝
藤潟や鹽瀬によするふくさ貝
すだれ貝雪の高濱みし人か
子安貝二見の浦を産湯哉
貝ぞろへを送られしに
蛤のしかもはさむかたま柳
鐡槌にわれから嬴螺(にし)のからみ哉
江の島や旦那跡から汐干がひ
東潮留守見舞
出代や人おく世話も連衆から
傀儡師阿波の鳴戸を小うた哉
伊勢の雪津を過侍る
馬に出る孤を待つもんや傀儡師
露沾公司庭にて
寝時分にまた見む月かはつ櫻
沓足袋や鐙にのこる初ざくら
一筆令啓上候と招かれて
はつ櫻天狗のかいた文みせむ
いざさくら小町が姉の名はしらす
猿のよる酒屋きはめて櫻かな
京中へ地主のさくらや飛ぶこてふ(胡蝶)
仁和寺
いなづまのやどり木なりし櫻かな
八つ過の山のさくらや一沢み
雨 後
さくらちる彌生五日はわすれまじ
さくら狩けふは目黒のしるべせよ
妙鏡坊より花送られしに
文はあとに櫻さし出す使かな
上野清水堂にて
鐘かけてしかも盛のさくら哉
折るに殺生偸盗あり
あた也と花に五戒のさくら哉
これは/\とばかり散るも櫻かな
上野にて
浮助や扈従見にゆく擾寺
註 浮助は「うかれ者」
芳野山ぶみして
明星やさくらさだめぬ山かつら
口びるを魚に吸はるゝさくら哉
大悲心院の花を見侍りて
灌頂の闇より出て櫻かな
酒のさかなに櫻花をたしなむ人に
下臥に漬味見せよしほざくら
墨染に鯛さくらいつかこちけむ
身をひねる詠(ながめ)なりけり糸ざくら
浦人の花をもらうて
ちる時を計に買はむ磯ざくら
花中尋友
饅頭で人をたづねよ山ざくら
山ざくら鏡戀しき偕あらむ
やまざくら猿をはなして梢がな
石河氏宜雨公の山荘にて
二すぢの道は角豆かやまざくら
ひまな手の鎗持寒し山ざくら
目黒松隣堂にて
浮世木を麓にさきぬやま櫻
小坊主や松にかくれて山ざくら
土取の車にそふや山ざくら
辛未の春上野に遊べる日門主薨御のよしをふれて
世上一時に愁眉ひそめしかば
其彌生その二日ぞや山ざくら
含秀亭の花植ゑそへ給ふに
植足(うえたん)に三切の供や山ざくら
勢多春望
山ざくら身を泣くうたの捨子哉
荼もらひに此晩鐘をやま櫻
萬日の人のちりはや遅ざくら
一食千金とかや
津の國の何五両せむさくら鯛
友猿のともぎらひすな花ごろも
縁からはこなたおもふや花の庭
泥坊や佗のかげにて踏まれたり
行露公熱海へ御浴養の頃
脇息にあの花をれと山路かな
花鳥もうつゝとならむ願かな
含秀亭の山ぶみに御供して
御近習や花のこなたにかたをなみ
花ひとつたもとにお乳の手出し哉
地うたひや花の外には松ばかり
讀荘子
彼是は嵐雪の協花のうそ
門柳岸を彿ふ折ふし鶯啼く
御用よぶ丁兒(でっち 丁稚)かへすな花の鳥
花見哉母につれだつ盲兒(めくらちご)
護國寺にあそぶ時馬にて迎へられて
白雲や花になりゆく顔は嵯峨
はなざかり瓢ふみわる人もあり
大佛膝うづむらむ花の雪
世の花や丑年已前の女とは
憶 芭蕉霜
月花や洛陽の寺社残りなく
傀儡の鼓うつな心花見哉
寝よとすれば棒つき廻る花の山
花に遂げて親達よばむ都かな
立君をあはれむ
ざれありく主よ下人よ花ごろも
徳利狂人いたはしゃ花ゆゑにこそ
花ざかり子であろかるゝ夫婦哉
人は人を戀のすがたや花に鳥
庚申の雨といふ題にて
此降を人が延ざる花見かな
ちるはなゃ踏皮(足袋)をへだつる足の心
此雨に花見ぬ人や家の豆
九條殿御下向
傳奏にものかは見ばや花の門
雑司ヶ谷にて
山里は人をあられの花見かな
花折て人の礫(つぶて)にあづからむ
屋形舟花見ぬ女中出にけり
立場の目くは猿のはなごころ
永代寺池邊
池をのむ犬に入相のはなの影
をろとても花の間のせかれ哉
侍 座
花にこそ表書院でお月代
神力品現大神力
法の花ちるや高座をたゝく昔
はな笠を着せて似合うはむ人は誰
惜花不掃地
我奴落花に朝寝ゆるしけり
日輪寺の僧と對興して
花に酒僧どもわびむ鹽ざかな
花に都ものくるゝ友はなかりけり
かんざしや散りゆく花のおちしにも
上野御
わたり徒(がち)見立つる頃の花見哉
酒を妻つまを妾の花見かな
妓子萬三郎を供して
その花にあるきながらや小盞(さかづき)
花に来て邸は幕のさかり哉
代レ樵
彫リ笛ヲ縫レテ蓑ヲ花に晴せむ浮世かな
車にて花見をみばや東やま
尋 花
植木屋の亭主留主なり花いまだ
この/\と花の名残や杖筇(つえおうぎ)
湖春をいたみて
泣てよむ短尺もあり花は夢
甫盛はじめて上京に
花ぞ濃伊勢をしまへば裏移
名ざかりや作(たて)戀吾郎花定め
行露公年々花を給はることし遅かりければ
花を得む怯者の夜道に月を哉
はな下げてやりてがひとり寺参り
花に鐘そこのき給へ喧嘩買
註 鎌倉権五郎景政
客ずきやこゝろを花に俘蔵主
榎島
花風や天女負れて歩(かち)わたり
宰府参詣の舟中
菜のはなの小坊主に角なかりけり
海棠の花のうつゝやおほろ月
山吹は黄玉青玉露ぞうき
三月正當三十日
やまぶきも柳の糸のはらみ哉
月雪に山吹花の素顔よし
浅草川逍遥
鯉の義は山吹の瀬やしらぬ分
小鳥居は葉守の神かつゝじ山
こゝろなき御影さんはに岩つゝじ
日夕のはしゐはじむるつゝじ哉
亦是より木屋一見のつゝじ裁
きりしまに豆腐を切て捨てばやな
柴舟の里は茶摘の水けぶり
白藤を酢みそにつ但ふ雫かな
畫 讃
藤の花これまで顕れいで蛸なり
ふぢ咲きて松魚(鰹)くふ日をかぞへけり
水影や鼯(むささび)齢わ但るふぢの桶
錦にも脂の虱(しらみ)憎からし
よそに見ぬ石の五徳やふぢの露
秋航庭せゝりせらるゝに
たそがれや藤うゑらるゝ扇取
若狭嘯公侍従になりて、京使にたち給ふを祝して
藤浪や廿七人草履とり
こゝかしこかはづ嗚く江の星の數
ちんば引く蝦にそふる涙かな
市間喧
つけ木屋の手なら足なら雨蛙
景政が片目をひろふ田螺かな
ある人の子の名をきいて
ことわりや養ひ子なら蜂之劫
竹に蜂の巣かけし繪に
なよたけのさゝら三八宿とこそ
何必逃杯走似雲
此虻をたばこで逃すけぶり哉
龍樹菩薩の禪陀伽王に封して貪欲をしめし給ふにたとへば
有瘡人近猛煙始雖悦後増苦の文の心を
雁瘡のいゆる時えし御法かな
魔訶止観に一目之羅不能得鳥得鳥之羅唯是一目此文のこゝろを
鳥雲に餌差(えさし)ひとりのゆくへ裁
南村千調仙臺へかへるに
行春や猪口を雄島のわすれ貝
三月盡
鳶に乗て右を逞るに白雲や