嘘の吐き方(うそのつきかた)

人はみんな嘘をついていると思います。僕もそうです。このページが嘘を吐き突き続ける人達のヒントになれば幸いです。

僕と俺にあるもの、君と僕の先にあるもの。

2005年08月07日 20時53分02秒 | 駄文(詩とは呼べない)
うん、まぁようするに僕特有の拘りの部分だから
それ自体で相手を責めるわけにもいかないってのはわからなくもない
それに君は「ごめん!!」と書いてるわけだしね。

そして君が俺と書いても、それが何をさしているのかくらいなら
僕にももちろんわかるんだけど
だけど人は文章を読む時、心の中で朗読するだろ?
普通は黙読って言うけど、
僕の中では言葉を読む時に声がするんだ。
その声に耳をすませる事が大事で
これは人生に置いて不変に大事って事ではなくて
教訓でもなんでもなくて
僕はわりと大切にしてるって事で
そういう声が聞こえなくなる時、
それは現実の世界の何かの圧力に負け
消えそうな儚さが忙殺される事で
ノイズに声がかき消されているっていうことで
ある意味僕にとって危険信号を意味するんだよ。

そういうの、わかるかな?
理解可能でも理解不可能でもなくて
意味じゃなくて、
そういうの、わかるかな?

難しいんだよね
迷宮におけるついたてが言葉だとすると
意識は僕の四次元球体が閉じこもってる閉鎖空間で
それはいつも迷宮を彷徨う。

君は話がずれていってると言うけど
僕にはずれてるように感じない。

だから聞いてる。
そういうの、わかるかな?
って。

ただ、君はたぶん、思うことをうまく口に出来ない
そしてその事が僕に対しての尊敬として投影される。
僕はまるで思っている事をすらすらと口にしてるように
そのように見えるのだろう。

あるいはまた、そんな風には見えないのだろう。

だから僕は、思ってる事を全部書きたいんだ
僕の意見なんて、文脈の中で単語の位置に確定する事は無い。
だからYESもNOも答えられない。
NOはYESに見える事だってある。

そういうの、時々思い出して欲しいんだよ。
意味を機能で分断すれば、
世界は分断される。
全体と個人はバラバラになり
システムが個人を支配するようになる。

だから言葉に刃向かって欲しいんだ
なんの言葉も無く、
心で何かを考えて欲しいんだ。
普通は心で感じるって、表現するらしいんだけどね。

そういうの、わかるかな?

最後に一つ、断言について謝っておこう。
「ただ、君はたぶん、思うことをうまく口に出来ない」
これは表現上の断言であって
確定要素は何もなく、
僕は僕の中で決めつけているわけではないんだよ。
力点を思考するにあたり、使わざるをえなかったんだ。

だから修正はしない。

そういうの、わかることも、あるよね?
きっと、たぶん
いつかそう感じるために。

明日を殺すために今歌う唄

2005年08月07日 01時00分51秒 | 駄文(詩とは呼べない)
読み直した直後から言える事なのかもしれないし
しばらく時間が経った今だからなのかもしれないけど、
僕はどうもうまく文章が書けない
以前はもう少しマシだった気がするのに
最近前よりも遙かに思ったことを書き記せなくなってきている

さっき読んでいて、
読み返していて、
読み直していて、
すごく泣きそうになってきた
これがつらいことなのかどうかもわからないけれど
なにかしら切なさに近いものがこみあげる
僕はもう、自分が思っているよりも遙かに速いスピードで
次々にぐちゃぐちゃに壊れ始めている
構造改革だなんだかんだと、
新聞という名のゴシップ記事や
ニュースという名の洗脳装置は
きっと僕には関係ない世界の出来事なんだと思っていたけれど
どうやらそう傍観してばかりもいられないようなのだ

戦争が嫌なんじゃない
むしろ戦争は人口を減らすべきという僕の考えと一致するし
切磋琢磨して生存競争に必死にならないと
生きている充足感はきっと味わえないんじゃないかと
野生の勘は告げる事もあるのだし
戦争を好まない日本人の考えは
それ自体がとてもぬるい人間独特の、
あるいは特殊な種族の、
かなり限定された価値観なのだとは思うけれど
そんな問題とは関係無い領域で、次元で、
あるいは異世界のルールにも境界線の煌めきで
僕は戦争を起こそうとする企みに飲まれて巻き込まれてしまう
現状の意思のもろさが嫌だ。

なんのために日本国憲法の前文は書かれたのだろう
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を理解する崇高な理想を深く自覚するのであって、
平和を愛する諸国民の、公正と信義に信頼し、我らの安全と生存を保持しようと決意した」
これは僕の頭が記憶している言葉で
ずっと昔に、中学生の頃に読んだものだ。
実際の文面とは、微妙に異なるかもしれない。

そこで僕が次に思い出す言葉は円周率。
3.14159265358979323846264338327950288419716939937510
これは僕が憶えている小数点以下50桁なのだけれど
これも記憶が定かではないので、
実際の円周率とは異なる可能性はある。
こっちは無機質な数字あって含まれるノイズ成分が少ないので、多少は自信があるのだけれど。

で、こういう記憶ってのは自分を構成する要素として
じつに重大な位置を占めていて
記憶がないという事は生物として拘束されない自由があるとも言えるけど
それは同時にとても悲しい、とてもとても悲しい、物語の喪失でもあって
始まりの無い物語は、歴史のない人間性は、
それはつまりただのカオスに含まれる土人形であって…
だからそれは空っぽの心に比例して
むくむくと膨らんでいく暴力の刻みにしかならなくて…
それって
実際のところ、どうなんでしょうか。

僕の記憶が構成する、僕の物理装置は、
読み出すソフトウェアとしての言語に影響されて
少しずつ崩壊していく。

それって実際のところ、どうなんでしょうか。

僕の口が咀嚼する、僕の言葉の入り口は
他人の意味を受け付けなくて、
思考アレルギーで体中が痒くなる。

それって実際のところ、どうなんでしょうか。

あのね、はっきり言って、
僕は君たちの事、自分の影だとしか思ってないんよ。
色んな位置に立っている自分、
色んな場所から眺めている自分、
結局それは他人という器に閉じこめられた自意識の反射で
世界には僕一人きり。

僕の四次元球体から抜け出せないし
意識が宇宙の端っこをなかなか突き抜けない。
時折自分が宇宙の外側に居るような気がすることもあるのだけれど
それはなかなかうまく人には伝えられなくて

例えば目を瞑ると現れる万華鏡のような世界も、
他人と共有することはあまりにも難しくて。

例えば眠っている間に思い出す鮮明でリアルな体験も
他者に伝える事は不可能に近くて。

だからさ、そんな事でいちいち悩んでる自分はとても愚かしくて
たぶん気にせず生きていくことが出来ていたら僕は幸せのシの字も知らなくて
死人のシの字もしらなくて
詩の中に含まれるシの音も口から出せないから
きっと僕は声を出す必要すら無いだろうよ。

だから俺はさ
俺は…
時々僕の事が
どうしようもなく
切なくなるんだ

ぼーっと中空を眺めながら
せめて空を見ることが出来たなら
せめて宇宙に行けたらって

そう思うんだ

わかんないよね、僕の言ってる事。
僕、他人に関わる事は、ずっと前に
遙か昔に、
冷たく冷え切った心で諦めたから。

だから僕、
責任をとって死ななくちゃ。

大人は、責任を取るって死ぬことなんでしょ?

本当の大人はさ、責任って命を懸ける事なんでしょ?

だから僕、他人も他者も諦めて、死ぬ道を選ぶよ。
別に後悔しないと思う。
誰も僕の話、本気で聞こうとしないし
僕も人の話、本気で聞くこと出来ないし。

それってさ
僕の力じゃどうしようもないよ。
一人の力って小さいし
僕は生まれつき意思が弱いし。

だからさ、
泣いたっていいじゃん
叫んだっていいじゃん。
精一杯荒んだ心で、嘆き狂ったっていいじゃん。

もう、許してよ。
もうそろそろ、許してよ。

俺、もう自分を守る事にも疲れたよ。

世界が壊れて、明日が全部死ねばいい。